ワン フォー カンパニー
日曜の朝っぱらからスマホが鳴る。
俺は半分くらい寝ぼけたまま、それを手にとった。
「もしもし? ええ、はいそうです。コピー機が? なるほど……そうですね、わかりました、一時間以内にはなんとか」
通知を切って、ため息ひとつ。
十三連勤明けての、ようやくの休みだったんだがなあ。
しばらく彼女にも会いに行けてないんだけど、こうスケジュールが突然だと迂闊に遊びにも行けない。
いやいや機械の故障にそんなものは関係ないな。
お客様に使っていただいている機械に不具合が発生したなら速やかに対応する。
これが俺の役目だ。
お客様が直接電話をくれるくらい困ってるんだ、俺の都合を優先するわけにはいかない。
こういうところで顧客満足度を上げて、お客様の信頼を勝ち得る。
俺の評価が上がれば、すなわち雇っていただいてる会社の評価も上がる。
それでこそ、会社に貢献してると胸張って言えるってもんだ。
がんばるぞ!
俺は、手早く服を着替え、鏡の前に立つ。
時間がないのは重々承知だが、だからといって身だしなみがなってないのは、これまた社会人失格だ。
髪型、髭、服装の乱れ、口臭、生活の緩みは見た目の緩みにつながる。
せっかく対応が完璧でも、こういう所で減点対象を作るのはうまくない。
よし、完璧!
足早に部屋を出ると、駐車場の車に向かう。
次は機材の確認だ。
急いで飛び出して、現地で忘れ物に気付くなど、あってはならない。
時間がないときほど慎重に、これは鉄則だ。
使いそうな工具は大体揃ってそうだが、予測される故障原因に対して交換部品がちょっと心許ないな。
念のため、事務所に寄って使いそうな部品をいくつかピックアップしてから、お客様先へ向かう。
会社は休みで誰も居ないので、余計な仕事を言いつけられずに済むのはありがたい。
言われたからには、こなさなければならないが、あまりマルチタスクが過ぎると全てが雑になってしまう。
「失礼しま~す、こんにちは~」
俺が訪問先の事務所に入っていくと、初老のオッサンが一人困っていた。
なるほど、いつもの担当者が休みだから手に負えなくなったパターンか。
「いや~、今日はお休みだったんでしょう? すみませんね~」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ、うちはそんなの関係ないですから困ったらいつでも呼んでください」
「それは助かるなあ、いや実は紙が全然出てこなくなっちゃって、どうしたもんかなと」
「じゃあとりあえず、見させていただきますね」
俺はコピー機の前に立って、まずは試しに動かしてみた。
なるほど、引き上げてきた紙が途中で止まっちゃうな、しかも後ろのほうからガリガリ妙な音がする。
スリップが駆動系の問題か、とりあえずこのおかしな音の原因を調べるのが早そうだな。
「すみません、機械の後ろ開けても構いませんか?」
「ああ、好きにやってくれていいよ」
一声かけてから、ドライバー片手に機械の後ろに回りこむ。
まずは外装カバーを取り外してっと、これで駆動系が全部確認できるかな。
これでちょっと動かしてみよう。
さて、どんな感じかな?
稼動させてみると、カバーが無くなって、さっきよりちょっと音が大きくなった。
音の出ている辺りを追ってみると、モーターからの駆動が途中で伝わっていないようだ。
ギアが軸ごと狂ってて、上手く噛み合っていないんだな。
で、中途半端にギア同士がぶつかってて出てる音か。
これはグリスや調整で何とかなる感じじゃないし、新しい部品に替えてすっきりさせた方が良さそうだ。
運のいいことに、さっき念のためと思って持って来た部品の中に該当する物が入っている。
お客様をこれ以上お待たせする前に、手早く交換してしまおう。
車から取ってきた部品は問題なく交換可能で、動作チェックも大丈夫そうだ。
「作業終わりました~、なにかテストできるお仕事とかありますか~」
最後に実際に使って確認してもらおうと、興味深げに覗き込んでいたオッサンに声をかける。
なにやら所在なさ気に後ろ頭をかくオッサン。
「いやあ、実は今日の作業はあらかた終わっちゃっててね、コピー機使う予定ないんだ」
…………そうか。
いやいや、お客様に喜んでもらうのが俺の役目、こんなの良くある話。
これで会社の評価も上がるんだから、文句はない。
「そうですか、それならちょっと様子見ていただいて、大丈夫だとは思いますが、再発するようならまたご相談ください」
「いつもすまないね、ありがとう」
オッサンに見送られて、俺は事務所を辞して車に乗る。
さて、ちょっと中途半端な時間になっちゃったな、このまま帰るのもなんだし、どうするかな。
そうだ、事務所で部品の整理でもやっておこう。
そうすれば、在庫の把握もできるし、いざというときすぐに取り出せて便利だ。
車を発進させようとした、ちょうどその時、スマホから軽快な音楽が流れた。
「もしもし? ああ久しぶり、最近会いに行けなくてごめん。え? 今日? ああ急な仕事が入っちゃって。寂しいって、それは俺もだけど。え? 浮気? いやいや俺がそんな甲斐性ないってキミも知ってるだろ。今度ゆっくり会いに行くから。だからそんな暗い声出さないでくれよ。え? そんなの恥ずかしくて言えるわけないだろ、勘弁してくれ、うん、ごめん、じゃあまた」
通話を切って、スマホをポケットに戻す。
学生の頃と違って、忙しくてなかなか会いに行けないんだよなあ。
でもやっぱり将来のことは考えたいし、そうするとお金が大事なわけで。
俺だって会いたいのはやまやまだけど、もうちょっとの辛抱だ。
こうして頑張ってれば、きっと給料だって上がる。
そしたら結婚した後だって、彼女に苦労かけずに済む。
さあ仕事仕事、まだまだがんばらなきゃ。
車を走らせる俺は、この時の彼女の気持ちに全く気づかなかった。
そしてスマホに届いていた、彼女からのたった一言のメッセージに気付かないという致命的なミスを犯してしまったんだ。