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展望台

 少し休んでから再び歩き出すと、道は整備されていて十分もかからずに展望台に着いた。


 先程の休憩地点より視界が開け、王都へと続く街道が伸びているのが見える。


「このコースなら人もあまり来ないし、明日からは一人でも来れるな?」

 リハビリにはちょうどいい道程だ。

 一人になって考えたいことがある時に、ここに来れば一人になれる。


 マルセルは昨日の雰囲気から何か感じ取って、ここを案内してくれたと思われる。


「ああ。あの、ありがとう」

 気の利く男だからきっと心情をくみ取ってくれたのだろう。リュシアンも素直にお礼が口から出た。


 昨日の雨で空気が変わり、湿気が木々に残っているのか土や木々の香りがする。

 ここは王都の喧騒や澱みとはかけ離れた所だ。


「……ここは、田舎だな」

「何を今更言ってんだ」

「空気が美味い」

 改めてそれを思うと、息がし易くなる。


「温泉以外、何もないからな」

 だが必要最低限のものがあり、余計なものがない。

 何かを選ばなくてはならない時に気が散る騒音がないのはいい。


「なあ、海兵の君がなんでこんな内陸の温泉町に配属になったんだ」

 泉質管理事務所の警備など、いわば閑職だ。これからまだ昇格していくであろう前途のある年頃の男がくるところではない。


 立ち入ったことを聞いてしまったかもしれないと思ったが、言葉は口をついて出てしまったので取り返せない。

「あ、言いたくないなら言わなくてもいい。すまない、気を悪くしたなら……」


「本来は第三騎士団の領分なんだろうが、レーゼルラント国との緊張があるから、人員が割けなかったんだろう」

 レーゼルラント国はバルギアム国の北東隣の国だ。内政が安定してきたので、最近対外政策に針を振りつつあるともっぱらの噂だ。


 第三は北東国境に増員をしているので、第二にお鉢が回ってきた。


「退官間近の俺の大先輩がここに来る予定だったんだ」

 息子達も結婚してそれぞれ家庭があるし、後は夫婦で温泉に浸かりながら余生を過ごすのもいいかな、と言っていた。

 だが次男の嫁が病気になり、大きな病院にかかるようになってしまったために、次男家族と同居することになってしまったのだ。


 第二騎士団の本拠地はバルギアム王国第二の都市ゼーファールトにある。

 医療水準も王都に引けを取らない。


「治療の甲斐あって、今ではすっかり良くなったそうなんだが、今度は孫達が離れるのを嫌がっているそうだ」

 祖父母に懐いてしまったのだろう。それはそれで嬉しいものだ。


「俺もその時の上官と相性が合わなくて、先輩の後任が見つからないようだから立候補したんだ」

 騎士団は縦社会。上意下達が基本だ。

 上下の関係が悪いと現状どころか将来も暗雲が差す。


「実家は家具屋で、そっちは弟が継いでいるし、妹も親父の弟子で幼馴染の男と結婚して実家の近くに住んでいる。両親はお前も早く結婚しろとうるさいくらい元気だ。だから俺一人転勤になったところで何の差し障りはない」


「料理の腕前は大したもんだが、どこで?」

「入隊した時に最初に配属されたのが補給係だった」

 その時の指導員が、件の先輩だった。

「先輩は料理屋の息子だったらしくて、具材の切り方からコンソメスープの作り方まで教わったよ」


 マルセルの料理が本格的なのはここにベースがあったようだ。


「お陰で毎食楽しみだよ」

 にっと笑う顔は本当に嬉しそうだ。普段は無愛想に見えるが、意外と感情を隠しきれないタイプのようである。

 上官と反りが合わなかったのもこの辺に起因しているのではないかと勝手に想像を膨らませてしまった。


「貴族のあんたに言われると、本当なんだなって思うよ。レネは何でも美味しいって言うからな」

「全部美味しかったから彼女もそう言ったんじゃないか?」

 そうかあ?と照れて大きな体をもぞもぞさせる。


「君達はそういう関係なのか?」

 揺れていた体が止まり、リュシアンを見る。


「同僚だよ、俺達は。それ以上でもそれ以下でもない。今のところは」


 今のところ、という言葉に引っ掛かりを覚えた。

 これからがあるということなのだろうか。


「あいつが気になるか?」

 片方の眉を上げて問いかけてくる。《《かま》》をかけられていたようだ。


「やめておけ。あんたは弱っているところを助けられたから、あいつに興味を引かれているだけだよ。王都に帰ればもっと条件のいい令嬢がいるだろう」

「ああ。貴族や成金の娘が色目を使うだけじゃなくて、親兄弟も薦めてくる」

「謙遜なしかよ。いっそ清々しいけどな」


 嘘をついたところで白々しいだけだ。

 だが、そうして寄ってきた連中には感じない、心臓の鼓動が彼女を見ていると起こるのだ。


「あいつは専門バカだ。魔術の学校でも勉強しかしてこなかったと言っていた。いい大人だが、中身は子供のままだ」

「真面目だったんだな。でも自分の研究に対する姿勢を見ると、当時の様子が容易に目に浮かぶ」

「おい、なんか、大丈夫か? まだ魔獣の毒素が抜けきってないのか」


 何か変なことを言っただろうかと首を捻ったら、マルセルは大きな溜息をついた。


「言っとくが、レネに思い入れても無駄だぞ」

 この一言でカチンときた。

 なぜそんなことをこの男に断言されなくてはならないのだ。


「あんたはレネの対象に入っていない」

「対象?」

 どういう意味なのかわからなくて眉を寄せた。


「あいつは枯れ専だ」

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