23話 無人のカーテンコール (中編)
「わあ、すごい! これって、どうなってるの?」
「え、ええ。これはアバターという、仮想空間に自分の人形を作るシステムなの。アタシの場合は該当しないけど、一般的にはプライバシーを守る為に使われているわ。原理は難しいから……そうね、そういう魔法で動いてると思って頂戴な」
「そうなんだ……? ねえ、ロアのアバターも見てみたいな」
「分かったわ。ちょっと恥ずかしいけど――はい、この子よ」
ロアが機械を操作すると、もう一人のアバターが画面に現れる。それは彼本人によく似ており、紺鼠の髪の上には空色の小鳥が乗っていた。するとリベラは、ロアとアバターを交互に見る。
「ううん、恥ずかしくなんてないよ。ロアみたいに服もオシャレだし、頭の鳥さんも、とってもかわいい!」
「そ、そう? そんなにベタ褒めされると照れるわね」
「ねえ、この子たちって動くの?」
「ちょっと待っててね、確かこの辺に――」
ロアは席を立つと、背後の棚から何かを取り出して戻ってきた。
「あとはコレをリンクさせて……っと」
そして着席し、緑色のアクセサリーを機械の側面に接触させると、素早く文字を打ち込んでいく。その僅か10秒後、ロアはリベラにアクセサリーを差し出した。
「はい、リベラちゃん」
「? これって、ネックレス?」
「それが、アバターを動かすために必要なアイテムなの。使い方は至ってシンプル、首に掛けるだけよ」
「んしょ……っと。これで良い?」
「うんうん。その状態で、適当にポーズをとってみて?」
「えっと――」
リベラは暫し考え込んだ後、くるっと一回転をして、ワンピースの裾を少し持ち上げる。すると画面の中のリベラも、数秒後に全く同じ動きをして見せた。
「わっ、同じ動きをしてる!」
「ね、スゴイでしょ? 流石にネーヴェちゃんのサイズは無いから、デフォルトのモーションを選ぶしかないけど」
「そっか……でも、充分かわいい! いつかネーヴェとも、この中で遊べるようになるといいな」
そう言うとリベラは、画面の中のネーヴェと戯れ始める。その様子にロアは、密かに手元の小型の機械に触れる。
「ふふっ、こっそり録画しちゃおうかしら……って。今生放送中じゃないの! ちょ、ちょっと待って!?」
ふと我にかえったロアは、大慌てで画面に貼り付く。リベラも呑気に首を傾げるも、直ぐ様事に気が付いた。
「――あ! そういえば、お仕事をしてる最中だったよね。邪魔してごめんなさい……」
「……いえ、気にしないで。そのまま続けて頂戴? どうやら皆、リベラちゃんのことを気に入ったみたいだから」
ロアは立ち上がると、リベラに席を譲る。
「? うん、分かった」
リベラは浮かんでは消える文字に目を通すと、笑顔で椅子に座った。
「えっと……皆、こんばんは! 私の名前はリベラっていうの。少し前にこの国に遊びに来たんだけど、ここって、すっごく楽しい所なんだね! あちこちに動物さんがいたり、美味しいご飯が食べられたり。皆は、この国のどんなところが好き? 良かったら、教えてほしいな」
画面上には溢れんばかりの文字が浮かび上がり、リベラはその一つ一つに丁寧に反応していく。ロアはアクセサリーを静かに胸元のポケットに仕舞うと、彼女の背後から顛末を見届ける。
『……それにしても、一体何が起きたっていうの? アカウントの乗っ取りでも、機械の誤作動でもない。他に可能性は思い浮かばないし、それこそAIが意思をもって端末を操作しないと――』
