20話 偽りの楽園 (中編)
陽は真上に昇り、腹鳴が聞こえ始める頃。三人と一匹は丘の上で大樹を屋根に、レジャーシートを広げていた。
「すごい、このぬいぐるみ……さっきの鳥さんと同じくらい、ふわふわしてる!」
触れ合いを存分に楽しんだリベラは、受付の女性から貰った青い鳥のぬいぐるみを愛おしげに抱いており、時折もふもふと顔を埋めている。その横でロアは緩みきった表情でリュックを開くと、白い箱を取り出した。
「ふふ。さっきのリベラちゃん、まるで絵本で登場するお姫様みたいだったわよ。あのエリアの動物は人懐っこいとはいえ、一度に七匹も寄ってくるなんてまず起きないんだから!」
「えへへ……私、小さい頃から動物さんと仲良くなるのは得意なんだ」
「あら、素敵じゃない! 動物は第六感――本能的に仲良くなれる人かどうかを見抜く力があるみたいだし、きっとリベラちゃんの“気持ち”が伝わっているのね」
「うん!」
「さてさて。アタシの気持ちは、リベラちゃん達に伝わるかしら?」
そう言うとロアは、白い箱の蓋を開ける。その中には野菜で作られた森があり、動物を模した料理が詰め込まれていた。瞳は黒胡麻、体は卵やミートボールで作られているようで、リベラは大きく身を乗り出すと、細工をまじまじと見る。
「わあ、可愛い!」
「ふふっ。そう言ってもらえると、夜中こっそり作った甲斐があるってものよ。はい、リベラちゃんとネーヴェちゃんのお食事セット」
「ありがとう!」
ロアからカトラリーの一式を受け取ったリベラは、早速フォークでミートボールを掬い上げて皿に乗せ、箱によじ登ろうとするネーヴェの横に置く。それに気が付いたネーヴェは箱から手を離すと、毛が汚れるのもお構いなしに食べ始めた。
「ふふっ、かわいい。あとで拭いてあげなくちゃ」
リベラは「いただきます」と両手を合わせると、自身の皿にもミートボールを乗せた。そのやり取りに微笑みながら、ロアはサフィラスにもカトラリーの一式を差し出す。
「はい、どうぞ。こっちがサフィラスちゃんの分よ」
「有り難う。しかしキミは、随分と献身的だね」
「あら、そんなこと言う人にはあげないわよ?」
「……」
「冗談よ。ほらほら、冷めないうちに食べちゃいなさいな」
「いや――」
しかしサフィラスは立ち上がると、剣の握りに手を掛け背後の大樹を見上げる。
「すまない。食事は一時中断だ」
刹那、上空から襲来する黒い影。サフィラスは飛来物を剣で往なすと、真横に跳躍する。
「まさか、単身で来るとはね。報奨金を独占したいが為かな」
「っ、うるさい!」
彼らの視界に映ったのは、三つ編みを両耳の横で丸く束ねた紅髪の若い女だった。彼女は黄金色の瞳を鋭く光らせながら、ブーツで大地を蹴り上げる。そして右手に構えたナイフを豪雨の如く刺突するが、サフィラスは涼しい顔で回避する。
「くっ、この……っ! 犯罪者が、大人しく捕まりなさい! 今なら軽い怪我だけで済ませてあげますから!」
「生憎と、私はまだ成すべき事があるのでね。此処で囚われる訳にはいかないんだ」
「なっ!? 堂々と犯行予告とは――予定変更です。貴方を始末します!」
突然の出来事に、リベラとロアは為す術もなく見守る。
「えっと……ロア、何が起きてるの? あの女の人は誰なんだろう?」
「分からないわ。けど、サフィラスちゃんにだけ明確な敵意を向けているということは……」
二人の会話をよそに、サフィラスに幾度となく振り翳される刃。女の息も上がり始め、彼女は遂に勝負を仕掛ける。
「はあっ、はあ――これでお仕舞いです!」
女はナイフを逆手に持ち替え、疾風の如くサフィラスの背後に回り込む。
「危ない!」
リベラが咄嗟に声を張り上げるも、サフィラスは表情ひとつ変えずに鞘で受け止め、振り向くと女を見据える。
「あ――」
動揺する女の喉元に剣の切っ先を当てると、サフィラスは問い掛ける。
「投降か、討死か。好みの末路を選ぶと良い」
「……分かりました」
手放されたナイフが、芝生に突き刺さった。
ハンカチを使用した急拵えの手枷で女の手首を縛ると、ロアは眉尻を下げる。
「それで? この後どうするの?」
「尋問かな。私は要していないけれど」
「アタシにならあるんじゃないかって? でもねえ……」
レジャーシート上ではリベラと女が身を寄せ合っており、ロアは目を泳がせる。
「ちょっとそういう雰囲気じゃないのよね……アタシには、あの空気を壊せないわ」
サフィラスとロアが対応に考えあぐねていると、やがて女がリベラに口を開く。
「……貴女は何故、白銀の犯罪者と一緒にいるのですか?」
「えっと……サフィラスのこと?」
「はい。あの男は幼女誘拐犯として、国から指名手配されている存在なのです。先日も被害を受けた少女がいるとのことですが……それが、貴女ではないのですか?」
「うん、それは私かも。“生きていくのに必要だ”って、知らない人に襲われたの」
「! では――」
「でもね、お姉さん。サフィラスは、そんなことしてない。助けてくれた方なの。昨日の人とは別の人なんだよ」
「っ、そう言えという指示まで――」
「本当に違うの。 ……信じて」
リベラに手を握られ、女は視線を動かしていく。汚れ一つない衣類に、新品の鳥のぬいぐるみ、細工された手料理。そして最後に佇む二人を観察すると、頭を下げた。
「……団欒中のところを襲撃してしまい、大変申し訳ありませんでした。貴女の仰る通り、犯罪者は別人なのでしょう」
するとロアは、思い詰めた表情で女の前にしゃがみ込む。
「ねえ、質問しても良いかしら」
「はい。何でしょうか」
「アナタ、警察官じゃないでしょ。一般市民でもなさそうだし……国からの仕事なの?」
「それは――っ」
その時、三人の耳には腹鳴が聞こえた。女は顔を真っ赤にすると、咄嗟に顔を伏せる。
「ふふっ、無理に言わなくて良いわ。けど、あと一つだけ聞かせて頂戴」
ロアはリュックを手元に寄せると、女にカトラリーを差し出す。
「アナタも一緒に、ご飯食べない?」




