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ハンバーグ

 ハンバーグは弾力があり、やけどしそうになりながらも咀嚼をすると肉汁が口に広がる。


「美味い」

「だろう。ここはフロレンス国の名店でで修行を積んだシェフが独立して開いた店なんだ」


 フロレンス国はバルギアム国の西隣の大国で、食糧自給率が高い。

 国王が数年前に代替わりして交通網の整備などの国内政策に重点を置いてことにより、国内の農産物の物流が活発になって様々な食材が揃いやすくなった。

 それ故に食文化が急発展して、最近ではフロレンス国料理とも称されるようになっている。


 食の敷居の高い国の名店で修行してきただけあって味に深みがあり、料理好きのマルセルもどうやってこの味を出すのか味わいながらも興味をかきたてられてしまう。


 美味しいものを食べると無口になってしまうのはデルヴォーも同じようで、食べ終わるまで無言だった。


「はあ、食ったな」

「はい。美味しかったです」

 カトラリーを置いて同時に一息ついた。


「ダニエル・モランが再収監されたレグリーズ監獄で死んでいるのが見つかった」

 人心地ついた時にデルヴォーが切り出してきた。


「死因は?」

「縊死だと聞いている」


 死人に口なし。

 二人の顔には同じものが浮かんでいた。


「脱獄前や再収監後に面会に来た者はいるのでしょうか」

「再収監後に弁護士が来ただけだ」

 脱獄について再び裁判が始まるので聞き取りにきたのだという。


「そもそもモランはどうやって脱獄したんですか」

「採石場で労役中に複数名が監視の目を盗んで脱走した。モランの他は途中で捕まったが、奴だけは逃げのびた」

「一人だけというのも妙な感じですね。協力者がいたのでしょうか」

 恐らく、とデルヴォーは頷いた。


「その逃げた囚人の中に、スミュール家と関係のある者はいるのでしょうか」

「まだ調査中だ」


 ノックがあり、ウェイターが皿を下げにきた。食後の飲み物を聞かれたので、二人ともコーヒーをお願いした。


「今回、脱走に成功したのが政治犯のモランだったというだけのような気がするなあ。第一騎士団の連中は政治的な裏があるのではと慎重になっているが」

「仰る通りだと思います。不穏分子に動きがあるなら他の係員にも情報が入るはずです。一連の事件前後にあの事務所を訪れた者はおりませんので」


 ルヴロワはバルギアム国の南東に位置しており、南部の中心都市であるベルダンに行く街道沿いにある。


 ベルダンには国内に三つある騎士団諜報部門の南部分室がある。


 泉質管理事務所は魔術庁の管轄ではあるが、マルセルが配属されたことにより、分室に行く途中の中継所として機能するようになった。


 諜報部員の資金や物資の調達などを担い、情報の預かりや伝達なども時にはする。


 南部で反政府的な活動があれば、散らばっている諜報部員に動きがあり、マルセルの知るところとなる。


 だが、今回は脱獄囚の捜索で第三騎士団が来ただけだ。

 政治的な背景はないと判断できる。


「となると、やっぱり貴族のお家事情か」

 それでも面倒くせえな、とデルヴォーは舌打ちした。


「スミュール家は放っておけばいずれ馬脚を現すような気がします」


 次男のアンドレ・スミュールがアンリ王子の護衛兵に選出されたこともある。表立っては打って出ようとはしないだろう。

 だが、水面下では何があるかわからない。


「家族は面会に来ていますか?」

「サンタンドル伯爵と長男のオリヴィエ・スミュールが一度来たが謝絶した。それきりだ」

「リュシアンはこのまま、騎士団本部に勾留していた方がいいと思います。取り調べ中ということで、面会も制限してください」


 アンリ王子の地方視察に随行している次男のアンドレは帰還するまで接触はない。

 そして継母と祖母は、リュシアンから関係性を聞いてたので、この二人が足を向けることはないだろう。


 皮肉なことだが、リュシアンにとって家よりも留置所の方が安全だ。


「第二の俺達には何の権限もない。だが、ルメールに忠告しておこう」

「最初の怪我の誤診のこともあります。できるだけ彼と接触した人物の記録を残すようにしてください」


 デルヴォーはそうだな、と溜息混じりに了承した。

「まったく、面倒なことに巻き込まれたな、お前さんも」

「こんな仕事をしている職業柄、ある程度腹は据わってますから。ご心配なく」


「変わったなあ、お前さん」

 伸び放題の毛虫のような眉毛が少しだけ中央から離れて、デルヴォーは口元に皺が寄るくらい口角を上げた。


「いずれにしろ、サンタンドル伯爵は何かしらの制裁があるな」

 今度はマルセルが頷いた。


 コーヒーが来たので、二人ともミルクも砂糖も入れずに飲んだ。


「ところで、事務所の魔術師とはうまくやってんのか?」

 唐突な趣旨の違う質問だったので、マルセルはコーヒーを吹き出しそうになった。


「なんとかやってますよ」

「お前さんが騎士団の諜報部門にいることはバレてねえだろうな」

「それは大丈夫です。諜報部員と一緒にいたって、道を尋ねてきた旅人くらいにしか思いませんよ」

「魔術庁の連中は能天気だからな。特に魔術師は専門ばかだし」

 それについては激しく同意するので、マルセルも苦笑いした。


「離したくなきゃ、ちゃんと餌付けしておけよ」

「もう胃袋は掴んでますよ」


「リュシアン・スミュールなんて強力な伏兵も出てきたが大丈夫なのか? 第一の奴なんかに負けんじゃねえぞ」

 

 騎士団の中でもエリート揃いの第一には、何かあると対抗意識が先行する。

 第二、第三の僻みが形を変えて噴出しているのだろうが、そんなことがなくても負けるつもりはない。


「ご心配なく」

 後から来た奴に追いつかれても追い越されても、譲る気はない。


 マルセルはコーヒーを飲み干した。

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