譚ノ三
見えそうで見えない
心と身体、自分自身の在り処
何の為かは分からないが嗤っている暇はない
先へ往かなければ……
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体がひたすら重たい。
頭痛と眩暈はおさまったが、重たい体ですでに階段ばかりになっている参道を歩くのは辛かった。
昨日と同じく、紫月はいつの間にか伽藍の隣を歩いていた。
「体が重たい? 当たり前じゃないか。何を今更なことを言っているんだい。さて、今日も道往きをしながらキミ自身を思い出してみようじゃないか」
「少し、待ってくれ……」
息も絶え絶えに訴えるが、紫月は容赦がなかった。
伽藍を先導するように前を歩いて顔だけ振り返り軽く笑って言い放つ。
「泣き言なら最後の最期に言いたまえ」
“鬼”だ。
とてつもなく綺麗な笑顔で、容姿で、“鬼”のようだ。
倒れ込みそうになりながら暗闇の道を一歩また一歩と歩く。
あまりの苦しさに自分自身のことを考えることよりも何故自分はこんな道を歩いているのかと考える。
「さて、キミの体はどんな体だい?」
また質問か。
伽藍はうんざりとした。
「重たい、体だ」
「だから“人”というか生き物なんだから重みがあって当然だろう。太ってる? 痩せてる?」
どちらかと言えば痩せていたような気がする。
「少し、休憩を……」
ついに体力が尽きた。
伽藍の前を歩いていた紫月はやれやれと溜息をついて立ち止まる。
やけに自分の呼吸が大きく聞こえる。
石の階段の冷たさがじわじわと体に染み込んでくる。
「ここに鏡があるんだ」
不意に、紫月は小さな鏡を伽藍に見せた。
真っ暗闇の中だというのに鑑には自分と思われる“人”が映り込んでいた。
残念ながら首から上はどうしてか真っ暗闇に溶けて見えない。
ただ地面にへばりつくように倒れ込んでいる無様な男の体が見えるばかり。
太りすぎず細すぎない、そこ均等についた筋肉。
手足もそこそこ長く、シャツを羽織っておりジーンズを履いている。
「少しは思い出したかい?」
紫月は鏡を懐に仕舞うと、手を差し伸べた。
「さぁ、キミの道往きはまだ残っている」
彼女といれば、思い出せる。
途切れて思い出せない記憶の糸を紡ぎなおす手伝いをしてくれているのだから、こんな所で倒れ込んでいる暇はない。
立ち上がり、先に往かなけれならない。
自分のためにも。
「キミがキミ自身を取り戻していけば必ず、最後に辿り着けるよ」
そうだ。
最後まで道往きを。
この道を、往きたい。
立ち上がろうと手足に力を込めたが、再び頭痛と眩暈、そして吐き気に襲われた。
「立ち上がりたまえ」
立ち上がりたい、立ち上がれない。
無理だと声にならない声で、自分の前に立つ紫月に訴える。
この道の先へ往きたいと考える一方で、誰かが遠くから往ってはならないと叫びをあげている。
聞き覚えのあるような、ないような、そんな声。
男の声だろうか。
この夜の道往きが始まりどのくらい時間が経っているのかも分からないが、今宵ももう、先に進むどころか立ち上がることすら難しい。
よく昼間、誰にも見つからなかったものだ。
こんな階段のど真ん中で倒れ込んでいるというのに。
「今宵もここまでのようだね。伽藍」
「けど、俺は……」
先に往かなければ。
「焦ることはないさ。泣き言を言うのなら、そのお尻を叩くどころか蹴飛ばすけれども、往く意志がまだあるのならそれでいいよ」
「本当に“鬼”だな」
そう言い返せば紫月は笑った。
ふわりと彼女の手の周囲を黒い蝶が舞う。
同時に夜が白んできた。
誰か、自分を保護してくれますように。
朝が、来る……目を閉じてまたしても伽藍は意識を手放したのであった。




