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持論

 物心ついた時にはもう孤児院にいた。


 修道女には、温かい夏の初めの頃に修道院の前に置き去りにされた赤ん坊だと聞かされた。


 周りには様々な境遇の子供がいたが、レネはこの院の中のことしか知らなかったので、親がどういうものかもわからない。


 世話をしてくれる修道女達はみんな優しかったし、近隣の村の人々も親切で寂しいと思ったことはなかった。


 十歳の時に国で定められている適性検査を受けて、レネには魔力があることが判明した。


 それから孤児院を出され、ブリュールにある学校に入学させられた。


 魔力のある子供が国中から集められ、通学できない児童のために寄宿舎も完備されている学校だった。


 孤児ということを思い知らされたのはそれからだった。


 親がいないというだけで、性格が歪んでいるはずだと言われたり、なくしものがあれば盗んだのではないかと疑われたり。


 みんな親元を離れて不安になっているその弱さを、当たりやすい人物を見つけて上位に立つことで均衡を保とうとしていたのかもしれない。

 だが、踏みつけにされた方は、一方的な押しつけに戸惑い、全てのことに萎縮するしかなかった。


 そんな時に味方になって何くれとなく気を配ってレネを守ってくれたのは、学校に宗教の授業を担当している神父様だった。


 レネの話をちゃんと聞いてくれ、困った時には相談するようにと言ってくれたのだ。


 神父様と一緒にいる時だけ、レネは普通に呼吸することができた。


 進学しても何かあれば神父様に話を聞いてくれた。

 友達もできたが、何かあれば真っ先に相談するのは神父様だった。


 だが、その神父様はレネが卒業をしたすぐ後に亡くなってしまった。

 老衰だった。


 あの時は入庁式が来るまで毎日のように泣き続けて、同期はレネの瞼は一重だと勘違いしていた程だった。


 研修が終わると配属が決まり、指導員として就いたプロトの下で働くようになってからは仕事に忙殺されて寝る暇も泣く暇もなかった。


 今考えれば、プロトは自分の仕事もレネに押しつけていたのだ。


 庁舎と寮を往復するだけの日々が二年続いて異動が決まった。

 前任者が定年を迎えるので、その後継のためだった。


 ルヴロワの泉質管理事務所は住み込みだというので、これから丸一日仕事をさせられるのだと思っていた。


 だが前任者のマースは、仕事は時間内でするものだと言い、余程のことがない限り時間外まで仕事をするなとレネに宣言し、自身も定時ですっぱり仕事を切り上げたら、趣味の釣りに行ってしまうような人だった。


 具合が悪ければ休めばいいし、ちゃんと帰ってくれば昼休みはどこへ行っても構わないという。


 そんなことは魔術庁では許されなかったと言うと、マースはいきなりレネの頭を撫でた。


 今までよく頑張った、と言って。


 その時に、心臓がどくどくと教会の早鐘のように打ったのを今でも思い出せる。


 それが恋に落ちた瞬間だったと。


 引継ぎという同棲生活は三ヶ月で終わってしまい、マースは定年退職後は旅に出てしまった。

 体が動くうちに色んなものを見てみたいと言って。


 神父様の時と違って、この世に一人取り残されたという凄寥はなかった。

 生きていればまたいつか会えると、マースが言っていたから。


 寂しさがないわけではないが、月日が経てば一人でいることに慣れる。


 スパの先輩魔術師のクラネも、ルヴロワの町の人々も優しく温泉のように温かいので、いつしか凝り固まっていた体や心の奥がじんわりと溶かされていった。


 同世代はほぼレネを下に見ているが、世代が上の人達はちゃんとレネを見て接してくれた。


 だからではないが、どうしても同世代には距離を置いてしまい、異性とも恋愛感情を抱くことはなかった。


 心ときめくのは年上ばかりだった。


 自分がおかしいのかもしれないと悩んだことはあったが、そういう嗜好なってしまったのだから仕方ないとも思う。


 公務員の特殊技能職なので、結婚しなくても退職しなければ何とか生きていけるし、一生一人でもどうにかなる。


 好きでもない人と付き合うより、常識の範囲内で好みの人に思いを寄せて眺めるだけでいいのだ。


 誰かを傷つけてはいない。

 欲しがったりもしない。



「よし、間違ってない」

 レネは膝の上のソニーをブラッシングする手を止めて、出した結論に頷いた。


 元々、公爵の相手になんかされるはずはないのだ。

 お茶の誘いも公爵の気まぐれに違いないのだから、こちらも好みの男性と時間と場所を共有できる貴重な機会だとして、せめて自分にとっても特別な思い出になるように、普段とちょっと違うおめかしをしても別に悪いことではない。


 理屈が追いついてきたら、萎れていた自信が戻る。


 ベッドルームを出てリビングに行くと、マルセルの姿はなかった。



   ♧

 部屋の前で深呼吸してから、マルセルはドアを開けた。


 リビングにはレネが立っていた。

 いきなりは心臓に悪い。


「おかえりなさい、マルセルさん」

「た、ただいま、レネ。あの……」


 お茶を淹れるから座るように促され、なんだか従うしかない雰囲気に飲まれた。


 お茶を出された後は、延々と持論を説かれた。


 理論武装をしたレネは淀みがなく、マルセルは防御の術もなく理路整然とした言葉の礫を浴びることになったが、でもそれで良かったと思う。


 元気が出て良かった。


「……と、いうことで、このシチュエーションでおめかしは必要事項であるということに至りました」


「うん。そうだな。ごめん、レネ」

「いいえ、私の方こそ」

 少し間が空いてから、浮かれていたのは事実ですからとレネも頭を掻いた。


 ちょっとしたすれ違いがあって気まずかったが、二人の間に流れる空気は徐々にいつものものになっていく。


「明日、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 素直に謝れて良かった。

 マルセルは今のところそれでいいと思うことにした。

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