職業に貴賤はありません
マナが俺の前から姿を消して1ヶ月が経過した。
一縷の望みをかけて酒場の主人には帰ってきたらすぐに連絡してほしいと言伝を頼んだが...恐らくマナに会うことはもうないだろう。
FIREしてからたった数年で遂に一文無しの無職となった。こんなはずではなかった。
悠々自適なスローライフを夢見てFIRE開始したのに、このざまか。
正直何もする気が起きなかったが、人間生きていれば腹は減る。
食い物を買う為には金を稼がなくてはならず、底辺がやる仕事であるどぶさらいや便所掃除などをして糊口をしのいだ。
何故俺はあの時マナに資産があることを言ってしまったのか...
金に困っている人間に金があることを自慢するなど、愚の骨頂。
盗んでくれと言っているようなものではないか。
後悔してもしきれないまま、いつものようにどぶさらいをして日銭を稼いだ俺は安いだけが取り柄の粗悪なアルコールを出す酒場で管を巻いている時だった。
「よう兄弟!荒れてるじゃねーか」
そうやって声をかけてきた男がリックだった。
「ハイエナが...気安く声をかけてくるんじゃねーよ」
ハイエナとは、冒険者の死体を漁って稼いでいる人間達の蔑称だ。
冒険者はとにかく死にやすい。新人は勿論のこと、慣れてきた中堅どころでさえも運が悪ければ普通に死ぬ。
そんな死んだ冒険者たちの装備を剝いで売るのがこいつらハイエナの生業だ。
死んだ冒険者の装備は誰のものでもなく、犯罪というわけではないのだがやり口が汚い。
自分はリスクを取らず、他人の失敗で飯を食う。誰がそんな職業を尊敬すると思う?
冒険者ギルドとしてもハイエナはグレーゾーン扱いであり、パーティーを組むことを推奨していない。
何より、一度でもハイエナたちと手を組んだら、その時点で冒険者としてのキャリアは終わりだ。
二度と冒険者を名乗ることが出来ず、パーティーを組むことはできなくなるだろう。
そんな奴らが俺に声をかけてきたということは...
「まぁまぁ、口の利き方に気をつけろよ?お前だってこのままどぶさらいをして一生を終えたくないだろう。かと言ってまた冒険者に戻るつもりがあるのか?30後半のお前が今からカムバックしたってあと何年稼げると思っているんだ?」
そう、俺はもう若くない。というより冒険者としてはロートルもいいところだ。
30代後半の冒険者もいなくはないが、大体が引退するか、さもなくばダンジョンで死んでいるのが相場。
運よく生き延びたとしても、40歳以上は厳しい。体が追いつかないだろう。
そう、俺がもう一度金を稼ぐには、ハイエナをするしかない。わかってはいたのだが、今まで馬鹿にしていたハイエナをするのは俺のプライドが許さかった。
「いつまで自分が冒険者のつもりでいるんだ?お前はもうとっくに終わっているんだよ。誰もお前のことを必要としていない。俺たち以外はな。なーに、一度やっちまえばハイエナも悪くないぜ?稼ぎは良いし危険もそれほどない。曲がりなりにも20年冒険者で生き延びてきたあんただ、そこら辺の機敏も分かっているだろう」
このまま一生どぶさらいを続ける...?便所掃除で一生を過ごす...?
...嫌だ。俺は、FIREがしたい。経済的に自立し自由を手に入れたいんだ。
その自由の為なら、ちっぽけなプライドなど捨ててしまうのが正解なのではないか...
そもそも職業に貴賤などない。ただ需要と共有があるだけだ。
そして死んだ冒険者から剝ぎ取った装備を安く売るということは、それだけ新米冒険者たちが装備を安く買えるということ。寧ろ人助けでは?
結局、俺はその日リックの手を取り。
そしてハイエナになったのだった。