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製作

 その後、お昼は少し過ぎていたが昼食を取ることにした。

 フーケに教わった地元の人がお勧めする定食屋に行くと、ピークを過ぎた店内は数えるくらいしか客がいなかった。


 レネは評判の高いシュー・ファルシのセットメニューを注文する。


 程なくして来た料理は六分の一くらいの大きさに切り分けられており、断面の層が見た目にも美味しそうで口の中に唾が湧く。

 スプーンを入れるとすっと皿まで達し、煮汁と一緒に口にすると挽肉もキャベツもほろほろと崩れた。


「美味しい」

 一人だということを忘れて、ついいつもの癖で呟いてしまった。


「ありがとうございます。ゆっくりお召し上がりくださいね」

 給仕をしてくれた若い女性はにっこり笑って水を取り替えてくれた。


 ふと壁を見ると、先程フーケの店でもあった手配書がここでも貼ってある。


 せっかく生地を買ったので、守護の範囲を広めて防犯用に魔術を組み合わせてみようか。


 頭の中で術式の構成を思い描いて、帰ったら図案を起こしてみよう。

 レネはその間手が止まっていたので、料理は少し冷めてしまった。


 事務所でも時々やってしまい、いつもマルセルに指摘される。だがそのお陰で温かい食事を再開することができるので、文句を言うことはできない。


 レネは冷めてしまったシュー・ファルシを急いで食べ進めた。


 デザートのクレームブリュレを食べコーヒーを飲んだら、もう乗合馬車の来る時間になっていた。


 会計の時に、店員から脱獄囚の話を聞き、気をつけて帰るようにと言われて店を出た。


 乗合馬車でルヴロワまで帰ると、騎士隊が停留していた。


 アパートに帰ると大家の奥さんにも早速声を掛けられて同じ話を聞いた。

「もお、町中手配書だらけだって。怖いわねえ。騎士隊の方達も、大衆浴場で休憩してからまた先を行くらしいわよ。本当大変よねえ」

 停留していた理由が判明した。さすが大家の奥さんだ。


 ここから先に行くとしても、大人数で利用できる大衆浴場は王都までないだろう。

 休憩も兼ねて温泉で身支度を整えるにはルヴロワはうってつけだ。


 大家の奥さんにも出退勤の時には気をつけるようにと注意され、レネは自室に戻った。


 定食屋で思い描いた魔術の図案を具象化すべく、レネは早速机に向かい魔術教書を引っ張り出してくる。


 あらゆる可能性や適合性をごった煮のように詰め込んで煮込んでいる。レネはこの自分だけの時間が一番好きだ。

 没頭しすぎると周りが見えなくなってしまう時もあるが、好きなことに集中する時は誰でもこうなるだろうと思う。


 図案が完成したら、それを刺繍にしていく。

 気がついたら春の日が落ちかけていたので、慌ててランプを灯した。



 休日というのはあっという間に過ぎるもので、木曜日になり、七時二十分にアパートを出る。

 大家さんはこの時間はいつも朝食時間なので、声を掛けずに出て行くのだが、今日は旦那さんが顔を出した。

「おはよう、セローさん。気をつけていってらっしゃい」

「おはようございます、大家さん。行ってきます」

 先日来からの脱獄囚の影響だろうか、店子にはできるだけ声掛けをするようにしてくれているようだ。


 結界壁を抜けると、道の傍らに置いてある大きな岩の上にソニーが座って待っている。

「おはよう」

 レネを見つけると立ち上がり、首元を撫でると気持ちいいのか、目を閉じて身を寄せてくる。


「そうだ。ちょっとそのままでいてね」

 肩掛け鞄からリボンを取り出し、ソニーの首に緩く結んだ。


 ソニーの瞳の色と同じ紺碧のビロードの生地を見かけたので、つい買ってしまったのだ。

「本当は野生の魔獣には余計な物なのかもしれないけど、君が一度でも人間に可愛がられていたっていう証拠になるから。もし他所で人間に会っても怖がられないようにね」

 単なるリボンなので魔術は施していない。

 ソニーは人畜無害だと知らない人でも、人の手作業の入った物を見れば、人間と接したことのある魔獣だとわかって少しは安心するかもしれない。


 何をされているのかわからないのだろう。ソニーは首を何度か振ったが、落ち着いたのか一声鳴いて岩から降りた。


 さっきはああ言ったが、ただ単にリボンをしたらただでさえ可愛いのに余計に可愛くなったので、それだけでもいいやと思ってしまう。


 レネもしゃがんでいた姿勢から立ち上がった時、くらりと目の前が揺れた。

 だが、少しすると元に戻った。


 ソニーが窺うように振り仰ぐ。

「大丈夫。立ちくらみみたい」

 昨日は一日中、防犯グッズ製作に熱中してしまったので体から鈍ってしまったようだ。



 事務所に着いたらいつものように事務室へ行ってファイル等を持ってから、台所の朝食を作っているマルセルに挨拶をする。

「大丈夫だったか?」

 ここにも手配書が回ってきたという。


「人には会いませんでした。何だか物騒で嫌な感じですね」

 その時、レネの腹の虫が鳴り響いた。

 お腹に手を当てて抑えようとするが無駄な努力なようで、再度鳴りマルセルにしっかり聞かれてしまった。


「なんだ、飯まだなのか?」

 そういえば、出勤ぎりぎりまでグッズを作っていて朝食を食べた記憶がない。


 マルセルは眉が中央に寄る。

「お前の分も作っとくから、仕事済ませてこい」

「すみません、よろしくお願いします」

 レネは頭を掻きながらお礼を言った。


 だからさっき立ちくらみを起こしたのだな、と納得してから泉質管理棟に続く渡り廊下を渡った。

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