田舎でスローライフ
そうして冒険者をFIREした俺はウィンターブルックと呼ばれる小さな村に移り住むことにした。
迷宮都市から馬車に揺られて凡そ1週間。山間部にある人口100名ほどの小さな村である。
石畳の小道が家と家を結び、森に覆われた山々が遠くに連なっていた。
農作業と狩猟で成り立っている典型的な田舎町。
しかしそんな平凡な暮らしこそが、数多くの戦いと冒険を経て富を手に入れた俺の心に、静寂と平穏をを与えてくれる、そう思っていたのだが...
「あー暇だ。。」
五千万円もの資産を蓄えて、意気揚々と田舎でスローライフをスタートしたものの、楽しかったのは最初の三か月だけ。
田舎だからか何の娯楽もなく、代わり映えのしない日々に徐々に退屈するのにそれほど時間はかからなかった。
それに都市と違って田舎はインフラがあまり整っておらず、毎日毎日薪割りや水汲みという家事労働も面倒くさい。
「腹も減ったし、食堂にでも行くか」
娯楽がない場合、3度の食事が楽しみになる傾向があると言われているが、俺の足取りは重かった。
村唯一の食堂に赴き、看板娘であるリーナに日替わり定食を頼んだ。
「はーい!ああ、クリスさんですか...はい日替わり定食です」
食堂の親父の一人娘であるリーナは16歳のボーイッシュで活発な女の子だ。
正直都市だったら大したレベルではないが、こんな田舎では村一番の美少女と呼ばれている。
こんな娯楽もない村では女の子と話すのも貴重なため最初は丁寧な態度を取っていたのだが、リーナの反応は微妙だった。
そもそも昼間に村の食堂にくる人間は大体が女性だ。男連中は皆農作業か狩りに出ている。
そんな中、余所者の俺が食堂で飯を食べていること自体奇異に映っていることは間違いない。
働いていないくせに、自炊すらしないだらしない男。
この村の女性たちからの俺の評価はそんな感じだろう。
そんな風に思われながら食う飯は当然うまくない。そもそも味自体も単調だ。
味気ない食事を味わった後、俺は勘定を置いて出ていった。
憧れのスローライフだが、実際に暮らしてみると不便で不衛生で不快であり、何のために生きているのかわからなくなってくる。
暇つぶしに畑でも耕そうかと思ったが、地元の農民たちが水利権がどうのこうの煩いし、しがらみだのなんだの細かいことを言ってきたので面倒くさくなって途中でやめてしまった。
たかが畑を使うのに、毎月5万円もの水利代や地代を払うなんてばかばかしい。
その金額を払うぐらいなら、食堂で飯を食った方が安上がり。無駄だ。
それではと思い、昔取った杵柄で近隣の魔物でも狩って小銭稼ぎでもしようと思ったら、此方も地元の自警団が出てきて勝手に魔物を狩ることは禁止されているときたもんだ。
こっちは村に被害が出ないよう好意でモンスターを倒しているのに、森の資源を乱獲するな!と一回り年下の怒鳴られたときは喧嘩になった。
それが良くなかったのか、今では自警団とは敵対関係にあり、非常に居心地が悪い。
田舎でスローライフに憧れて引っ越してきたが、現実は地縁としがらみで雁字搦めになっているクソみたいな場所だな...
5千万円は大金だが、使おうと思えば10年ぐらいで使えてしまう金額でもある。
浪費をすることはできず、一日家でぼーっとしていることしかやることがない...
正直、辛い...
周りの住民たちからもひそひそとうわさ話のネタにされているようだし、馬鹿にされている気分だ。
というか、実際馬鹿にされているのだろう。
良い大人が結婚もせず働かず一日家でボーっとしている。
都会ではまだしも、人が少ない田舎では奇異の目で見られるのは当たり前と言えば当たり前か。
折角冒険者を辞めて幸せな生活を送れると思ったのに、現実は周りに馬鹿にされやることもなく暇が辛い日々。
やはり、俺には都会があっているのかもしれないな...
折角買った田舎の土地と言えだが売り払い、都会に戻ろうか。
そこで週に三日ぐらいの緩い働き方でもして、のんびり過ごすのが良いかもしれないな。
FIREとは経済的自立に早期退職のことだが、仕事をしてはいけないわけではない。
仕事をするもしないも選ぶことが出来る、つまり働いても良いし働かなくても良いということだ。
これはFIRE卒業ではなく、単に仕事が趣味になっただけ。
働かないと生きてはいけない偽FIRE共とは違う。決して俺はFIREに失敗したわけではない。
そう思いながら、俺は村の有力者に家を売ることを相談した。
足元を見られて買った時の金額よりもかなり低額な売却となった。
最後までクソだな。田舎でスローライフなど幻想でしかなかった。