挨拶
明日ルヴロワへ帰るので、魔術庁に挨拶をしに行くことになった。
ソニーのケージはリュシアンが持ち、大通りを王宮殿に向い人混みを進んで行く。
すれ違う人ほとんどがリュシアンを見て目で追う。
そりゃあそうなるだろうな、と思う。
緩やかなうねりのある金髪を後ろに撫でつけているので、印象的な深い青い瞳と完璧ともいえる造作が丸見えだ。
今はコートを着ているが、騎士隊の制服を着たリュシアンを見た時はレネですら一瞬見惚れてしまった。
見送りをしてくれたシモーヌはずっと顔を赤く染めていたし、今も通りすがった若い女性は甲高い声で誉めそやしている。
隣のレネは魔術師のローブを着ていて、人の多い大通りで目立っているのがひしひしと感じ取れる。
中にはやたらと鋭角な視線をレネに突き刺さしてくる女性もいる。
せめてここにマルセルがいれば視線も少しは分散するのに、と今頃ホテルの大きなベッドでいびきをかいて寝ているマルセルを思い浮かべた。
昨夜、リュシアンが解放されて、今まで奔走していたマルセルは糸が切れたようにベッドに倒れ込んでしまった。
朝ご飯にも起きて来なかったので、ご挨拶はリュシアンが一緒について行くことになった。
泉質管理事務所でお世話になったから、そのお礼を言いたいのもあると。
ノイバラの群生地のような棘だらけの視線の大通りを過ぎて王宮殿の城門に着くと、顔見知りになった衛兵がケージの窓から鼻を出しているソニーを指で撫でてから、中へ入るのを許可された。
合同庁舎の一階にある所属部署の第三部第四課にこんにちはと顔を出すと、出入口に近い庶務の女性が振り向いた。
「あらセローさん、こんにちは……あら? あら! まあまあ」
レネの後ろにいるリュシアンを見つけると、急に声を高くした。
「まあ、今日はソニーちゃんだけじゃなくて、美男さんまで連れてきたの?」
「こんにちは、魔術庁の皆さん。第一騎士隊のリュシアン・スミュールと申します。ルヴロワの泉質管理事務所でセロー嬢にお世話になりましたので、お礼を申し上げたいと思いまして参りました」
挨拶をしただけで、女性社員からは格好いい上に礼儀正しいわね、と評価を上げている。
ヴィリエも出てきて挨拶をするが管理職の彼女も惑乱するくらい、リュシアンはこの地味な部署の部屋で異彩を放っていた。
「セロー嬢の看護のお陰で怪我の回復も良く、こうして復帰することもできました。彼女の業務を増やしてしまったので、皆さんにもご迷惑を掛けてしまってはいませんでしたか?」
「いいんですよ、ご快癒になったのでしたら何よりです。でもまあ、傷病人対応がまさか貴方様だったとは」
教えてくれても良かったじゃないと、ヴィリエをはじめ女性社員は声を揃えてレネを見る。
「すみません。僕が内密にとお願いしたのです。スパで騒ぎがあったもので、神経質になってしまいまして」
「あら、そうでしたか。それは災難でしたね」
リュシアンは如才なく会話を進めるのを見ていると話し方が丁寧で、やはり貴族で騎士なんだなと感心する。
リュシアンのことを集中的に質問されても、さり気なくレネを引き合いに出して会話が偏らないようにしている。
二年しか貴族をやってなかったと言っていたが、充分社交の術を心得ている。
それでいて気さくで品がある。
美しいというのは得だなと思う。
「では、これで失礼します」
切りのいいところで暇を告げると、最後だからとみんなで記念撮影をしようということになり、ヴィリエの鏡を使って集合撮影をした。
後で転写して配ると言うと、女性職員の喜びようは、熱気を感じるようだった。
「いい記念になりました。ありがとうございます、スミュール様。気をつけて帰ってくださいね、セロー。クラネ上級魔術師にもよろしく伝えてください」
レネには撮影したものは後で鏡通信で送ると、言って部署員全員笑顔で見送ってくれた。
「魔術庁は楽しそうだな」
リュシアンの言葉の裏に、能天気だというのが見え隠れしている。
そんなことはないのだが、明言されてないので否定はできないし、レネはそうですねとさくっと受け流した。
「セローさん」
廊下を歩いている時に、聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り向きたくないが、気づいて足を止めてしまったので振り返らざるを得ない。
「あ、こんにちは、プロト先輩」
今日も縦巻きカールがばっちり決まっているかつての指導員は、濃い口紅を塗った薄い唇の口角を不自然なまでに上げている。
「いらしてるなら、声を掛けてくれてもいいじゃない。私とあなたの仲なんですから」
もう違う部署になっているし、階床も違うし、仲といってもただの先輩後輩で、しかも良好な関係ではないので、その義理はないのだが。
「こちらの方、紹介してくださらないの?」
やっぱり、目当てはリュシアンだった。
廊下には各部署の部屋がドアを開けっぱなしにしてあり、数人こちらを覗いている。
この先輩は自己顕示欲が強めなので、ここで顔を売っておきたいのだ。
適当にすると後が面倒だし、どうしたものかと思案していたら、リュシアンがいきなり腰に手を回してきた。
「申し訳ない、マダム。騎士団本部へ行く時間が迫っているので失礼します。まだ就業時間中ですので、貴女も早く仕事に戻った方がいいですよ」
きっぱりとそう言って、レネの腰を抱いたままその場を後にした。
背後から、こんなところで何してるんだという男性の叱声がして、今戻りますと切れ気味言い捨てるプロトの返事が聞こえた。
すごく振り向きたいが、そうしたらまた角が立ちそうなので、ぐっと堪えた。
だが、少しだけ溜飲が下がった。