色々ありましたが、今は幸せです
「少し一休みするか」
そう呟いて、俺はペンを置いた。
この聖剣ハンズオブグローリーを手に入れてからおよそ8年。俺は45歳になっていた。
もういいおっさんだ。
あの日、触手に捕まり最奥に引きずり込まれた時、正直もうだめかと思った。
しかし、その部屋の隅に光り輝く剣が刺さっていたのを俺は見逃さなかった。
がむしゃらにその件に飛びつきそこからは無我夢中。
気づけば触手の主は消え去っており、夥しい死体と俺一人がいたのだった。
ダンジョンを出た後剣を鑑定してみると、なんと!それは失われた聖剣ハンズオブグローリーであることが判明。
持ち主を選ぶとされている聖剣だが、何故か俺は扱えることが分かりそこから逆転劇は始まった。
多くのダンジョンを攻略し、いつしか剣聖と呼ばれ始めた俺は王城に呼ばれ敵国との戦に駆り出され。
見事敵将を打ち取り、その功績をもって第三王女と結婚。
今では地方に領地を持つ伯爵として政務に勤しむ日々であった。
忙しくも充実した日々を過ごしていると、ふとFIREをしていた時を思い出す。
俺は、間違っていた。
人が幸せになるのは金融資本だけではなく、人的資本と社会資本も必要だったのだ。
金融資本とはその名のごとくお金のこと。俺は確かに五千万という金融資本をもってFIREをした。
しかし、人的資本と社会資本が欠けており不安定な幸せだったから失敗したのだ。
やりがいのある仕事や自分のスキルを高め自己肯定感を育むこと。
友人やパートナー、子供を得て社会的つながりを得ること。
この二つをおろそかにしていたことが敗因だ。
昔の俺は何故認められないのかと他人を責めていたが...それはそうだ。
ポーターなどという誰でもできる仕事且つ後方支援職という命の危険のない仕事等、誰が認めるであろうか?
剣聖なった今ならわかる、後方支援職はクソだ。
仲間の陰に隠れ矢面に立たず、敵との戦いでは何の役にも立たない。
そのくせ分け前だけは一丁前に要求する。
そんな自分を認めたくなくて、冒険者という職業を馬鹿にしていたのだろう。
やはり男であれば剣を持ち敵を打ち取ってなんぼ。
後方支援など雑魚がやる仕事だ。
ハンズオブグローリーを手に入れて、俺は変わった。
愛する家族。領民には慕われ、充実した日々を送ることがこんなにも幸せなことだったとは。
FIREなど所詮社会資本や人的資本を得られなかった負け組が目指すもの。
FIREを卒業して本当に良かった。
そう思いながら、執務を再開するのであった。