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お土産

 火曜日、レネは乗合馬車に乗ってティユーの町へと向かった。


 目抜き通りにはまた新たに店ができている。吊るし看板はティーカップと葉っぱの意匠デザインなので、紅茶専門店のようだ。


 入ってみたいが、まずは用事を優先させなくてはならないので、窓から中の様子を覗き見るようにして前を通り過ぎた。


 見慣れた店の前に着きドアを開けると、フーケは作業台の上に帳簿らしきものを広げていた。


「あら、いらっしゃい、セローさん」

「こんにちは、フーケさん」

 レネだとわかると帳簿を閉じ、にっこり笑った。


 生地屋の中へ入り、今日は買い物に来たの

ではないことを告げると、窓際にあるテーブルセットの席を勧めてくれた。


 淹れてくれた紅茶は、先程ちら見したお店で買ったものだという。


「あの、これ。遅くなりましたが、フーケさんへお土産と、フェルトゲンさんにお礼の品です」

 布製の手提げ袋からフーケのお土産の王都で有名なショコラトリーのショコラ詰め合わせと、フェルトゲンにフベレウスカという薬用酒を出して渡した。


「まあ、私にまで? ありがとうございます」

「いえいえ。フェルトゲンさんがいつこちらに来るのかわからないので、いらした時に渡していただけますか?」

 フーケは快く二つ返事をしてくれた。


「フェルトゲンさん、とても感謝していたのよ」

 何のことかわからず首を傾げると、ソワニエ公爵がホテルに滞在したことだと教えてくれた。


 スミュール家の一件の後、事後処理のために公爵もしばらく滞在することになった。


 公爵家お抱えの私兵などもいたのでルヴロワの宿では収容人数などの問題で対応できず、ティユーのF&Aホテルに逗留することになったのだ。


「公爵様からお褒めの言葉をいただいたみたいで、すごく喜んでいましたよ」

 その上、南東部に用がある時はF&Aホテルリゾート・ティユーを定宿にしたいとの申し出もあったという。


 フェルトゲンにしてみれば予期せぬ幸運な風が吹いたようだ。


 ホテルを紹介したのはマルセルなのだが、レネも一括りにされたらしい。


「そうですか。それは良かったですね」

 公爵家の御用達がいただけたら、ホテルにも箔がつく。

 ティユーの町も更なる発展が望めるだろう。


「ところで、セローさん。ガランさんとの旅行はどうだったの?」

 フーケ達にはリュシアンのことは伏せたまま、二人で王都に行くとしか言っていなかった。

 満面の笑みの中に、微かな好奇心が覗いているのをレネは見て取ってしまった。


 誤解なので弁解したいが、リュシアンのことはその存在やスパでの一件も箝口令が敷かれているので口外できない。


 大家夫婦の時は失敗したので、事前に用意しておいた言い訳を淀みなく説明をしなくてはならないのだ。


 マルセルはスパで起きた立て籠り事件の報告に騎士団本部から呼び出されたので、レネは第二の水に続くボディクリームの企画申請に王都の魔術庁へ出向くことになり一緒に行っただけだ、と。


 だが、何とか言い終えることができたのだが、レネは最後には俯いて溜息をついた。


「セローさん?」

 様子の変わったレネに、フーケが思わず声を掛けた。


「でも昨日、結果が来まして」


 通信で、提出したボディクリームはコストと工程オペレーションの問題があり、不採用だと通知がきたのだ。


 それを思い出して、つい顔に出てしまったのだ。


「そうかあ。今回は残念だったわね」

 そう言ってフーケがお茶を淹れ替えてくれたので、レネはベルガモットの爽やかな香りと共に苦い思いを飲み流して切り替えようとした。


 フーケは両手を組んでテーブルの上に載せた。

「真面目に研究を重ねていれば、いつかいいことあるわよ。結果が出せなかったとしても、どこで何が役に立つか、人生って案外わからないものよ」


 今回の結果だけが、仕事の全てではない。


 この試みが、これからの人生でいつか役に立つかもしれないのだから。


 今でなくても、いつかが必ずあるはずだ。


「ありがとうございます、フーケさん。いいこと言いますね」

「ふふっ、私も受け売りなんだけどね」

 小さく笑ってフーケはカップを口につけた。


「それって、フェルトゲンさんですか?」


 フーケは紅茶を噴き出しそうになり、慌てて溢れた滴を布巾で拭った。


「な、何で……」

「前にも思ったんですけど、両手を組んでテーブルの上に乗せて話し始める癖、同じだなあって」

 元々はどちらの癖なのかはわからないが、一緒にいる時間が長いからうつってしまったのだろうと洞察していた。


 ティユーに先にいたフーケに、町の開発のことで色々と相談をしているうちにお互いのことを深く理解するようになり、一年位前から結婚を前提にお付き合いするようになったと、真っ赤な顔をして話してくれた。


「そうなんですね。でも、ご結婚ということになれば、このお店はどうするんですか」

「いずれは閉めることになるけど、それまでは何とか頑張ろうと思って」


 これから発展していく町なので、目抜き通りから外れるが買い手がないということはないだろう。


 仲良くしてくれて居心地良い店がなくなってしまうのは少し寂しいが、フーケの幸せが何よりだ。


 レネがお幸せにと言うと、フーケはふっくらした頬を笑顔で更に横に広げた。

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