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大風

 一陣の風が吹き、砂埃が巻き上がって幌馬車へと叩きつけた。


 男達は目を開けることもできず、鼻や口を覆うが、間に合わなかった者達が咳き込んだり涙を流して頬に跡を残す。


 猛烈な大風の中で、マルセルとリュシアン、御者をしていた公爵家の私兵の男性はまるで透明なガラスのケースに入れられたかのように風が避けている。


 襲撃者達が立ち上がることもできなくなってようやく風は止み、砂埃も収まると、公爵家お抱え魔術師の男性は上げていた片手を下ろし、レネを見てもう大丈夫と頷いた。


 マルセル達を覆っていたガラスケースは瞬時にかき消えた。


「マルセルさん……リュシアン様……」


 レネは両手で口元を覆った。


 二人とも刀傷と思われる裂傷が複数あり、流血している。


 リュシアンは頬を切りつけられて血が襟に滴り落ちている。


「レネ! ぼーっとすんな。こいつら捕まえろ!」


「僕達のことは後でいい!」


 マルセルとリュシアンに怒鳴られて、はっとして周りを見た。

 

 風が収まっても、目や鼻、口に砂が入って砂だらけの顔に様々な模様を描きながら咳き込んで色んなものを垂れ流している襲撃者達を今のうちに身動きできないようにしなくてはならない。


 レネとお抱え魔術師の男性は魔術で手足を拘束し、マルセル達はそれでも逃げようとする者を引き戻したりして総出で確保に努めた。


 一人の男が拘束される前に視界を取り戻して走り出した。


 だが、少し走ったところでくたりとしゃがみ込んでしまった。


 前方から馬蹄の音が聞こえ、後方の道からも不揃いな同じ音が響いてきたのだ。


 前方も後方も、ソワニエ公爵家の紋章をつけた騎馬十数騎。


 挟み込まれて逃げ場はもうない。


 男は大人しく縛についた。



 ソワニエ公爵の私兵は手際良く襲撃者達を縄で再度拘束して幌馬車の荷台へと押し込んでいく。


 レネ達が乗っていた馬車は実は公爵家のもので、私兵は御者だけではなく、馬車よりも先へ進む先発隊と少し後を追う後発隊に挟まれて走っていたのだ。


 目立たぬように、旅人や行商人などに扮して付かず離れずの間隔を取り、有事の際には公爵家の紋章を掲げて駆けつけるようになっていた。


 先発隊の中には公爵家お抱えの医者も追従していたので、マルセル達は手当を受けている。


 レネは路傍の岩に腰を下ろし、目の前で粛々と片付けられていく様を、隣に座るお抱え魔術師の男性と一緒に眺めている。


 男性は大風を起こし、レネはマルセル達に事前に渡していた守護のハンカチを目印にして、防風する保護の魔術をかけていた。


 拘束の魔術も施したので、魔力切れまではいかないが、だいぶ消耗していた。


 事後処理を手伝いたい気持ちはあるのだが、どうにも体が動かないので、邪魔にならないところで座っているのだ。


「具合、いかがですか?」

 亜麻色の髪を頭頂近くできっちり結んでいる女性の私兵がレネ達の様子を見に来た。


「何とか、大丈夫です」

 疲れたと言いたいが、それはみんな同じなので口憚った。


 女性はレネの内心を察したのか、薄く笑うと、ポケットから赤花熊を二つ取り出した。


「これ、お返しします。先発隊の分とうちの分です」


 レネの持っている格子熊が作動すると、先後発隊の赤花熊も咆哮して知らせるように術式を変えたのだ。


「うまく連動しました?」

「はい。私が持っていたのですが、びっくりするくらいでした」

 説明した時に代表格の男性に渡したのだが、後発隊の人は可愛いので持っているのが恥ずかしいので部下の彼女に渡したと、こっそり教えてくれた。


 怪我の手当てを終えたマルセルとリュシアンがやってきた。


「大丈夫か? レネ」

「はい、私は何とか。マルセルさんは大丈夫ですか?」


 マルセルは左腕と左の腿の服が切れて、包帯が覗いている。

 だが、大したことはないと、にっと笑った。


「色々ありがとう、レネ」

 その後みなさんも、と付け加えてリュシアンは微笑もうとしたが、頬の傷に障ったのか肩を竦めた。


 リュシアンの右頬には頬骨から顎にかけてガーゼが医療用の粘着テープで留められている。

 何とも痛々しいが、それでもリュシアンの美貌を損ねることはなく、かえって野性味を帯びた別の色気が漂っている。


 美男というのは、どんなことになっても様になるのだなと、思い知らされる。


 その時、後発隊の代表が、襲撃者を全員捕らえて移送準備ができたので、我々も出発したいと告げに来た。


 レネは腰を上げようとしたが、立ち上がることはできなかった。

「どうした、レネ」

「……すみません、魔力切れ間近で、立てません」


 隣のお抱え魔術師の男性も同じく、座ってはいられるが立ち上がることができないようだった。


「しょうがない」

 リュシアンはレネの腕を取って背中を向け、ひょいっと背嚢のように背負い上げた。


「あっ、おい!」

「君は足を怪我しているだろう。転んで倒れたら、レネも怪我するじゃないか」


「リ、リュシアン様、あの、私重いので下ろしてください」

「立てないのに、どうするんだ」

 それに重くないよ、とさらりと言って馬車へと足を進めた。

 マルセルも仕方なく後を追う。



「俺は抱っこがいいなあ」

 お抱え魔術師の男性は両手を差し出した。


「何言ってんですか。そういうのが似合うのは若い子だけですよ」

 女性私兵の呆れたような視線が降り注ぐ。


「ええー、冷たーい」

「何ですか、それ。おっさんがやっても可愛くないですよ。担架! 誰か担架持ってきて!」



 レネは、リュシアンの肩越しから担架で運ばれる同業者を見送った。


 用意が整うと、馬車は一路ルヴロワへ向かった。

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