3話 仕組まれた運命 (後編)
やがて広大な草原に着くと、少女は壮年の男が座る玉座の前に跪かされた。亜麻色の髪と紅色の瞳を持つ男は、真紅の衣装の上に鎧を纏っており、その巨躯と相まり少女は萎縮する。松明が粛々と辺りを照らす中、玉座の男は震える少女を疎ましげに見下ろす。
「不審人物を捕らえたという報告を受け、確認してみれば……忌み子、貴様か」
「……おじさんは、誰?」
「フッ――そうか、我の顔を知らぬのであったな。呪われた出自から、棲家である白い小屋に至るまで……その全てを掌握されている気分はどうだ?」
玉座の男は愉快そうに口角を上げるも、押し黙る少女に舌打ちをする。
「……時に貴様は、檻を離れ何を画策している?」
「えっ、と――」
「会話相手が欲しいのであろう? 何せ、動物なんぞに日々語り掛けているのだからな。その殊勝さに免じて我が務めてやる故、光栄に思え」
「……どうして、おじさんは私のことを知ってるの?」
「貴様が問う権利はない。疾く訊問に答えよ」
玉座の男の怒気を帯びた声、取り囲む鋼鉄の壁。そして辺りに充満する、噎せ返るような焦土の臭い。幾つもの存在に圧倒され、少女の瞳には涙が滲んだ。その様子に玉座の男は剣を握ると、一層低く唸る。
「答えぬか! その喉は飾りか!?」
「ひっ! う、ううっ……」
「良かろう。口を割らぬのであれば、一薙ぎで切り捨てるのみよ」
喉元に剣の切っ先を突き付けられ、少女は咄嗟に目を瞑る。
『いや――誰か、誰か助けて!』
剣風が少女の首をかすめた時。彼女のポケットに仕舞われていた宝石が、眩い光を放った。そして風に乗って、冷徹な声が耳に届く。
「……大の大人が、寄って集って一人の少女を虐げるだなんてね。キミの腐り果てた性根は、今なお健在のようだ」
「――! お兄さん……!」
碧光の消滅と共に少女の傍らに顕現したのは、青年だった。鎧の一人は玉座の男の真横に駆け付けると、槍を構える。
「だ、誰だお前! 何処から現れた!」
「私かい? 其処でせせら笑う彼に聞いてみてはどうかな」
「な――それが、我らが陛下を知っての態度であるものか!」
鎧が憤慨する一方で、玉座の男は剣を鞘に納め腰を上げる。
「久しいな。貴様が“研究所”を離れ暫く経つが、まさか此れ程まで成長しておったとは。その姿でなければ、気が付くことも無かったであろうよ」
青年は一瞬険しい表情を見せるも、少女の拘束を解く。
「……ひとりでよく堪えたね。後は私に任せておくれ」
「うん……っ、ぐすっ……」
大粒の涙を流しながら、少女は青年のローブに埋まる。青年はその頭を軽く撫でると、玉座の男を一瞥する。
「さて……キミとはこの場で決着をつける算段だったけれど。今回は撤退させて貰うよ」
「ほう。貴様、それを連れていくつもりか?」
「何か不都合でも?」
「貴様にとって、何の利点も無い。寧ろ、足枷でしかないであろう。 ――まさか、情でも湧いたか?」
「……勘違いしないでおくれ。あくまでも、私のような犠牲者を二度と生み出さない為に、彼女を救うだけだよ」
青年が手を掲げると、鎧達は一斉に槍先を二人に向ける。しかし青年は躊躇うことなく、言葉を紡いだ。
「――Ebot.Agetnam,Eitunibon.retawlaeh,otaforacs」
二人の身体は蒼い光を纏うと、空へと飛翔する。そして次の瞬間、泉からは大蛇の如く水柱が立ち上り、森を飲み込むと霧散した。
炭と化した木々も、焦土と成り果てた大地も。その全てが例外なく元の姿に戻っており、随所から困惑の声が上がる。
その最中、一連の出来事を見届けたある鎧達は、玉座の男を背にヒソヒソと顔を突き合わせる。
「な、何が起きたんだ?」
「分からない……アイツ、ほんとに人間か?」
「……いや、昔聞いたことがある。《この世に存在しない瞳と髪をもつ化け物が、人間の魂を喰らう》と。白銀の髪に、紫色の瞳……あの見た目は、もしかすると――」
すると突如として、彼らの耳を銃声が劈いた。鎧達が恐る恐る振り返ると、玉座の男が長銃を空へ向けていた。
「黙れ。我の赦しを得ずして口を開くは、万死に値する。我が獣の餌の任を命じられたくなくば、疾く退陣せよ」
「はっ! 大変申し訳ございません!」
硝煙と共に銃口を向けられた鎧達は、頭を深く下げると、そそくさと槍を携え帰還を開始する。それを鼻であしらうと、玉座の男は黒馬の鐙に足を掛け、手綱を引いた。
「フッ――そうだ、何処へでも存分に逃げ惑うが良い。どれだけ足掻こうと、我に傅く運命からは、決して逃れられぬのだからな」
最後に彼は、残された玉座を長銃で撃ち抜いた。
――その日の夜。少女は、涙を瞳に滲ませる少年が、狭い牢獄に独り幽閉されている夢を視た。
自身の手元を見るのが精一杯なくらいに、暗く淀んだ空気の充満した部屋。そんな劣悪な環境下で、彼は足首に枷を嵌められており、傷だらけの手でくすんだ宝石を弄っている。
「これも駄目だ……何で、どうして上手くいかないんだ!」
彼は宝石を床に叩き割ると、力なく顔を覆う。そして溜息を吐き、傍らの木箱から新たな宝石を取り出した。
「早く、早く完成させないと……そうしないと僕は、お母さんを――」
木箱の隣にはもう一つ、人が入る大きさの鉄の箱があった。少年は空いた右手で中身を引き摺り出すと、異臭に顔を顰める。
「うっ……だめだ、もう腐ってる。こんな乱暴なやり方をされたら、半日ももたないのに。 ……仕方ない。話し掛けたくはないけど、お母さんを助けるためだったら、何だってしてやるって誓ったんだ」
少年の右手には、細い糸状のものが何本も絡まっていたが、構うことなく揺るぎ立つ。そうして巡回する鎧を鉄格子越しに睨み付けた後、にこやかに声を掛ける。
「すみません、そこの兵士さん。被験体を、あと10体くれませんか?」