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入隊後

 書類を書き終えた途端に眠気に襲われて、気がついたら屯所の宿舎で一日近く寝ていた。


 伯爵の捜索はまだここには来ていないのを確認して、ほっとしたら腹が鳴った。


 ルメールの案内で食堂に行くと、好きなだけ食えというので定食をしっかり完食した。


「よく食うなあ。ここの飯は町中の店の二人前だぞ」

 そう言うルメールも完食している。


 ここは体力勝負の騎士隊だけあって、質より量だという。


 スミュール家のようにちまちま食べるより、こっちの方が性に合った。


「よし。君は今日から見習いだ。まだ本部からの承認が下りてないから正式採用ではないが、しばらくは俺が預かる」


 ルメールが言った途端に、食堂中がざわついた。


 何だろうとリュシアンも見回したら、視線はこっちに集中していた。


「気にすんな。さて、行くぞ」


 トレイを持ったルメールに付き従っていくと、

「おい、新たな犠牲者だ」

「前の奴は一週間で根を上げたってさ」

「よおし、今度はいつまでもつか賭けるか」

 と、そこかしこから聞こえてくる。


 ルメールに急かされたので、リュシアンは慌ててトレイを返却口に置いて、ご馳走様と言って食堂を後にした。



 連れてこられたのは屯所から五分程歩いた村の一軒家だった。


 ドアを開けた途端に、食堂でざわついていた意味が判明した。


 赤ん坊の泣き声が何重にも聞こえてきたのだ。


「のっけからすまんなあ。うちの下の子は三つ子なんだ」


 赤ん坊の泣き声にかき消されそうになりながら、ルメールは詫びたが、すぐに奥さんの手伝いに向かった。


 ルメールの家族は妻と子供が五人。

 上のお兄ちゃんとお姉ちゃんは年子で、二歳離れて三つ子の弟がいる。


 みんなまだまだ手の掛かる年頃の子供だった。


 それからはスミュール家でのことなど思い出すことも夢に見ることもないくらい、怒濤の日々が始まった。


 赤ちゃん達はひっきりなしに泣き出すし、お兄ちゃんとお姉ちゃんがケンカを始めたら仲裁に入り、洗濯、掃除、上の子達の着替えの手伝いから遊びのお付き合い……。やる事は次から次へと湧き出してくる。


 夕食が終わればルメールと剣術の稽古、夜寝る前に勉強をして、やっと寝ようと思ったら三つ子の夜泣きが始まる。


 たまに村の有志が手伝いに来るが、そうでもしてもらわなければ奥さんと共に倒れていただろう。


 かなりきつい日々で毎日目の下にクマができていたが、スミュール家にいるよりはましだった。


 子供達はなんだかんだいっても可愛いし、子供達も一番大きいお兄ちゃんとして慕ってくれたし、ルメール夫妻は多少の失敗しても大概のことには大らかだった。


 家出から一週間後、ルメールが稽古の後にリュシアンを呼び出し、伯爵が探しに来たことを告げた。


「だが、入隊申込書を盾に君の引き渡しを断った。騎士隊は騎士団に所属しているので、入隊を申し込んだら騎士団の規則に準じてもらう」

「ですが、伯爵に脅されたり圧力をかけられたりしませんか?」


「この前教えたが、騎士団の一番偉い人は誰だ」

「元帥です」


「元帥は誰だ」

「国王様です」


「そうだ。我々は国王様の配下だ。だからたとえ高位貴族であっても、国王様の配下に手出しをすることは許されないことなんだ」


 国王に対して弓を引く行為に近いと、ルメールは説明した。


「どうせ君は嫡男ではないのだろう? ならいずれ騎士になるか修道士になるかだ。それが早まっただけさ」

「僕は高位貴族の婿養子か、そういう性嗜好の金持ちに売られる予定でした」


 それを聞いた途端、ルメールの顔色ががらりと変わった。


「何てことだ……。よし、そういうことなら正式採用が決まったら俺の隊に配属だ。俺が、俺が君を立派な騎士にしてやるっ」

 涙を浮かべたと思ったら、急に眉を逆立てて鼻息荒く宣言した。


 それから騎士としての修行も始まり、夢なども見る暇もない程熟睡する毎日だった。

 ルメールが第一騎士団の隊長に任命されて王都に異動になった時も、子育て特別要員としてリュシアンも同じく異動することになった。


 骨を折ってまで庇護してくれたルメールの期待に沿うべく、リュシアンは騎士の鍛錬に邁進し、三つ子が就学年齢になるとルメール家を出て官舎に移り住んだ。


 第一騎士団には次兄のアンドレがいたが、この兄は帰省した時と同じでリュシアンのことはほとんど無視していた。


 絡まれるより面倒はないので、リュシアンも同じように接していた。


 だが交わることはないと思っていた平行線が、アンリ王子の護衛兵を選出することが発表されて触発した。


 第三王子は近衛だけでなく第一から第三まで騎士団全体から広く公募したいとの意向を示して、国王もそれに賛同した。


 数ある中から最終的に残ったのはリュシアンとアンドレを含めた五人だった。


 最終選考も兼ねて、アンリ王子の視察先であるヘールホートの警備の事前確認のためにリュシアンが向かった。


 滞りなく業務遂行し、確認作業が終了する直前に大金狼に襲撃された。


 領主がすぐに病院の手配をして外科手術が施された。

 異物が残っていると、魔獣の常在菌と体が拒否反応を起こして、不随意に暴走することがあるので、魔術師まで呼んで透過をして確認した。


 そのはずだった。


 リュシアンは負傷のため事前確認の業務から外され、アンドレが代わりに派遣されてきた。


 病院には、どうやって知ったのかオリヴィエが来た。


 正妻は元々、ヘールホートの隣にわずかな領地を持っている男爵令嬢で、領主とも親交があると長兄がその時話してくれた。


 それから、あまり経過が良くないならルヴロワのスパで療養を勧められた。


 恐らく、行ったら行ったで何かあるのは自明だった。


 それでもいいと思った。


 こんなことの繰り返しなら、そろそろ父と母の元に行くのもいいのではないかと思ってしまったからだった。


 行ってみれば、偶然居合わせたオージェ侯爵夫人と令嬢のせいでスパから疎まれ、泉質管理事務所へ行く羽目になったが。


 それが人生の方向転換になるとは、さすがの長兄も想定外だっただろう。

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