22話 無人のカーテンコール (前編)
そして、その日の夜。サフィラスは警邏の視線を掻い潜り、裏口を抜け国王の住まう城へと忍び込む。
『建物の造りは極めて堅牢。だが――』
外観と同じく生成色の石で造られた内部は、暖かくも冷ややかな印象を放っていた。天井に吊るされた硝子玉は柔らかな光で、足下の赤い絨毯を照らしている。
『……肝心の防備が、驚くほど弱い。あの男の住処とは大違いだ。加えて、彼方の兵士は凄まじい覇気の持ち主だったが、此方の警邏の者は――』
広い廊下では何人もの黒服の警邏官とすれ違ったが、誰一人として振り向く者はいない。ただ無表情で、一定の範囲を彷徨っている。時折警邏官らは鉢合わせるが、特段コミュニケーションをとることもなく、すぐに踵を返していた。
『……与えられた責務を全うする忠実な駒、か』
黙々と仕事をこなす彼らを一瞥し、角を曲がって階段を上っていく。そして廊下を通過して行き、一際重厚な作りをした濃茶の扉の前で立ち止まった。
『此処か。さて……鬼が出るか、蛇が出るか』
サフィラスはドアノブに手を掛けると、小声で言葉を紡ぐ。
「――Neop」
解錠の音と共に立ち入った先には、甘い花の香りが仄かに漂う、シックな空間が広がっていた。中央にはソファーが二脚、ローテーブル越しに向き合っている。更に奥へ視線を動かすと、書類が山のように積み重なった机があった。
その傍らで椅子に腰掛けているのは、薄桃色の髪を短く整えた壮年の男が一人。サフィラスは、変わらず書類にペンを走らせる男に自身の存在を知らせる。
「不躾で済まない。キミが此の国の王だろうか」
すると男は顔を上げ、眼鏡越しに白練の瞳を細めた。
「待っていたよ」
茅色の服を着た男は立ち上がると、部屋の中央に置かれたソファーへ手招く。
「此処へ。込み入った話をしに来たのだろう?」
しかしサフィラスが佇んだままでいると、男は率先してソファーに腰を落とした。
「ああ、安心したまえ。そう警戒せずとも、彼は此処には居ない。 ――さて、簡単に自己紹介をしよう。私はドゥラン・ルル=イルミス。この国を統治する者だ。そして、君達の目的を知っている者でもある」
その言葉にサフィラスは、ソファーに歩み寄ると会話を続ける。
「……成程、此方の情報は筒抜けという訳だね。想定の範囲内ではあるけれど、一体何処まで機械を通して盗み見たのかな?」
「それは――いや、今は要件のみ済ませよう。僕は君達の、無謀極まりない挑戦に力添えをしたいんだ」
するとドゥランと名乗る男は、一枚のカードを胸元のポケットから取り出し、テーブルに置く。
「これは文字通り鍵だ。君達の危惧していた権限は、此処に付与されている。コレさえあれば、彼は一切手出し出来なくなるという寸法だ。但し、使用可能回数は一度。くれぐれも、取り扱いには気を付けてくれたまえ」
「……随分と粋な計らいだね。けれど私達は、キミの国に動乱を起こしてしまうかもしれないよ?」
「構わない。国民を解放できる起爆剤となるのであれば、たとえ彼から銃口を向けられようと、甘んじて受け入れる腹積もりだ」
サフィラスはドゥランと目を合わせると、カードを引き寄せる。
「――そうか。では、有り難く受け取らせてもらうよ」
「礼には及ばない。さあ、彼が嗅ぎ付ける前に戻りたまえ」
「……ああ。言われなくとも」
サフィラスは仮面に触れると、再びドアノブに手を掛ける。
「――動クナ。両手ヲ上ゲロ」
地面を這うような声の直後、サフィラスの首元に突き付けられた、熱を帯びた殺意。彼がゆっくりと視線を動かした先では、紅色の瞳が嘲笑っていた。
一方ロアは、寸暇を惜しんでテーブルに齧り付いていた。傍らでリベラが心配そうに見守る中、ひたすらに指を動かしていく。
