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遭遇

 翌日、九時にはコワントを立った。


 南部へと向かう道を二時間程進むと、ボーフェという町に着く。

 ここから更に南部へと続く道と、南東部へと伸びる道に分かれる。


 この町で一旦休憩して、酪農が盛んな町だというので名産のチーズを買った。


 エメンタールチーズとチェダーチーズは四分の一の物を、パルメザンチーズは半塊の物を買って、マルセルと店員さんが二人掛かりで馬車に積み込んだ。


 そんなに買って使い道あるのかなと心配になったが、マルセルの楽しそうな顔を見ると言い出すことができず、リュシアンと顔を見合わせたら、彼も同じことを思っていたのか肩を竦めた。


 ボーフェを出発し、南東部へ向かう道進むと休憩あと一回だけだ。

 順調にいけば午後にはルヴロワに着く。


「あ、美味しい」

 馬車の中で、クラッカーにリバンで買った乾燥いちじくと先程買ったモッツァレラチーズを挟んだものをマルセルが渡して寄越してきた。


 一口食べたら、濃縮した乾燥いちじくの甘さとチーズの塩味がちょうどよく合う。


「ワインが欲しくなるな」

 リュシアンはもう一つおかわりをする。


 後部座席の背もたれの上で、ソニーはハンカチの上に置かれているそれをがつがつ食べている。


「帰ったらまた作るよ」

 嬉しさが溢れ出ているマルセルがリュシアンにおかわりを渡した時だった。


 馬車が減速して、止まった。

 どうしたのか問いかけようとした時に、御者が前方で揉め事が起きているようですと告げた。


 マルセルもリュシアンもすっと表情が変わり、レネに後部座席に変わるように指示した。


 窓を覗くと、前方の砂埃が立ち込めている中で、幌付きの馬車と剣を片手に馬車から男性を引きずり下ろしている男が見えた。


「追い剥ぎ?」

 南東部はほとんど農村地帯を通るので治安は比較的いいのだが、それでも盗賊被害がないという訳ではない。


 レネが赴任してきてからも、街道で襲われて怪我した人が一時的にルヴロワで療養していると、何度か噂で聞いたことがある。


 あまりないが、たまにあることに遭遇してしまったようだ。


「レネ、ここから出るなよ」

 マルセルの命令に頷いた。


 騎士であるマルセルとリュシアンは騒動であれば見過ごすことはできないので、剣を携えて馬車を降りた。


 御者の一人も一緒について行くのが、窓から見えた。


 ドアに鍵を掛け、馬の手綱を握っているもう一人の御者のために、魔術で施錠はしなかった。


 窓にへばりつくようにして外の様子を見ると、マルセルとリュシアンは斬りかかってきた男に相対している。


 怒号や悲鳴が馬車の中でも反響し、斬り合いの高い金属音が合間に届く。


 しっかりしなくてはと思うのだが、指先は冷たくなり震え出す。


「きゅう」

 背もたれからレネの肩に乗り移ったソニーのわずかな体温と重みで一人ではないことを、この魔獣を含めて守らなくてはならない責任を負っていることを思い出して気を引き締めた。


 もうもうと立ち上る砂埃の中からまろび出るように男性がこちらの馬車に走り寄ってきた。


「た、助けてください!」

 手綱を握っていた御者が降りてきて、男性の体を抱き止めた。


 レネも窓を開ける。


「俺は、商店の者です。取引を終えて、帰る時に突然、賊が……」

 まだ若い男性は息を切らせて話し出し、御者に縋ってきた。


 町で取引先と商談を済ませた後に、満積した荷物を襲われたのだという。


 その後もう一人、馬車に駆け寄ってきたのは中年の男性で、最初に来た男性がご主人様と呼び掛けた。


 着ている物が使用人とは違う高級な生地で、商家の主人といった身なりではあった。


 その男性はレネの元に来た。

 御者は使用人に掴まれていて動けなかったので、レネの所に行くのを制止できなかった。


 商家の主人は助けを乞う代わりに小刀をレネに突きつけた。

「降りな、ねえちゃん」


 使用人の男は、御者の後ろから喉元にナイフ当てている。


 これは追い剥ぎを装った襲撃だ。


 唸り声が大きくなり幌馬車を見ると、荷台から更に数人降りてきて、マルセル達は劣勢に追い込まれていた。


 レネは解錠して、ドアを開けた。


「ようし、大人しくしてろよ、ねえちゃん。いい子だな、こっちへ……」


 馬車から降りる寸前で、レネはポケットから格子チェック熊のストラップを男の目の前に出した。


 腹部の魔術円形を押すと、下顎がぱかっと開いて熊の咆哮と煙を吐き出す。


「うわっ、何だ、ごほっ……」

 男は大量に吐き出される煙をまともに食らって咽せるだけでなく、目も痛くて開けられない。


 レネはちょうど足の位置にあった男の胸倉を蹴飛ばして、男が咳き込んでいる隙に小刀を取り上げた。


「お、おい、こいつがどうなってもいいのかっ」

 御者にナイフを向けている男が、喉元に切っ先を突きつけようとした時だった。


 金色に発光した球体が男の頭上から高速で落下して、男はごふっという呻き声を上げてその場に頽れた。


 御者はナイフを拾い上げ、脳天直撃されて倒れた男の側にいる金色の球体はふよふよと漂うようにレネの元へ行く。


 レネが両手で球体を受け止めると、手の中で光が次第に収まり、金色のうねりのある毛並みと紺碧の大きな瞳の魔獣の姿に戻った。


「きゅう」

「助かったわ。ありがとう」

「ありがとうな、かわいこちゃん」

 御者もソニーを撫ででお礼を言う。


 以前、ロートバルター夫人がソニーに助けてもらったことがあると言っていたが、こういうことだったのではないかと思い巡らせた。


 御者が文言を唱えて、レネ達を捕らえようとした二人の男は魔術によって手足を拘束された。


「のんびりしていられないよ、セロー嬢。これでこいつらがどういう連中か判明した。あとは俺達も加勢しなくちゃな」


 幌馬車の方ではまだ応戦が続いている。


「はい」


 御者は、ソワニエ公爵がつけてくれた公爵家の私兵とお抱え魔術師だった。

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