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 翌日、いつも通りに出勤すると、台所からは朝食の準備をする匂いがしてきた。


 ブーツを脱いで玄関に上がり、事務室で準備をしてから台所に顔を出した。


「おはようございます、マルセルさん」

「おはよう、レネ。昨日はゆっくりできたか?」

「はい、お陰様で。リュシアン様は?」

 まだ寝ているとのことだった。


 今のうちに昨日の大家さんの話をしようかと思ったが、朝ご飯の準備中でもあるので中断させてしまうのも迷惑がかかるし、話が長引いたりして朝の泉質管理の時間に遅れたら大変だ。


「後で相談がありますので、お時間いただいてもいいですか、マルセルさん」

 手隙の時に事務室に来てもらうようにして、レネは泉質管理棟へと向かった。



 朝の仕事が終わり事務室に戻ったら、今日は日曜日なので、明日提出する泉質管理表の数値のチェックをする。


 日々多少の増減はあるが、数値は標準値の範囲内になっている。

 安定供給ができているという証拠だ。


 ノックがあった。

 レネはファイルを閉じ、棚に閉まってドアを開けた。


「何だ、相談って」

 事務室の長椅子に腰を下ろしたマルセルは端的に尋ねてきた。


 レネも回りくどく言うのはやめて、昨日あった話をかいつまんで話して聞かせた。


「……すまんな、俺のせいだ」

 メモを間違えなければこんなことにはならなかった。

 マルセルは首を摩って眉を下げる。


「間違えることは誰にでもありますから。噂なんてすぐに忘れられるものですし。でもそれで、マルセルさんや周りの人に迷惑をかけるようになっては申し訳ないと思いまして」


 何とかうまく言い訳ができれば良かったのだが、初期対応に失敗した。

 なので善後策を練らなくてはならない。


「俺は別に……そのままでも……」

「え? 何ですか」

 ぼそっと呟いたので、全然聞こえなかった。


「いや、どっかの国の言葉で人の噂も七十五日ってあるからな。ほっといていいんじゃないか。真実を言う訳にもいかないし」

 同じ諺を思い浮かべたようだ。どこの国のものかよくわからずに使っているが、それは自分だけではなさそうだとレネは違うところで安心した。


「俺は町には買い出しの時くらいしか行かないし、でも毎日戻らなきゃならないお前がそれで窮屈な思いをするなら、俺が否定してくるけど」

「私は大丈夫ですよ。誰か有名人がスパに来れば、すぐに忘れられるでしょうからね」


 放っておこうということで、話はまとまった。


 これも、リュシアンの美貌が招いた奇禍の一種なのだろうと、レネは思ったがさすがに口にはしなかった。


「そういえば、リュシアン様は?」

「朝飯の後、散歩に行った」

 

 昨日案内したのは、中級者のハイキングコースだといっていた。それなら結界もあるし安全なので、一人でも大丈夫だろう。



 その時、遠くの方で何かが破裂する大きな音がした後にキーンと耳をつく高い音がした。


 レネもマルセルも立ち上がった。


「何だ、今の。それ程遠くないな」

「リュシアン様です。魔獣除けが作動した音です」


 昨日渡したハンカチだ。

 それを持って散歩に出たリュシアンは魔獣と遭遇したのだろう。


 マルセルは事務室を飛び出し、レネはローブを纏った。


 帯剣したマルセルと玄関で行き合い、レネは探索の文言を唱えると、二等辺三角形の白い矢印が現れて守護のある方角を指し示す。


 取り敢えずマルセルにその方角へ向かってもらう。足の速さでは敵わないので。


 軍用犬のような速さで遠ざかる背中をレネも必死になって追いかけるが、仕事と研究ばかりしていたために数メートルで息が上がる。


 今日の帰りから少し走り込みをして体力つけようかなと考えながら足を進めると、ハイキングコースの入口、ちょうど結界の手前の場所で背の高い男性二人が立ち尽くしているのが見えた。


 見た限りではあるが、リュシアンに更なる怪我はなさそうだったのでレネは歩きに切り替えて二人の元へ行った。


「だ、大丈夫……ですか? リュシアン様」


「それはこっちの台詞だよ。大丈夫? レネ」


 折り曲げた両膝に両手をついて肩で息をつきながら、頷いて答えた。


「こっちは何とかなりそうだから、息を整えろ」

 マルセルは剣を抜いて地面に向けている。


 不規則な息の合間に目を凝らして切っ先を見ると、小さな金色の塊がある。


 もっと近づいて確かめようとしたが、リュシアンがすっと前に立ち塞がった。


「これ以上はだめだ」

 右腕を伸ばして制する。


「魔獣、なんですよね?」


 小さな塊はまったく動かない。

 まさか、マルセルがすでに手を下しているのだろうかと思ったが、彼の剣にはそれらしき痕跡はない。


「僕も最初気づかなくて踏みそうになったんだけど、そうしたら君がくれたハンカチが反応したんだ」

「魔獣にある程度接近すると反応するようにしたんです。あの音は魔獣の苦手な音階だといわれているので、怯んでいる隙に逃げられるように……まさか、あの音で倒れたの?」

 警告も含めて大音量に設定してあるが、それで小型の魔獣が気絶するとは思えない。


「いや、すでに倒れてたよ」


 怪我か、病気かで倒れているのだろうか。


「いずれにしろ、保護して冒険者ギルドに報告しなくちゃな」

 マルセルの言う通りで、このまま弱った魔獣を置いておくと他の魔獣を引き寄せることになるかもしれないので、保護をしなくてはならない。


 檻がないので、何か包めるようなものがないか探していたら、リュシアンが三角巾を提供してくれた。


 それに魔術をかけ、魔術師のローブは攻撃防御耐性が施されているので、レネは直接魔獣に触れないように布で包んで捕獲した。

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