24話 無人のカーテンコール (後編)
一つの革命が為される瞬間を、一億の瞳が海馬に焼き付けていた。小さな画面の向こう側で起こった、圧制者への大きな一手。それは鬱積していたイルミス国民に、脳を揺るがす程の衝撃を与えた。
映像が途切れた直後、電子の海では狂喜の声が絶えず飛び交った。それを明かすべく、公開元であるロアのホテルには多くの野次馬が押し寄せたが、既に其処は蛻の殻だった。
翌日の謁見の間。記者達がこぞって小型の機械を向ける中、玉座に座るドゥラン国王は、静かに語り始める。
「早朝にも拘わらず、よく集まってくれた。そして、陳謝しよう。此度の騒動は、全て僕の心の弱さに起因するものだ」
すると一人の記者が、刺すような声でドゥラン国王を牽制する。
「失礼ながら、陛下。国民は謝罪より、詳細な説明を求めています。行方不明者への対処と、大臣への処罰についてを。特に……未だ発見されていない子供達に関しては、早急な対応が求められると思いますが。その件に関しては、どうお考えでしょうか?」
「ああ、順に語らせてもらう。先ずは、行方不明者について。これに関しては、既に審問官に用命し、大臣から被害者の居場所を聞き出している。尚、捜索には警邏隊を派遣しており、先程も新たに一名、腕に切り傷を伴う軽症で保護された」
すると今度は、別の記者が手を挙げる。
「具体的には、どこを捜索しているのでしょうか? また、その子供の居住地は?」
「双方共に、黙秘とさせてもらう」
「……では、別の質問を。例の映像では、大臣は共犯者の存在を仄めかしていました。それについて、何か聞かせて頂けますか?」
「生憎と、大臣は頑として閉口している。従って、現時点で国民に報告できるモノは無い。次いで、大臣の処罰についてだが――彼の立場上、慎重に対処せねばならない」
「ルベール国への配慮ですか?」
「……彼が秘密裏に実行していた悪行の数々を立証すべく、検察官と警邏隊が連携し、捜査を行っている。容疑が固まり次第、正式にルベール国に申し立てる所存だ」
次いで、三人目の記者が挙手をする。
「もう一つ、質問よろしいですか?」
「何だね?」
「あの勇者は、どなただったのでしょう? 中継役を受け持っていたのは、著名人であるロアさんでした。しかし大臣と対峙した人物に関しては、一切情報が残っておりません。国民も、彼の正体が明かされるのを今か今かと心待ちにしております。ですから、是非とも公表して頂けませんか?」
「……それには答えかねる」
「何故ですか? ロアさんが姿を消したのも、陛下の手引きでしょう? 一体貴方は、どれだけ国民を巻き添えにすれば気が済むのですか?」
「……繰り返しになってしまうが、此度の件については陳謝する。一刻も早く解決できるよう、寸暇を惜しみ動いていこう。そして思い違いをしているようだが、彼らは正体を明かされる事を望んでいない。故に、僕には秘匿する義務がある」
しかし記者は、納得がいかないと顔を顰める。
「ですが、国民は知りたがっている! 透明性こそ、今後のイルミス国に必要なのではありませんか!?」
「それは最もだ。しかし君は、一つ失念している事がある。 ……そう、潮時だ」
「――」
「君達の役目は、公明正大に世の有り様を伝える事であり、職権を乱用したゴシップ記事で、社会や個人の生涯を掻き乱す事ではない。これ以上深追いするのであれば、君には退室してもらおう」
「っ……!」
「付け加えておこう。彼らに関する情報を嗅ぎ回る行為は、一切諌止する。君達も、自身の腹の内を弄られたくないだろう?」
紅瞳の男――もとい、大臣の失脚が決定打となった後。サフィラスは、ドゥラン国王から三つの謝礼を受け取っていた。それは、馬車の一式と国王直筆の身分保証書、そして金貨百枚だった。
「これを。心ばかりではあるが、今用意できる最大限の礼だ。受け取って欲しい」
「私は私怨を晴らしただけさ。故に、これらの権利は二人に与えるよ」
「私怨――それは、ルベール国王が行っていたという“人体実験”の事かね?」
「……」
「醜態を晒したが、これでも一国の主だ。他国への探りは日常茶飯事……取り分け、彼の国に対しては入念に情報を収集していてね。その際に目を引かれた単語だった」
するとドゥラン国王は、サフィラスの胸元を指す。
「一目見た時から疑っていたが、その宝石を見て確信した。 ……先程渡した物だが、この国を発った後に確認すると良い。大臣の監視があった手前、権限付与のカードなどと偽ったが――君にとって、有益な情報が記録されている」
「……そうか。では、失礼するよ」
サフィラスは部屋の奥へ進み、窓枠に手を掛ける。
「――Ebot」
夜空に消えた彼の姿を見送り、ドゥラン国王は机上で小さく鳴る呼び鈴を押す。
「ああ、直ぐに向かう。到着まで、どうにか押さえてえてくれ」
そして再び呼び鈴を押すと、足早に室内を離れた。
リベラを荷台で寝かせたまま、サフィラスとロアは交代で手綱を握る。雲一つない澄んだ夜空には煌々と星達が瞬いており、草原に残された前駆者の跡を照らしていた。彼らはその轍に沿うように、静かに進んでいく。
「ふぁ、あ……目的地まで、あと30km……明日の朝にはどうにか着きそうね」
ロアは道端に立てられた木製の標識を一瞥すると、大きな欠伸を一つする。
「助かったよ。正直なところ、次の行き先を決めかねていたからね」
「こっちこそ。大臣を下ろす手伝いをしてくれて、ありがとね。 ……まさか、陛下が直々に謝礼を下さるとは思ってもみなかったけど」
「一般的なヒトの収入の、ニ年分の金貨。偉業を成し遂げた者しか持ち得ない、国王直筆の身分保証証。そして、貴族でなければ乗ることすら許されない馬車と、それを引く芦毛の馬。いずれも今後、役に立つものばかりだ」
「ええ。気持ちは嬉しいけど……なんだか落ち着かないわ」
「出自により、感性も異なるのだろう。けれど、お陰でリベラを休ませることが出来た」
「そうね。荷物も詰め込めるし、馬もカワイイし。恩返しをしたつもりが、それ以上のモノを貰っちゃったわ。せめて誇らしく、胸を張っていかないとね」
「……ああ、そうだね」
意気込むロアに適当な返事をし、サフィラスは荷台の窓からの景色を眺める。暫く見惚れていると、やがてロアが音を上げる。
「ふあ……御免なさいね。そろそろ、限界……かも……」
「代わるよ。無理をせず休むと良い」
「ん、ありがと……お休みなさい」
サフィラスは手綱を受け取ると、芦毛の首筋を優しく撫でる。そして鐙に足を掛け、前進の合図を送った。
「夜間に働かせて済まない。キミも、無理はしないでおくれ」
馬は短く鳴くと、再び脚を動かした。




