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親和行動

 被害はソニーが侵入した事務室に山積みにしていた書類綴りが落ちたのと、隊員のグラスが落ちて割れたのと、ソニーに驚いた隊員が机にぶつかり倒してしまった程度に止まった。


 不幸中の幸いだったのは、怪我人が出なかったことだ。


 レネとマルセル、メルテンスは迷惑をかけた各所に出向き謝罪をした。


 その後で始末書を書き終えたら、マルセルは団長の執務室へ向かい、レネは一応上司のヴィリエに報告するために魔術庁へ足を運んだ。


 ヴィリエは物損だけで済んで良かったと言ったが、先方から請求があった時には給料から天引きすると宣告された。


 ソニーの許可証を出している以上、責任は魔術庁になるので、以後公共の場では施錠の確認を徹底するようにと口頭注意を受けた。


 そして今後騎士団本部へ行く時には、ソニーを魔術庁へ預けるように確約させられた。


 どれもこれも致し方ない措置なので首肯するしかなかった。


 王宮殿の中に一般にも開放されている庭園があり、まだ春先の寒い中でも散策や飼い犬の散歩をしている人々がちらほらといる。


 レネはベンチに座って、隣にケージを置いた。


 マルセルを待っているのだが、もし遅くなるようならホテルに先に帰っているように言われた。


 ただ寒空の下で座っているのは冷える。そんなに長く待ってはいられなさそうだ。


「きゅう」

 それはソニーも同じなのか、それともこんな寒い所にいたくないという抗議なのか一声鳴いた。


「寒いよね。ごめんね」

 ホテルに戻ろうかと考えた時だった。


「あら、もしかして、ソニー?」

 前を通っていた女性が声を掛けてきた。


 はい、と反射的に答えたが、ソニーを知っている人は珍しい。


 女性は隣に座るとレネに許可を求めたのでここでも反射的にはいと言ってしまった。


「見せてもらってもいいかしら?」

 茶色の髪と目をした女性はレネより少し年上のようだが、話し方が丁寧だ。着ている服も高そうだし、貴族か商家の奥様のようだったが、供はいない。

 王宮殿内とはいえ、大丈夫なのだろうか。


 レネは解錠の文言を唱えてから、先程の騒動があったのでリードを素早く付けた。


 ソニーは跳ぶように出てケージの上に乗って女性を見る。

 女性もできるだけソニーに目線を合わせた。


「あの子とはまた別の子のようね」

 そう言って指を差し出し、ソニーが匂いを嗅ぐ。ソニーが指や手に鼻面を擦り付けた。


「親和行動だわ。良かった、嫌われなくて」

 女性はソニーの首や耳周りを撫でて、ソニーも気持ちいいのか、うっとりと目を閉じる。


「親和行動、ですか?」

「ええ。ソニーは仲間に対して親愛の情を示す時、鼻や頭をさっきみたいに擦りつけるのよ」


 そういえば、レネやマルセル、リュシアンにはよくやるが、初対面のヴィリエやメルテンスにはしなかった。


 だが、それをいうならこの女性も初対面だ。


「あの、ソニーのこと、よくご存じなんですか?」

「一時期、一緒にいた時があって、今もたまに遊びに来るの」

 扱いに慣れているようで、ソニーはすっかり気を許してされるがままに女性の膝の上で撫で回されている。


 不思議そうにしているのが顔に出ていたのか、女性は口の端をゆっくり上げた。


「わたくしはギレンフェルド国の者なのですが、今は夫の出張に同行してこちらに滞在しております。ギレンフェルド国ではソニーは縁起物ですから、魔獣であっても色々な所で歓迎されているのですよ」


 ギレンフェルド国の人にしてはあまり訛りがない。

 バルギアム国は公用語がフロレンス国の言葉なのだが、彼女の話し方はまったく遜色ない。

 しかも、上流階級の言葉だ。


 よく見ると、居住まいも仕草もどことなく品がある。


「クロエ」

 ベンチに寄ってきた男性の呼び掛けに、彼女は顔を上げた。

 つられてレネもそちらを見たが、来たのは銀髪で宝石のような青い瞳の背の高い男性だった。

 しかも、美術館の胸像のような見事に整った美貌。


 どちらかというと女性的で繊細な容貌のリュシアンとは違い、力強さを感じる男性的な美しさだった。


 女性の夫なのだろうか、ギレンフェルド国の言葉で話し合っている。


 そして、男性はソニーを見てぎょっとした顔つきになった。

 ギレンフェルド国の言葉でよくわからないが、何でこいつがここにいるんだ、というようなことを言っている、多分。


 女性はレネにソニーを戻し、席を立って男性の隣に行く。


「ありがとう、お嬢さん。久し振りにソニーと会えて懐かしくなりました」

「いいえ、とんでもないです」


「私からもお礼を言うよ。仕事で妻を待たせていて気掛かりだったのだが、有意義に過ごせたようだ」

 男性は仕事で王宮殿に来ていたという。

 ご主人もギレンフェルド国の人にしては流暢な言葉遣いだった。


 二人は並んで公園を後にした。


 仲の良さそうなご夫婦だ。


 なんとなく、その後ろ姿を見えなくなるまでじっと見つめてしまった。



「すまん、レネ。待たせたな」

 そのすぐ後にマルセルが駆け寄ってきた。


「いいえ、ちょっといい話を聞きましたので」


 ソニーがマルセルの腕を伝って肩に乗り、鼻面を擦りつける。

 くすぐったそうにするマルセルに、レネは先程聞いたことを話して聞かせた。


「へえ、親和行動か。なんだ、可愛い奴だなあ、お前」

 マルセルも満更でもない様子だった。


 それから、ホテルに帰る前に買い物に行った。


 業務を代わってくれているクラネに蒸留酒を、フーケにはチョコレートを買った。

 フェルトゲンへのお土産には頭を悩ませたが、結局、フベレウスカという外国の薬用酒を買った。

 経営者というのは神経を使うだろうから、胃腸に優しいという薬用酒で少しでも効くといいが。


 ホテルに着いた時にはすっかり暗くなっており、シモーヌが夕食をどうするか尋ねてきた。


 また部屋で取る旨を伝えて、リビングのソファに座り込んだ途端にノックがあった。


 もう夕食が来たのかと思ったが、入ってきたのはメッセージカードを持ったページボーイだった。


 やけに豪華な封筒だったので、さすが高級ホテルだと感心していたら、

「え⁈」

「うわっ」

 中身を見て二人とも目を見開いた。


 ただのメッセージカードではなく、ソワニエ公爵からのお茶の招待状だった。

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