高貴
入ってきた男性を見て、お腹を抱えて笑っていた団長達とマルセル、リュシアンまでも姿勢を正して騎士の敬礼をする。
その雰囲気に圧されてレネも魔術師の敬礼をした。
男性が敬礼を解くと、団長達も直ったのでレネもそれに倣う。
「何やら本部全体が騒がしいようだが、団長の君達がここにいていいのか?」
「お騒がせして申し訳ありません。騒動の当該者はすでに捕獲しており、事態は収拾しております」
ヴァン・セーヌが硬い声で告げ、デルヴォーが然るべき後に報告書を提出すると言った。
「きゅう」
張り詰めた空気の中に、そんな人間の事情にまったく斟酌しない魔獣の鳴き声がした。
ソニーはレネの肩に飛び移り、尻尾をゆらゆら揺らす。
「おや、ソニーかな?」
男性が眉を上げた。
「え? ご存じなんですか?」
レネは咄嗟に尋ねてしまったが、お偉いさんに失礼ではなかったかと直後に後悔した。
「ギレンフェルド国の知己を訪ねた時にいたのだ。かの国では、ソニーがいる家は幸運がもたらされると言われているらしいな」
落ち着いた低い声で答えてくれた男性は、楽しい思い出だったのか、目元を少しだけ緩めた。
「君は、魔術師か」
紺色のローブを羽織っているので一目瞭然ではあるが、レネは名前と所属を名乗った。
「第三部第四課といえば地方配属の部署だな」
「はい。国王家のマルトランジュ領ルヴロワの泉質管理事務所に勤務しています」
「ルヴロワか。確かそこはマースがいたところでは?」
「はい。私は後任の者です」
男性は頬を緩めると目尻に皺が寄った。
「だからお嬢さんの肌は綺麗なのか」
急速に顔に血が上り、赤くなるのがわかる。
お世辞だとはわかっている。『第二の水』のお陰でもあるということも。
だが、そんなことは頭の片隅に、いや、遠く外国にまで飛んで行くくらい、言われた言葉だけが脳内に再生されて幸せな成分が充満する。
嬉しさで膝から頽れそうになるのを何とか堪えて、レネはありがとうございますとだけ言うことができた。
「閣下、そろそろお時間が」
ドアに控えていた若い男性が声を掛けた。
「そうか。では、報告を待っている」
団長達に言い置き、男性は部屋を辞した。
その間、敬礼で送っているのでレネも魔術師の敬礼で倣った。
姿が見えなくなった時、敬礼を解いたデルヴォーが静かに溜息をついた。
「はあ。早急に報告書をまとめなければな。下はメルテンスに任せっきりだから、俺は戻る」
マルセルに後で執務室に来るようにと言って部屋を出た。
「と、いうことで、我々ものんびり昔話をしている訳にはいかない」
ヴァン・セーヌはそうは言ったが気を利かせて部屋の外へでた。しばしの間、レネ達三人にしてくれたのだ。ドアは開けたままであるが。
「リュシアン、まさかこんな形で再会するとは思わなかったが、元気そうで安心したよ」
「ありがとう、マルセル。多少の不自由は仕方ないが、ここは貴族などを留置する部屋だからそれ程苦にはならないよ」
見回してみると、殺風景だが据付のベッドと別室にバス・トイレがある。留置所の貴賓室のようなものだろう。
「少しの辛抱だ」
マルセルはリュシアンの肩を叩き、リュシアンは軽く頷いた。
「レネ、お前も今のうちに……レネ?」
マルセルに問いかけられ、リュシアンに顔を覗き込まれてはっと我に戻った。
「あ、ごめんなさい」
「どうした、何か気掛かりなことでも?」
レネは頭を振った。
今はリュシアンに会える希少な時間だ。無駄にする訳にはいかない。
「何か欲しいものがありますか? 差し入れができるようなら持ってきますので」
「レネがいいな。たまに会いにきてよ」
「わかりました。私でよければ、話し相手になります」
面会が許可されるのかどうかもわからないが、後で交渉してみようと思う。
「わかってねえよ、こいつは」
「そうみたいだな」
マルセルとリュシアンの溜息が同時にもれた。
「まさか……さっきの方が気になってんのか?」
そんなことはないと否定しようとしたが、それよりも先に顔に血が上り、言わずもがなになってしまった。
「え? あっ、そうか……」
リュシアンは何かを思い出したような、何か閃いたような表情をした。
「あの、先程のお方はどなたなんですか?」
思い切って尋ねたら、マルセルとリュシアンは顔を見合わせた。
「あの方は、ソワニエ公爵のヴィクトル・レニエ様だ」
「全ての国防組織の将軍の地位にあるお方だよ」
頂点には元帥(国王)がいて、それに次ぐ地位にあるという。
ソワニエ公爵といえば、前国王の弟で現国王の叔父にあたる人物だ。
レネが生まれる前に起きたフロレンス国との国境戦争でバルギアム国を勝利に導いた知将であり、武勇でも周辺諸国に名を馳せている。
国の祝祭事の時には国王家とほぼ同列の席次で、レネも魔術庁に勤務していた間に新年祝賀行事のお顔見せで遠くから拝見したことがある。
遠すぎて顔など見えなかったが。
お偉いさんだと思っていたが、とんでもなく高貴な方だった。
レネが溜息をつくと、マルセルとリュシアンはその背後でまた顔を見合わせた。