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グルメ

 ルヴロワまでは乗合馬車をうまく乗り継げば一日弱で着く。


 だが、御者付き貸馬車で帰ることになったので、馬の交換や休憩を考えると一日半は掛かると言われた。


 隣に座るマルセルは腕組みして寝ている。開いた膝が時々レネにぶつかるが、気づいていない。


 向かいに座るリュシアンはぼんやりと窓の外を眺めている。


 レネは膝の上にクッションを置き、本を立てかけてずっと読んでいる。


「何読んでるの?」

 リュシアンの問いかけにレネは顔を上げた。


「魔術書です。いざという時にはちゃんとお守りできるようにしておこうかと思いまして」


 ゆっくりと頬を緩めるリュシアンは、画家がいたら即座に描き出すくらい、絵になりそうな笑顔になった。

「ありがとう、レネ」


 リュシアンはスパの立て籠り事件の犯人とは無関係であることが証明されて留置所から出された。


 そして表向きには、心身静養の目的で有休の届出を出し、再度ルヴロワへ向かっている。


 一連の事件の報告書を読んだソワニエ公爵が許可を出したので、上意下達の行き届いた騎士団では驚くくらい早く処理された。


 だが、リュシアンが安全な檻であるから出たことで、これからどんな危険があるかわからない。


 真犯人はスミュール家であることはわかっているが、その中の誰が、というのが判明していないのだ。


 マルセルは、道中が一番狙われやすいという。


 移動している間は人目も少なく、また何かがあっても町から離れてしまえば連絡が取りづらい。


 野盗に扮して襲撃すれば、証拠も足もつきにくい。


 リュシアンもマルセルも騎士なのでそれなりに対処できるが、それでも何があるかわからない。


 レネは魔術師としてまだまだ未熟なので大したことはできないが、いざという時にせめて足手まといにならないように、あわよくば手助けできればと思って、魔術書を読んでいたのだ。


「真に受けない方がいいぞ、リュシアン」

 マルセルはいつからか起きていたようで、口を挟んできた。


 その時、馬車が大きく揺れてレネも体が傾き、魔術書がクッションの上に倒れた。


 その拍子に開いていたページからするんと小冊子パンフレットが床に落ちる。


 それをレネより先にリュシアンが拾い上げてしまった。


「ん? 何これ」

 魔術書の間に挟んで読んでいた小冊子だ。


「『リバン−お勧めレストラン』?」

 開いてあるページには店の外観と料理の写真と、簡単な説明と感想が書いてある。


 リバンは昼食予定の次の休憩場所だ。


「ソレル係長にもらったんです」


 地方施設管理を担当している第三部第四課で、基本的には王都の魔術庁勤務をしているが、年に何度も監査のために管轄施設を訪問する仕事をしている、三十代後半の男性の魔術師だ。


 マルセルは預かり知らぬ人物だが、リュシアンが訪れた時に係長もいたので、あの人か、と思い当たった様子だった。


「監査で地方に行く機会も多い方なので、道中のお勧めレストランや観光案内をまとめて、魔術庁内で配っているんです。かなりの美食家グルメで、紹介してる店は新規店舗でも必ず繁盛するそうなんです」


 挨拶に行った時に、最新版をまとめたからと渡してくれたのだ。


 鏡で撮影したものを転写して、それに自己の感想などを付け加えて書いてあるのでわかりやすく、出版されているガイド本よりも信憑性がある。


 バカンスに行く時には皆んなこぞって転写コピーするという。


「へえ、美味しそうだな、このガレット」

「本当にこんなにたっぷりきのこが入ってるのかな。よし、リバンに着いたらこの店に行くか」


 リュシアンもマルセルもすっかりその気になっている。


 うまく話題が逸れて安心したのも束の間、リュシアンがレネを見て目を細めた。

「魔術書かと思ったら、こんなの読んでたんだ」

 やはり受け流してはくれなかった。


「だから言っただろう。まあ、レネは自分の身を守ることだけやってくれ」

 下手なことされても、こっちの手間が増えるだけだからな、とマルセルはばっさりと言う。


 まったくその通りなので、ちょっと癪に触るが何も言い返せない。


 レネがやるべきことは、彼らの計画を邪魔しないことと自分の身の安全を確保することだ。それは何度も念を押されている。


 でもいざという時に、二人を守れるようにできることはしようと心に決めていたのだ。


 マルセルが素気なく言うのには、危機に陥った時にレネを巻き込みたくないからだと知っている。


 だからこっそりやってやると思って魔術書を読んでいたのだが、御者がリバンで食事休憩すると伝えてきたので、係長のパンフを出してレストランの情報収集をしていたのだ。


「乾燥マッシュルームのお土産が有名みたいだ。夏に丘の斜面で天日干ししたものらしい」


「へえ、乾燥してるなら持って帰れるな。マッシュルームなら使い勝手もいいし、買うか」


乾燥いちじく(ドライフィグ)もあるみたいです。乾物が特産物みたいですね」


 それから結局、ソレルのパンフレットに興味を惹かれて話はうやむやになり、口はガレットを食べる口になり、腹の虫が順番に鳴った。


 後部座席の背もたれの上で、ソニーがつまらなそうに小さなあくびをして、馬車はリバンの町に到着した。

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