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先輩

 出したファイルは、第二源泉の湯を使ったボディクリームの研究結果と企画書だ。


 茶色い遮光瓶に入れたサンプルの蓋を開けて、ヴィリエは見た目と匂いを確認した。

「いい匂いですね。これはアロマオイルですか?」

「はい。ゼラニウムとローズウッド、ティーツリーなどです」


「随分柔らかいですね」

 手に取って塗り広げたヴィリエは、その分伸びがいいんですねと、レネの意図を察してくれた。


「第二源泉を使用してのものですので、製品化する前に承認申請と許諾をいただきたく、今回こちらまで出向きました」


 レネはそう言ってから『第二の水』も鞄から出して、生産余剰分だとヴィリエに渡す。


 あくまで余剰分だ。

 便宜を図るための袖の下ではないと言外に含めて。


 ヴィリエも澄ました顔で、一緒に預かりますと言って手元に寄せた。


 魚心あれば水心。


 これは前任者から教わった便利な言葉だ。


「わかりました。こちらは次の企画会議に提案してみます」


 これから更に長い期間審査などがあり、そこで篩に落とされるかもしれない。

 だが、自分の実力を確かめるいい機会だ。


 レネはよろしくお願いしますと頭を下げた。


「さあ、セロー、せっかくブリュールに来たんだから、こんな所にいないでさっさと遊んできなさい」


 休暇を取って来ていることを気にしてか、ヴィリエは仕事は忘れて休みを楽しめと部屋を追い出そうとする。


 ちょっとぶっきらぼうだが、それが彼女の気遣いなのだ。


 仕事と休みの区別をきちんとすること。

 ちゃんと休んで体と心を整えることが、仕事の効率を上げることになるという持論があるのだ。


「はい。では、失礼しま……」

「あ、ちょっと、待って」


 ソニーをケージに戻す前にもう一度もふらせてと言うので、ヴィリエと課の職員全員にソニーは撫で回された。



 ソニーにはさぞかしストレスだったのではないかと心配したが、帰りにお菓子をいっぱいもらったので、ケージの中でご機嫌な様子だ。


 ソニー営業、意外と相乗効果があるかもしれない。


 手応えを感じたレネは、次回から交渉事の時はソニー連れでいこうと決めた。


「あらあ、もしかしてセローさん?」

 庁舎のエントランスに差し掛かった時に声をかけられて振り向いた。


 げっ、と思わず声に出しそうになって、なんとか堪えた。


 ミルクティーブロンド色の髪の毛先をくるんと縦巻きにして、ハーフアップの留め具には大きな蝶のようなリボンをつけた女性がいた。

 ローブのボタンは留めずにいるのは、着ている流行の服を見せるためだと知っている。


「お、お久しぶりです、プロト先輩」

 できれば会いたくなかった人に会ってしまった。


 彼女はレネが新人で入庁した時の指導員だった先輩魔術師だ。


「ほんと、久しぶりね。確かあなた、地方勤務じゃなかった? ブリュール戻ることになったの?」

 休暇で顔を見せに来ただけだと言うと、自分の近況を尋ねてもいないのに喋り出した。


「私は今、第一部にいるのよ。運営企画を担当しているの。去年出した提案書が採用されて、抜擢されたの」

「へぇ、すごいですね」

 第一部といえば、魔術庁のヒエラルキーの上部だ。エリート部署にいることを自慢したいらしい。


「あ、そうそう、私結婚したのよ。何年か前の御用納めのパーティーで出会ってね……」

 御用納めのパーティーとは、王宮殿に集中している省庁合同の年末休み前の恒例行事だ。

 省庁の垣根を超えた交流の場でもあり、未婚の男女の出会いの場でもある。


 プロトはそこで念願の伴侶を見つけたようだ。


「そうでしたか。おめでとうございます」

「あなたが地方勤務になってからのことだから知らなかったものね。夫は男爵でね……」

 自分が男爵夫人になったこと、これからお茶会があるから今日は早退するのだと、一方的に喋りかける。


 話の腰を折ると面倒くさくなる人なので、思う存分自慢話を聞いて適当に相槌を打つしかない。


 ちょうどそこへ、馬車が到着してエントランスの前に横付けされた。

 御者台から降りてきた男性が恭しく頭を下げる。プロトを迎えにきた屋敷の者らしい。


「ごめんなさいね、セローさん。これで失礼するわね」


 助かった。

 レネはさり気なく口角を上げてお会いできて嬉しかったですと、心にもないことを言う。これも社交辞令だ。


 プロトはレネに背を向けたが、不意に振り向いて、耳元で囁いた。

「あなたも早くいい人見つけなさい。魔術だけで人生終わらないようにね」


 ありがた迷惑な助言と甘ったるい香水の軌跡を残して、プロトは馬車へと乗り込んで行った。


 馬蹄が聞こえなくなった時、レネは思いっきり溜息をついた。



   ♧

 王宮殿の端に近い建物が騎士団本部となっていて、受付を済ませたマルセルはエスコートの騎士隊員に従って二階の応接室へ通された。


 出されたお茶には手をつけず、五分程待っていたところでノックがあった。


 入ってきたのは、第二騎士団の団長と第一騎士団の団長、そして隊員からは事務方と呼ばれる部署の男性の三人だった。


 マルセルは踵を揃え、拳にした右手を左胸につけて背筋を伸ばす騎士団の敬礼をした。

 相手も同じく礼を返してから席に着いた。


「遠い所からよく来た。久し振りだね、ガラン」

 第二騎士団団長のデルヴォーが低い声で長旅を労った。

「お久し振りです。ご無沙汰しております」


「ご無沙汰でいいんだよ。この国が平和だっていう証拠だ」

 第一騎士団団長のヴァン・セーヌがさらりと言ったので、マルセルも苦笑いを浮かべた。


「諜報部員が動き出す時は、碌なことじゃないからな」

 眼鏡を掛けて茶色の髪を七三に分けた、いかにも役人の風体の事務方のメルテンスが言う。


「ごもっともです」

 マルセルも同じ意見だったので、素直に賛同した。

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