コワント
リバンでの昼食は大満足だった。
ガレットは写真通りだったし、お土産の乾物も買えた。
御者の二人にも教えてあげたら、二人とも買っていた。
そして彼らにも小冊子を見せたら、次の休暇予定地を特産物の買える町に変更しませんかと持ち掛けられた。
それから二回の休憩を挟み、それぞれ買いたいものを買って、宿泊地であるコワントに着いたのは日が大分傾いてからになった。
コワントはバルギアム国第五の都市で、この街から隣国のギレンフェルド国へ続く大きな街道の出発地点ともなっている。
馬車は観光名所にもなっている大聖堂の横を通る大きな通り沿いのホテルの前で停まった。
外観は質素だが中へ一歩踏み入れると、大きなシャンデリアと人が入れるような大きな花瓶に生花が活けられている広いエントランスがあり、敷かれている絨毯は毛足が長く足音がほとんどしない。
フロントに行くと制服の係員が丁寧に挨拶をした。
「いらっしゃいませ。お泊まりでございますか?」
「はい。それと、これを」
マルセルはコートの内ポケットから封筒を出してカウンターへ置いた。
係員は恭しく受け取り、手紙を読んで一瞬だけど目を大きくしたが、それ以外には驚きを顔に出すことはなかった。
お待ちください、と言ってバックヤードへ行って数十秒後に年嵩の男性と共に戻ってきた。
「お待たせ致しました。わたくしはF&Aホテル・コワントの宿泊支配人をしておりますブレルと申します。ご用向きはブリュールの総支配人から承りました。ただいま部屋をご用意申し上げますので、しばらくお時間をいただきたく思います」
ブリュールでチェックアウトをした時に、次の宿泊地のコワントには同系列ホテルがあるのでそこに泊まるように勧められ、総支配人からの手紙をフロントに渡せと言われたので出しただけだった。
なのに、人の出入りが急に激しくなり、明らかに急拵えで用意をしているようだった。
「あの、空いている部屋をお借りするだけでいいので……」
マルセルが慌てて言い伝えるが、宿泊支配人が愛想のいい笑顔を崩すことはなかった。
「すぐ済みますので、ラウンジでお待ちください」
若干ながら有無を言わせない圧力を感じ、レネ達は勧められるがままにソファに腰を下ろした。
十分近く待たされてから支配人に案内されたのは、ブリュールの時と同じくスイートルームで、真ん中にリビングがあり、両端にベッドルームがある造りだった。
荷物が運び込まれた後に総支配人が挨拶に来た。一泊しかしないのに申し訳ないくらい大事になっている。
部屋割りを決めて、右側の部屋はマルセルとリュシアンが、左側をレネとソニーが使うことにした。
ベッドルームは一人用寝台が二つあるのでそれぞれで使えるし、ブリュールの時と同じくベッドルームの隣にバスルームがある。
「はあ、贅沢だな。これもあの熊のお陰なんだよな」
一通り部屋を見て回ったリュシアンが感慨深げに言う。
その熊のストラップは、今やリュシアンのトランクの取手の金具にぶら下がっている。
「まあ、今のところ何事もなかったし、いいホテルで部屋は広いし、何だか申し訳ないな」
マルセルが言うのももっともで、リュシアンが狙われたのは年頃女性の熱視線かスリだけだった。
視線はリュシアンが無視すればそれで済んだし、スリはマルセルが睨みつけて未然に防いだ。
休憩した所では名物やお土産を買ったりしてみんなで楽しんで、ほとんど物見遊山だった。
「でも、明日からかもな」
リュシアンが顔を引き締めて、マルセルが頷いた。
今日はブリュールからコワントまでの都市を結ぶ大きな街道を通って来た。
明日からはルヴロワへ向かう道になり、街道に比べると通行量は減り、休憩所も間隔が空く。
人目がなくなり、助けを求めにくくなるのだ。
「ここにいても絶対に安全じゃないしな。夜は交代で見張ろう」
マルセルはチェストの上の置き時計を見て、二十二時から二時半までと、そこから七時までリビングで見張りをすると決めた。
コイントスで順番を決めようとした時にレネが待ったをかけた。
「私も見張りやります」
二交代制だから、自分とマルセルだと思っていたが、マルセルとリュシアンだというのでそれは不公平だと差し止めた。
「いいよ、レネは。今日は疲れただろう? ゆっくり休んでくれ」
「看護とは違うんだ。適性があるだろう。お前のやるべきことは、別の時に能力が発揮できるように状態を整えておくことだ」
適性のことをいわれると、騎士のような訓練を受けたことのないレネは、何かあった時に適切な対処ができるとはいえない。
マルセルの言うことは的を当ているので、ぐうの音も出なかった。
「いざって時はお前を頼るようになるかもしれないんだから、夜くらいはゆっくりしてくれ」
人それぞれに能力差がある。
足りない時に補えるようにして、後で均等な負担になればいい。
マルセルははっきりそうは言わないが、そういう優しさが裏にあるのはちゃんとわかっている。
仲間外れにされているのではないので、レネもここは首肯した。
ドアからいい匂いがして、夕食が運ばれてきたのでこの辺で、とリュシアンが話を打ち切った。
食器がぶつかるような音と共に、何か言い合うような声がする。
「ちょっと、この部屋の当番は私なのよ。なんであなた達ついてくるのよ」
「あなたが粗相しないように私が補助してあげようとしてるのよ」
「あ、こういう時だけ先輩面して。美男がいるからでしょう?」
「何よ、あなただって……」
ドアは閉めているが、声は聞こえる。
どうやら、夕食の配膳を巡ってメイド同士で揉めているらしい。
リュシアンの罪作りな美貌がここでも面目躍如となっている。
鬱陶しそうに眉を寄せるその横顔も絵になるとは知らずに、リュシアンは溜息をついた。