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魔法使いと禁忌の子  作者: 禄星命
序章 檻杜編
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8話 病魔と薬草 (後編)

 少年は、木製のスプーンで器から黄金色の液体を掬うと、女性の口元へと運ぶ。


「恩人の兄さんから教えてもらった通りに作ったから、きっと大丈夫だ。母さん、口を開けてくれ」

「ん――」


 小さく口を開く女性は一口、また一口と、時間をかけゆっくりと嚥下していく。


「っ、げほっ!」

「大丈夫か!?」

「……っ、ええ。少し、咽せただけ。けほっ……そんな心配そうな顔をしないで……続けて?」

「……分かった。けど、ホントにキツそうだったら止めるからな」


 リベラは、テーブル越しに親子の行く末を見守りながら、思案に耽る。


『今までに一度も会ったこともないのに、どうして私の名前を知ってるんだろう……』


 もしかしたら、自分が忘れているだけかもしれない。記憶の糸を辿りながら女性の顔を眺めていると、次第に血色が良くなっているのが確認できた。次いで視線を落とすと、女性の手からは花が消えており、リベラは慌てて少年に声を掛ける。


「ね、ねえ! お母さんの手が――」


 少年も女性の手を一目見ると、驚愕の表情を浮べる。


「っ!? ……母さん! オレの手、握れるか?」

「ん――」


 少年が手を乗せると、女性はぎこちなく指を動かす。そして二度、三度と手を閉じては開くを繰り返すうちに、遂に握手が成立する。すると女性は顔を綻ばせ、手を軽く振った。


「……すごい。今なら手遊びも出来ちゃいそう!」


 一方で少年は、涙を滲ませると女性に抱きつく。


「良かった……ホントに、ホントに治ったんだな!」

「ありがとう、スウェル……! リベラちゃんも、ありがとう!」

「えっと……どういたしまして!」


 リベラは笑顔で応えると、悲喜交々(こもごも)と見守った。



 そして、陽が傾き始めた頃。リベラは麻袋を抱えながら、こっそりと村を離れ、黒い仮面を着けたサフィラスと合流した。


「遅くなっちゃってごめんね」

「気にすることはないよ。私も丁度、個人的な用事を済ませる必要があったからね。 ……それはそうと、随分と手厚いもてなしを受けたようだね」


 そう言うとサフィラスは、リベラの腕からずり落ちそうな麻袋を持ち上げ、中身を確認する。そこには干した魚と芋、そして心ばかりの木の実があった。


「……これは、大切に食さないといけないね」

「うん!」


 リベラは頷くと、先程から気になっている仮面をまじまじと見る。艶めく仮面の縁には蔦の刺繍が施されており、紫苑の瞳を隠していた。


「ああ、()()かい? 今後のことを考慮し、魔除けの御守を拵えたのさ」

「すごい……お店屋さんになれるくらい、とっても綺麗!」

「有り難う。 ――では、今朝の洞穴まで戻ろう。一夜を明かした後、この地を出立するよ」



 そして食事や湯浴み、就寝前の一切を済ませた二人は、ぽっかりと空いた岩肌から夜空を仰ぐ。


「お星さまってどうして、いつ見てもこんなに綺麗なんだろ……」

「リベラは天体が好きなのかい?」

「うん。絵本でもよく読んでたんだ。中でも一番好きなお星さまは、あれなの」


 するとリベラは、満月を指す。


「月か。確かに我々には、最も身近なものだ。しかしその親密性が故に、時として軽んじられる存在でもある。 ……因みに、何故リベラは月を好むんだい?」

「えっとね、ウサギさんが住んでるから」

「兎?」

「うん。それもね、普通のウサギさんじゃないの。お菓子を作るウサギさんなんだよ。お店を閉めてるときは踊って、毎日みんなで楽しく暮らしてるんだって」

「成程。それはさぞかし、満ち足りた生だろうね」

「……」


 うつらうつらとし始めるリベラに、サフィラスは自身のローブを掛けようとする。


「――!」


 その時、聞き覚えのある叫び声が静寂を切り裂いた。リベラは飛び起きると、耳に手を当てる。


「あの声って、もしかして――」

「……乗りかかった船、か」


 サフィラスも起き上がると、リベラにローブを手渡す。


「私が様子を確認してくる。リベラは決して、此処から動かないように」

「っ、うん!」



 駆け出すサフィラスを見送ると、リベラは岩陰に隠れて息を潜める。そして5分程経過した頃、洞穴の入口からは足音が聞こえた。


「サフィラス……?」


 ゆっくりと顔を覗かせた先に立っていたのは、先の少年だった。少年は脚を引き摺っており、リベラと目が合うと、青褪めた顔で口を動かす。


「ど、どうしたらいいんだ……母さんはこれから、どうなっちゃうんだ……!? ああ――全部、全部オレが悪いんだ!! オレが、オレがいなければ――!!」

「お、落ち着いて……! ねえ、何があったの?」

「げほっ、げほっ――村のヤツらが、よってたかって母さんを……!」


 苦しそうに(うずくま)る少年の膝からは血が流れており、リベラは駆け寄ると、ポシェットから白いハンカチを取り出した。そしてしっかりと傷口を覆うと、僅かに落ち着いた少年を優しく抱きしめる。


「……大丈夫、大丈夫だよ」

「うっ、うう――」


 少年は大粒の涙を流しながらリベラを抱きしめると、やがて村の惨劇を吐き出す。


「母さんが、殺されるかもしれないんだ……! 悪魔と契約したっていう、ワケ分かんねぇ濡れ衣を着せられて!」

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