4話 孤独同士 (前編)
そして少女は、反響する小鳥の囀りで目を覚ます。
『ん――あれ、もう朝……? 私、いつの間にか寝ちゃってたんだ』
仄暗い空間でゆっくりと上体を起こすと、手には柔らかな感触が伝わる。
『?』
視線を落とすと、身体全体を青年のローブで包まれていた。持ち主は平たい岩に腰掛けながら薪を焚べており、揺らめく炎を見つめている。
『あ……ローブ、かけてくれたんだ。でも――』
彼の首を隠す白いハイネックは、袖口に補修の糸が縫われているものの、布は劣化し所々薄く擦れていた。黒のスラックスも同様に、長期間着用している跡が見られ、少女は思わず自身の衣類と比較する。
『お兄さんは大丈夫だったのかな。あのとき「遠くから来た」って言ってたし、サバイバルには慣れてるのかな』
その背景はゴツゴツとした岩壁が有るばかりで、焚き火だけが、薄ら寒い洞窟を暖めていた。
『……あれ? そういえば私、森で怖い人に話しかけられた後どうしたんだっけ? たしか、身体が光って空を飛んで、それで――』
朧げな過去を振り返っていると、青年と目が合う。
「おや、調子はどうだい? よく眠れただろうか」
「うん、ローブを貸してくれてありがとう。えっと……ここはどこ?」
「此処は臨時の避難場所だよ。国境を越え、人里からも離れている地さ。 ……さて。起き抜けに申し訳ないけれど、キミが気絶した後の経緯を、図を描きながら説明させて貰うよ」
青年は落ちていた木の枝を手に取ると、地面に走らせていく。
「まず、今私達が滞在している場所が此処。そして昨夜の森が、おおよそこの辺りにある。双方の区間の距離は、500km程だろうか。因みに要となる国境は、このように引かれているのだけれど――」
「うーんと……」
円と円の間に、不規則に折れ曲がる線と距離を書かれ、少女は沈黙する。
「……簡潔に述べるならば、“昨夜の場所からはとても離れている。そして彼らはこの線を簡単には越えられないから、暫くは安全”ということさ」
「うん、分かった。でもそんなに遠い場所から、どうやってここまで来れたの?」
「そうだね……“魔法”と答えれば、理解しやすいだろうか」
「すごい! お兄さん、魔法使いなの?」
「厳密には異なるけれどね。便宜上、そう呼称させてもらうよ」
すると青年は枝を岩壁に立て掛け、少女に向き直る。
「――そして、此処からが本題だ。キミはこの先、どう生きていきたいだろうか」
「え……?」
「とは言え、選択肢は二つだけ。キミが暮らしていたあの森に、戻るか否かだ」
「森――」
青年の問い掛けに、少女はハッと目を見開く。
「そうだ――炎は? あのあと森は、どうなっちゃったの?」
「案ずることはないよ。森の延焼は、私が完治させてある。無論、友達も無傷さ」
「良かった……! マリーも無事なんだ!」
胸を撫で下ろす少女に、青年は頷く。
「その反応から察するに、彼の地に戻ることを選ぶようだね。 ――では、出逢った泉まで送り届けよう。魔法で有効な隠れ蓑を用意するから、暫くはそれを用いて生活すると良い」
青年は立ち上がるが、一方で少女は、俯いたまま動こうとしない。青年が声を掛けようとすると、少女は躊躇いがちに口を開いた。
「……あ、あのね。今、すごく迷ってるの。お家に帰ろうか、その……」
真っ直ぐ青年を見たかと思えば、一転、言い淀み視線を逸らす少女。すると青年は、徐に少女の隣に腰掛ける。
「……因みに、もう一つの選択肢――“戻らない”を選んだ場合、世界中を旅することになる。私は訳あって、今に至るまでに、自身の故郷から離れた事が無くてね。しかし決意の末に、先日実行に移したのだけれど……ご覧の通り、波乱の幕開けとなってしまった」
「ご、ごめんなさ――」
「とはいえ、こうして稀有な巡り合わせもあった。ヒトはこういう出来事を、運命と言うのだろう? ならばそれに倣い、共に行動をしても良いのかもしれない。無論、強制はしないよ」
青年は閉口し、少女の答えを待つ。すると暫くの静寂の後に、少女は青年と目を合わせた。
「――わ、私も! 私も、色んな所に行きたい!」
「決まりだね。では手始めに、朝食を摂りに行こう」
差し伸べられた手に、少女は嬉々として手を重ねる。そのまま青年と共に立ち上がり、朝陽の差す方へと歩き出した。