21話 偽りの楽園 (後編)
ハンカチを解かれた女は、ロアとリベラから、前のめりに持て成されていた。皿に盛られた料理の数々に困惑しながらも、女はロアに問い掛ける。
「こちらのお料理は、貴方が調理されたのですか?」
「ええ、そうよ。こっちが、グレイビーソースを絡めたミートボール。そしてこっちが、それぞれ味の違うドレッシングと刻んだ野菜を包んだ、一口サラダ。あとこれは、魚の切り身が入ったおにぎりよ」
「ですが――本当に頂いて宜しいのですか? 私は、その……」
「良いの良いの。余らせて持って帰るより、誰かに喜んで食べてもらった方が嬉しいもの」
「……では、お言葉に甘えて」
女はフォークを手に取ると、サラダにミートボール、おにぎりと、順番に一つずつ口に運んでいく。やがて表情を綻ばせる女に、ロアはにこやかに尋ねる。
「どうかしら、お味は?」
「はい、とても美味しいです。優しくて、包み込まれるような……そんな味がして」
目を伏せる女に、ロアは彼女の空いたコップにお茶を注ぐ。
「うんうん、まだまだあるから沢山食べていって頂戴ね。えっと――」
「……メネレテです」
「ん?」
「私の名前です。メネレテと申します」
「! メネレテちゃんって言うのね! アタシはロア。そしてこの子が――」
ロアが説明するよりも早く、リベラはハツラツと声を上げる。
「リベラって言うの。よろしくね!」
「ロアさん、リベラさん。こちらこそ、宜しくお願いいたします」
「うん! それでね、この人がサフィラスだよ」
リベラがサフィラスの手を取るも、サフィラスはやんわりと振り離す。
「……すまない。無闇矢鱈と、人に関わりたくないんだ」
「っ……私、やはり貴方には好感を持てません」
目を向けることすらしないサフィラスに、メネレテは語気を強める。ロアはその間に割って入ると、メネレテの持つ空いた皿を受け取った。
「ま、まあまあ。サフィラスちゃんにも事情があるのよ」
「そうですか。 ……ともあれ、ご馳走さまでした。諸々の報告がありますので、これで失礼します」
「ええ。また会えた時には違うお料理を用意するから、楽しみにして頂戴ね」
「ありがとうございます。 ――では」
メネレテは頭を深々と下げると、瞬く間に草原の向こう側へと姿を消す。ロアとリベラが手を振って見送る中、サフィラスは、彼女のナイフに彫られた文字を見つめていた。
軽くなったリュックを背負い、三人と一匹は帰路についた。そしてリベラはよろめきながら玄関を通り抜けると、手洗いを済ませて寝室へ向かう。
「少し寝るね……おやすみ、なさい……」
「うん、お休み。 ――良い夢を」
リベラはベッドに横たわるや否や、寝息を立て始める。その様子を確認したサフィラスはドアを閉めると、リビングで紅茶を飲むロアのもとへ向かった。
「ふふ、リベラちゃんってスゴイわね。殺る気満々の子ですら、簡単に大人しくさせちゃうんだから」
「キミこそ、餌付けで牙を抜くのは流石だ。あの場を穏便に済ませることが出来たのも、二人のお陰だよ」
「どういたしまして。 ……まあ、これで解決したとは思えないけど」
「だろうね。無傷で帰してしまった以上、いつ何処で再び襲撃されるか分からない。加えて、此方の顔は完全に割れてしまった。故に、一刻も早く決着をつける必要があるのだけれど……差し支えが無ければ、キミの意見を聞かせてくれないだろうか」
「……そうね、ぶっちゃけても良い?」
「勿論。率直にお願いするよ」
「これは、アタシの勝手な推理なんだけどね。この国はきっと、ルベールの走狗よ」
「ルベール……」
「そう。アナタ達にとって、切っても切れない国ね。あの国は世界で一番人口が多い故に、数で他国を牽制する質があるんだけど――」
ロアの推理は、以下の内容だった。
イルミス国は、ルベール国から多額の資金援助を受けてからというもの“恩”に束縛された状態であり、外務大臣の男はその支配権を持っている。彼は就任後、自国と連絡を取りつつ、イルミス国からひたすらに“恩恵”を受けていた。
そして先日サフィラスがルベール国王と衝突した結果、彼に“サフィラスとリベラの二人を囚えろ”という旨の命令が届いた。だが彼は自身の手を汚すのを嫌い、捨て駒にその役目を押し付けた。昨日の誘拐犯は先鋒であり、先の彼女も同じく、その事実を知らない駒だと。
「……成程、さながら探偵のようだ。それで、キミは如何したい? あの国は、ヒト一人が牙を剥いたところで敵う相手ではないよ」
「そんなの重々承知してるわ。 ……でもね、アタシはこの国から沢山の思い出を貰ってきた。だから、自分の居場所を犠牲にしてでも報いなきゃいけないの」
「一度実行に移せば、後戻りは出来ない。それでもキミは手を下すかい?」
「勿論よ」
「……そうか。ならば私も手を貸そう」
「ふふっ、その言葉を待っていたわ」
そう言うとロアは、テーブルに薄型の四角い機械を置いた。その表面には文字が浮かんでおり、サフィラスは凝視する。
「それは?」
「“反撃の一手”よ。国内に住む全員が持ってる端末に、イルミス国の“真実”を送り付けるの。 ……でもね、この作戦には一つ問題があって。外部から権限を上書きされると、即ゲームオーバー。リベラちゃんを含めた全員が、追われることになるのよ」
「何か対処法は無いのかい?」
「あるわ。ただ、サフィラスちゃんには体を張って貰うことになるけど。 ――さっき話した権限なんだけどね、管理してるのは国王なのよ」
「だが、その傍らには常に大臣がいる。当然、権限においても彼の目があると考えるべきであり――正攻法では、瞬く間に書き換えられてしまう。 ……つまり、私が大臣の妨害を防げば良いということかな」
「ええ。そうすればきっと、この国の皆にアタシ達の訴えが届く。上手くいくとは限らないけど……それでも一つだけ、自信を持って言えることがあるわ。一度世に放たれた情報は記憶となり、永遠に消すことはできないって」




