鉄格子
毎朝八時に朝食が運ばれてくる。
トレイに載った皿には、不揃いに切られた野菜のサラダ、豚肉の入ったラタトゥユ、温かいが硬くてぱさぱさのパン。
正直なところ、調理担当者はちゃんと味見をしたのだろうかと思うくらい、日によって味が濃かったり薄かったりする。
騎士団飯などそんなものだろうと、以前は栄養補給のためにありがたくいただいていたが、泉質管理事務所での療養生活を経てしまってから些細なことにも引っかかるようになってしまった。
サラダはもう少し細く刻んだ方がドレッシングが絡みやすいのではないか、スープの味が薄い時に塩だけ入れてもだめだとか、バターは室温に戻すだけでも塗りやすくなるとか。
舌が肥えるとよく言うが、こういうことなのかと日々実感する。
時間になると係員がトレイを下げに来る。何を食べて何を残したか、きっちりチェックされるが、大抵完食するので係員も記録が楽で助かると数日前に言われた。
片付けも終えたら鍵が掛けられる。
空気を入れ替えるために窓を開けた。鉄格子があるので窓は内開きだ。
一応、嫌疑者なので仕方ない待遇である。
食後は筋トレをする。
体が鈍らないように、他事を考えないようにするために。
汗が滲み出て大きく膨れ上がって滴り落ちる。息も上がり体中熱を帯びたようになり、心地良い疲労が広がる。
いつもの食後の日課を終えて、タオルで顔の汗を拭い、顔を洗ってから化粧水をつける。
何となく今日は外が騒がしい気がするが、ここは騎士団本部なので武術の外稽古でもしているのだろう。
その時、がりがりと壁から聞こえてきたので何かと思い窓辺に寄った。
「きゅう」
鉄格子をするっと通り抜けて部屋に入ってきたのは旧知の魔獣だった。
「お前、どうしたんだ⁈」
ソニーはリュシアン目掛けて飛びかかり、肩に登って鼻面や頭をぐりぐり擦り付けた。
♧
それより少し前。
レネはソニーをマルセルに預けて、メルテンスに従って応接室に入った。
中にはすでに二人の男性がいた。
背が高く額がM字に後退している方が第一騎士団団長のヴァン・セーヌ。
「この度は、第一騎士団の隊員が迷惑をかけて申し訳ない」
そう言って頭を下げた。
もう一人はごま塩頭でよく日に焼けている第二騎士団団長のデルヴォー。
「いつもうちのガランがお世話になってます」
こちらこそ、とマルセルの上官に失礼があってはならないので、今度はレネが頭を下げた。
着席を促され、対面には騎士団団長二人とメルテンスが座る。
魔術庁の入庁面接を思い出して少し肩に力が入ってしまった。
主にメルテンスが質問をして、レネが答えるのを二人の団長が聞いている形で進んでいく。
レネの所属や仕事内容、リュシアンが事務所に来ることになった経緯や療養期間の経過態度など、メルテンスがさり気なく答え易く引き出してくれた。
メルテンスの質問が一通り終わると、団長二人に何かあるかと質問が振られた。
「うちの隊員のガランが赴任してまだ一年にもならないが、迷惑掛けてないかな? セローさんのお仕事の邪魔になっていないだろうか」
デルヴォーは強面であるが、口調は柔らかい。
「いいえ、私の方がガランさんにお世話になっています。料理上手で、美味しいお昼ご飯をいつも作ってもらっていますので本当に助かります」
「毎食食べたくならない?」
「それではガランさんに迷惑がかかります。お昼だけでも充分です」
そっかあ、とデルヴォーはがくりと首を落とした。
「鞄に付いている、その熊」
横の椅子に置いた鞄のベルトをつなぐ金具の部分につけている赤花熊のストラップをヴァン・セーヌは指差した。
「スミュールのトランクにも同じ物があったような……」
お別れの日、道中で何があるかわからないから熊のストラップを持って行くように進めたが、断られた。
それでも心配なので、マルセルと共謀してトランクの中やお菓子のバスケットに忍ばせたのだ。
荷物検査の時に見つかって慌てふためくリュシアンの姿を思い描いて、意地悪くも楽しんでいたこともあるが。
「防犯グッズです」
「もしかして、これがダニエル・モランを捕まえた時の?」
勘のいいメルテンスの問いにレネは頷いた。
鞄から外してメルテンスに渡した。三人は熊をためすすがめつ検分する。
「お腹の魔術円を押すと音が出ます」
デルヴォーがお腹を押したので、熊に似た咆哮が応接室に響き渡る。
咄嗟に熊を離したのですぐに音は止んだが、しばらく耳には残響があり、待機している隊員が何事かと部屋に入ってきた。
それだけでなく、近隣で会議をしていた役職者や同階床で仕事をしている隊員まで。
さすがに騎士団本部だけあって、非常時に対する即応力がある。
第一と第二の団長が出て事情を説明したので騒動はすぐに収束したが、そうでなければどうなっていたか。
「やれやれ、すまんなあ」
デルヴォーはごま塩頭を掻きながら毛虫のような眉を下げた。
だが、防犯対策としては効果が期待できるな、と褒め言葉をいただいたのでレネは照れ笑いで誤魔化した。
再び聴取を始めようとしたが、何だかやけに室外が騒がしい。
苛々したメルテンスが注意しに席を立った時だった。
廊下を走る足音がして、話し声の後ドアが開いた。
「聴取の中断をして申し訳ありません」
現れたのはマルセルだった。
「レネ、すまん。ソニーが脱走した」