そこでふと、彼女が自己選択式輸送装置に触れた時を思い出す。
『ふふっ。 ……まさか、ね』
画面右下の数字は、いつしか3000万を超えていた。
一方、城内は物々しい雰囲気に包まれていた。ドゥラン国王が机の陰に身を潜めている中、サフィラスは銃口を擬されたまま、紅袖の男に口火を切る。
「キミが“大臣”かな? それにしても、随分と物騒なモノを所持しているんだね。加えて、口調も妙に辿々しい。ボタンの紋章を見なければ、判らなかったよ」
「黙レ。質疑応答ハ許可シナイ」
「では仮定のもと、会話を続けさせてもらおう。此処に足を運んだのは、大臣――キミに直接問いたいことがあるからだ。キミはこの国を好んでいるようだけれど、具体的には何処が――」
「黙レト言ッテイル! 貴様、コノ銃ガ怖ク無イノカ?」
首筋を圧迫する銃口。しかしサフィラスは、声を荒らげる大臣を左目で見据える。
「……残念ながら、私にその手の脅し文句は効かないよ。懐疑心を抱くのであれば、撃ってみると良いさ」
「――」
声色一つ変えないサフィラスに、大臣は次第に怒気を強めていく。
「下ラン。ソンナ事ヲ聞イテ如何スル?」
「単なる好奇心さ。入国する際に得たパンフレットに書かれていた、“一観光客が大臣に抜擢された”という文言の真意を訊きたくてね。異国の出身にも拘らず、国の主要人物の座に就くだなんて、余程の功績が無いと到底不可能な筈だ」
「……良イダロウ。ナラバ、冥土ノ土産ニ聞カセテヤル」
すると一転、大臣は口角を上げ、自身の武勇伝を語り始めた。
「此ノ国ハ、我ガ国ト双璧ヲナス程ニ、素晴ラシイ技術力ヲ保持シテイル。余ハ其処ニ惚レタノダ。国民性モ温和デ、異国ノ余モ受ケ入レル懐ノ深サ。シカシ、此ノ国ハ疲弊シテイタ。ダカラ余ハ、金ヲ其処ノ王ニ献上シタノダ」
「……そうか、費用を負担する程に。けれど、並大抵の額ではなかっただろう。まさか、全てキミの私財かい?」
「フッ……余ヲ、有象無象ノ雑兵ト侮ル事無カレ。余ハ我ガ主カラ恩顧ヲ得テイル、稀有ナ存在ナノダ」
「ほう? それは意外だ。あの男が、誰かを評価するだなんてね」
「……貴様、崇高ナ主ヲモ侮蔑スルカ?」
「ああ、すまない。そのようなつもりは毛頭無いよ。 ――話を戻そう。大臣の座は、彼を介して投入した大金……その礼と言う事かな?」
「応。前大臣ハ、辞任ヲ快諾シテクレタ。“強大な恩の対価、差し出せるのはコレしか無い”ト。報恩謝徳ヲ三日三晩、不眠不休デ説イタラ落涙シテイタナ」
「成程。つまり――表では“瀕死のイルミス国に救いの手を差し伸べる、慈悲深い者”を演じた。しかしその実、裏では“起死回生の恩を盾に取り、支配権を強請った狡猾者”だった訳だ」
「人聞キガ悪イ。此ノ国ハ意志薄弱ニシテ、無抵抗。弱者ヲ傘下ニ置クハ、強者ノ使命ダト思ワナイカ?」
「……そうか。ならば捨て駒に幼子を攫わせるのも、強者の特権という事かな?」
「無論ダ! 有益ナ内ニ私財トシテ活用シテヤッテイル。然シ其レヲ、誰ガ戒告出来ヨウカ! ……稚児ハ良イゾ、多様ナ方面ニ需要ガ有ルカラナ。外貨ト共ニ、此ノ国ガ滅亡スルマデ、時ヲ掛ケ喰ライ尽クシテヤルノダ!」
呵呵と嗤う大臣に、サフィラスは振り向く。そして自身が着ける仮面を指すと、大臣の顔を鮮明に捉えた。
「うん。丁寧な自白、助かったよ」
「!? 貴様、紫苑ノ――」
目を剥く大臣が指を動かす間も無く、サフィラスは拳銃を蹴り上げる。そして自身の剣身を、大臣の眉間に当てた。
「――さあ、これでお仕舞いだ」




