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おに、ひとひら  作者: 詠月 紫彩
生鬼 ~せいのおに~
9/41

譚ノ一

 生とは盃の水であり、水とは生の源

 時と共に零れ落ちてゆくもの也




****




 水が、硝子の器から溢れて零れる

 零れては力を失っていく

 嫌だ……まだ、これからだというのに

 そうして嗤いながら硝子の器を綺麗な水で満たしていく




****




 珍しいこともあったものだ。

 酒の肴である塩を振った鮎を七輪で焼きながら、煉はテレビと紫月を見比べる。

 長い黒髪を一つに纏めているのは一年中変わらないが、春、秋、冬は黒地に花と蝶の着物と羽織。紅色の半襟と帯をトレードマークとしている彼女も、夏だけは少し違う。薄紫色の生地に柄は同じく花と蝶柄。半襟と帯は薄紫色に合わせた桃色となっている。

 色が違うだけで格好はほとんど変わらず、ニュースくらいしか見ない彼女が、今見ているのは歌番組。

 それもアイドル特集だ。

 興味のない煉からすれば、どのアイドルも似たり寄ったりな格好姿形でどれも変わり映えのない歌を歌って踊っているようにしか見えない。

 こんなものを見るのならば、大昔からある舞などの方がよっぽど美しい……などと紫月に言えばからかわれることは目に見えて分かっているので口に出さず、心の中に留めておくことにしている。


「やっぱり、可愛いよね~」


 紫月が褒めちぎっているのは今最も人気のアイドル集団。

 京ノ都を中心として活動をしており、人数が多いのが特徴で特にセンター争いの投票会など人気イベントも行っている。

 さらにグループを三つ程に分けて音源も出しているのでそれぞれで音源にグッズに握手会にと売り上げをうなぎ上りに上げているある意味、ご当地グループだ。

 なるほど、“人”とは娯楽についても面白いことを次々に上手く考えるものだと煉は思う。


「お嬢。どの娘も似たり寄ったりで俺にはよく分からん」

「煉は無粋だよね。というか枯れてると思う。ボクとしては、センターの子も可愛いんだけどオススメは総選挙三位の子かな。水野 満花。あの子、センターにならないかな」

「枯れているとでも何とでも言えばいい。分からんものは分からん。最もよく分からんのは、お嬢の女好きということだ。女が女を口説き落とすなど意味が分からん」


 焼けたぞ、と煉は串に刺して焼いた鮎を紫月に手渡してやる。

 彼女はそれを一齧り。

 そして、辛口の冷酒を煽る。


「現代は煩いから、滅多にしてないじゃないか。宝ヶたからがつか女歌劇団を見てみたまえ。男性の人気もあるけれど、特に女性に人気じゃないか」

「それはお嬢の趣味と一緒にしてはいけない類のものだと思うぞ」


 次の鮎に串を打ち、塩を振りかけながら煉は答える。


「あぁ、お嬢。そういえば葉山の狸じいさんが入院したらしい」

「葉山のじっ様が?」


 その件で綺羅々から明日見舞いに行けと言われている、と煉は次の鮎を七輪の上に乗せて自分も鮎に齧りつく。

 ほくほくとした身を噛むと、程よい苦味が口の中いっぱいに広がる。

 紫月はそれ以上煉の話に興味がないのか、再び視線をテレビに向けている。

 すると、テレビ番組ではサプライズが始まった。


「え、嘘」


 驚いた、と紫月はもう一齧りしようとした動きのままテレビに釘付けになっている。

 彼女がオススメだと言ったメンバーである水野 満花と、その他もう一人、水波 泉が卒業、と。


「残念。ま、入れ替わりが激しいもんね。こういうのは」

「どれくらいいるのだ?」

「五十人近くいるよ。テレビに出演できるのが、ね。本当はもっとたくさん所属していて、選抜されるのさ。一人が抜けても所属アイドルの誰かが選抜される。メンバーが抜けることを大々的に知らされるのはメインで選抜されたアイドルだけなんだよね」


 その他選抜されないアイドルが抜けたり入ったりしていることに関して知っているのは関係者かよっぽどのファンだけらしい。

 煉にはやはり興味を示すことが出来ないが。

 ふと、煉は疑問に思い、興味を失ったらしく番組の続きを見ることなくテレビを消して焼き立ての鮎と木桶に氷水を入れて冷酒を楽しむ紫月に問いかける。

 もしかして彼女達の中に“鬼”でもいるのかと。

 すると紫月は形の良い唇の端を上げて笑った。


「さて。“鬼”が潜んでいるかもしれないし、潜んでいないかもしれない」


 とりあえず、と紫月はお銚子を煉に押し付ける。


「お酒のおかわりっ」

「……知らんぞ。明日、起きられなくても」


 どうせお見舞いといっても時間外でなければいつ行ってもいいだろう、と紫月に言われ呆れながら煉は酒瓶の前に立つ。

 台所の酒専用棚に並べてある何十種類もの酒瓶を検めながら、鮎に合う酒瓶を手に取りお銚子に注ぐ。

 その数と豊富な種類を見れば日本酒専門の居酒屋でも開けそうな程だ。

 恐らく、これら以外に紫月の秘蔵コレクションなんかもこの邸のどこかに隠されていそうである。

 そろそろ中身がなくなりそうな酒もあるから買い足さなければと思いながら居間に戻る。

 彼女は程よく焼けた鮎を実に美味しそうに、しかし下品にならない程度に頬張りながら煉が持ってきた酒もまた美味しそうに飲む。

 チビチビと飲むこともあれば、豪快に盃を煽ることもある。


「……誰もが見た目だけと言う訳だな。見た目に反して物言いも行動も漢らしい所があって至極残念と嘆くモノ達の言い分、分からんでもないな」

「何を今更言うんだい。ボクはいつでも正直に、ボクらしく在るだけさ」


 好きなものを好きだと言えない、さらけ出せない方が分からない、と紫月は小首を傾げる。


「俺達“人ならざるモノ”も、元“人”もどちらかといえば好き嫌いなどがはっきりとしている類が多いからな。その一方で“人”というのは複雑だな」

「そうだね。だからこそ“鬼”が棲めるのさ」


 次の鮎を焼きながら、酒を煽る。

 夜はまだ、続くだろう……と煉は旬の鮎で他の肴も作りながら紫月が早々に寝てくれることを祈ったのだった……予想通り酒の肴を作った所為もあって叶わなかったのだが。

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