「ふふふ……今まで培ってきた信頼を、フルで使ってやるわ! 狂人? 何とでも言いなさい!」
天井から吊り下げられた画面に映し出されているのは、ロアの入力した文字と、サフィラスから実時間で送られてくる情報。映像は無音で流れており、警邏の者が廊下を巡回している姿が映し出されていた。
「“皆、今日も観に来てくれてありがとね! 今回はいつもとは主旨を変えて、超重大スクープをお届けするわ。題して「肉薄! 遂に解き明かされる、イルミス国の真実」。一夜限りの生放送だから、絶対に見逃さないで頂戴ね”」
画面右下では、数字が忙しなく一定数を往復しており、ロアは何度もそこに目を向けながら観客に応える。
「BGMはコレ、応援コメントには返事を欠かさずに。観ていて飽きないように発言には緩急つけて――」
瞬きを惜しんで、ロアは幾つもの情報を処理していく。しかし、やがて表情を曇らせると頭を抱えた。
「マズイわね……視聴者数が予想より低いところで頭打ちになっちゃったわ。このままじゃ……」
目標は人口の80%。数にして、約4,000万人。対して、画面上の数値は1,000万。放送を開始してから20分ほど経つが、必要値の半数にすら届いていなかった。
『それにしても……どうしてかしら? 今日は人気の放送も、人が出掛けるようなイベントもない。普段通りなら、すぐに達成できる数値なのに』
ロアはもう一つの小型の機械をテーブルに置くと、イルミス国のタイムスケジュールを確認する。
「っ……! 何よ、コレ――」
そこにはサプライズ企画として、“本邦初公開、最新テクノロジーを駆使したトリシティック・フェスト”という文字が、デカデカと記載されていた。その主催者は外務大臣であり、ロアは息を呑む。
「……驚いたわ。まさか、真っ向から邪魔してくるだなんて」
次いでロアは、現在の外出率を検索する。するとその割合は、驚異の70%を記録していた。
「――」
気が付けば画面上の数値も徐々に下がり始め、ロアは機械から手を離す。
『……そうよね。いくらアタシがそれなりに有名だとしても、全国民が知ってる大臣には敵いっこない。この国では彼の支持者も多いのに、なんで渡り合えるって思っちゃったのかしら』
俯くロアの耳には遠ざかる足音が聞こえ、ふと横を見る。そこには取り残されたネーヴェがおり、ロアは両手で頬を叩いた。
『――ダメよ、アタシ! 弱気になってたら、彼の目的もリベラちゃんの旅も、ここで全部終わっちゃうのよ! ……考えるのよ、この状況を挽回できる方法を!』
ロアが唸っていると、トレイを持ったリベラが現れる。
「えっと……お茶とお菓子、持ってきたよ。少し休まない?」
「……そうね。お言葉に甘えて頂くわ」
ロアは伸びを一つすると、硝子の皿に盛られたチョコレートを摘む。
「んー、美味しい! リベラちゃんも一緒に食べない?」
「うん、いただきます!」
リベラもチョコレートをコロコロと口の中で転がすと、間もなく頬を緩ませた。ネーヴェもチョコレートを熱心に舐めており、ロアは声を漏らす。
「ふふっ、同じ顔して食べるのね」
「そ、そんなに似てた?」
「ええ。両手でお菓子を持って、口を一生懸命動かしてるところとか」
「うう、恥ずかしい……」
顔を赤くするリベラに微笑みを向けると、ロアは腕を組む。
「さて、と……この難問を解決するには――って」
「何かあったの?」
「どうして、リベラちゃんとネーヴェちゃんのアバターが……?」
機械の前で硬直するロアに、リベラも画面を覗き込む。するとそこには、リベラとネーヴェと酷似したアバターが映し出されていた。




