聴取
「サンタンドル伯爵家三男のリュシアン・スミュールと、政治犯のダニエル・モランとの繋がりを調べています」
事務方の男、メルテンスはそう言って切り出した。
「君が数週間、スミュールと寝食を共にしていた経緯は第一騎士団第二隊長のルメールから聞いている」
ルメール隊長からの調書を読み上げたが、概ね間違いはなかった。
「一般客の耳目を避けるためにというのは、間違いないでしょうか」
「はい」
「今回の事件はスミュールが関係していたと思いますか?」
「いいえ。脱獄囚が立て籠りをする前に、第三騎士団が手配書を配りに泉質管理事務所にも来ました。その手配書を見ても、特に動静に変化はありませんでした。事件後にした確認でも、スミュールは既知の人物ではないと言っていました」
「証拠はあるか、尋ねましたか?」
「いいえ。ただ、ダニエル・モランが一方的にスミュールを知っていたのだと思われます」
「ほう。それはなぜ」
「もし二人とも知り合いだったら、知らされた場所にいなかっただけで、立て籠って呼び立てたりはしないと思います」
知り合いならそんな目立つようなことはせずに、ひっそりと機会を窺うのではないだろうか。
「では、率直に聞こう。君は今回の事件をどう思っている」
メルテンスに問われて、マルセルは情報が偏っているので憶測でしかありませんが、と前置きした。
「スミュール家の事情はリュシアンから聞きました。これは彼の推察ですが、恐らく家族の誰かが関わっていると思われます。そして、その人物はリュシアンの命を狙っています」
重いしじまがどれくらい流れただろうか。
メルテンスが書きとめるペンの音だけがやけに耳に入り、デルヴォーが腕を組んで背もたれに更に寄りかかった。
他に質問がないか、メルテンスは他の二人に問いかけた。団長二人は首を振った。
「私から質問してもよろしいでしょうか」
マルセルは上官に問い掛け、デルヴォーが頷いた。
「リュシアン・スミュールは今どこにいるのでしょうか」
三人は顔を見合わせた。だが、すぐにデルヴォーが答えた。
「本部の留置所にいる。面会は家族も断っている」
今ここで自分が面会を求めても無駄ということだと、マルセルは察した。
「魔術庁の泉質管理事務所勤務のレネ・セローもブリュールに来ているようですね。彼女からも事情を聞くことはできるでしょうか」
「朝、一緒に王宮殿に来ていますが」
呼びに行くことを申し出たが、後日招集をかけるので、彼女に要請を伝えてほしいと言う。
以上だというのでマルセルは席を立ち、敬礼をして応接室を辞した。
廊下に出て、中庭にある時計台を見ると昼少し前だ。
レネと待ち合わせしておけば昼飯を一緒に食べに行けたのに、とあの時の押しの弱さを後悔した。
「ガラン」
呼び止められて振り向くとデルヴォーがいた。
「飯、食いに行かないか? 奢るぞ」
久し振りだしな、と言って肩を叩かれた。
上官の命令だ。
断る訳にはいかない。
デルヴォーに連れられて、王宮殿を出て一区にある小さなレストランに入った。
ウェイターがすぐに気づき、デルヴォーがいつもの部屋が空いているか聞くと店の奥へ案内された。
さすがに一区にあるレストランだけあって、個室も備えられている。
本来は仕事の話は本部建物を出てからするのは厳禁なのだが、そうは言っても建物内でできないこともある。
そんな時に、こうした個室のある飲食店が使われる。
ウェイターの態度からしてもデルヴォーは常連のようなので、相当信頼のおける店なのだろう。
手渡されたメニューを見て、ハンバーグのランチセットを注文した。
「どうだ、内陸の生活には慣れたか?」
デルヴォーは先に来たサラダを突きながら聞いてきた。
「大分慣れました。今のところ大した魔獣被害がないので、好き勝手にやっています」
「でもまあその顔を見ると、充実しているようだな」
「化粧水とボディクリームのモニターをやらされているんです。肌理には自信がありますよ」
「おいおい、ゼーファールトにいた男とは思えない台詞だな」
そう言って大口を開けて笑った。
ゼーファールト(第二騎士団の本拠地)は国内外の船も入出港する港街だ。
様々な人間が行き交う街の治安を守るために、騎士隊もそれなりの対応をするので上品な人材はあまり配属されない。
「でも、化粧水は『第二の水』ですよ。ボディクリームは美肌の湯として知られる第二源泉から作られています」
「何⁈ 『第二の水』だと」
ブリュールでも少し前に話題になり、今もなお語り継がれて女性の関心を惹きつけてやまない化粧水だ。
「うちのかみさんも娘達も、街の販売店に並んで買ったって言ってたぞ。なるほどなあ、潮風と日焼けでダメージ肌だったのに、ここまで潤うのか」
デルヴォーは感心したように、そして少し羨ましそうに唸った。
「俺も娘達が嫁いだら転勤願い出してみるかなあ」
人事権は事務方にあるので、団長とはいえ異動願いはしなくてはならないのだ。
席に着いてから騎士同士の話とは思えない話をしていると、メインのハンバーグが運ばれてきた。
熱い鉄板の上でデミグラスソースがじゅわじゅわと爆ぜ、まろやかな香りに香ばしさが混じる。
「とにかく、きたから食うか」
「はい。いただきます」
何のために個室をお願いしたのかとも思わないでもないが、目の前の誘惑には敵わなかった。