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魔法使いと禁忌の子  作者: 禄星命
序章 檻杜編
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2話 仕組まれた運命 (中編)

 茂みの中から姿を現したのは、カラスのように黒くツヤのあるローブを身に纏う、ひとりの青年だった。腰まで伸びた白銀の髪は緩く三つ編みで束ね、尖った耳を僅かに見せている。


 少女はホッと胸を撫で下ろすと、紫苑の瞳と視線を合わせる。


「良かった、人喰い魔獣(グィーヴァ)じゃなくって。あの……お兄さんはどこから来たの?」

「私かい? 大陸すら異なる、遥か遠い場所からさ。時にキミは、此処でひとり何をしているんだい?」

「えっとね、マリーとお話してたの。肩に乗ってる、この子のことだよ。森で一番のお友達なんだ」


 先程の警戒心は何処へやら。マイペースに全身の毛繕いをするマリーに、青年はふっと微笑む。


「随分と仲が良いんだね。 ……ならば、なおさら伝えなければいけない事がある」


 すると青年は、先程までの柔らかい物腰とは打って変わった冷ややかな声で告げる。


「今宵この森は、数多の武装した人間に蹂躙されるだろう。故にキミは、陽が沈むよりも早く家路に着くんだ。何が起ころうと、決して明日まで足を踏み入れてはいけないよ。 ……良いかい?」

「う、うん」

「ありがとう、理解が早くて助かるよ。 ――では、私は失礼するよ」


 そう言うと青年はローブについたフードを被り、再び茂みの向こうに姿を消した。



「不思議な人……」


 一瞬の出来事に、少女は暫く立ち尽くす。すると茂みの根元で、何かが輝くのが見えた。


「ん? あれ、何だろう?」


 歩み寄って拾い上げると、その正体は木の実ほどの大きさの蒼い宝石だった。雫を(かたど)るその内部には、うっすらと白い花が浮かび上がっており、傾ける度に様々な表情を見せる。


「わあ、綺麗……! 来た時は無かったし、あのお兄さんの物かな?」


 顔を上げるも、既に人気は無く。少女は暫し宝石とにらめっこをする。


「う〜ん……忘れられたままだとかわいそうだよね。今はわたしが預かっておいて、また会えた時に聞いてみようかな」


 悩んだ末に宝石をハンカチで包むと、ワンピースのポケットに仕舞う。そしていつの間にか居なくなっていたマリーに倣い、少女も家路についた。



 普段より早く帰宅した少女は、二階の寝室で椅子に座りながら、くたびれた絵本を読んでいた。その内容は、«親鳥に虐げられ孤立した小鳥が、心優しい魔法使いに出逢い、自身の生に意味を持たせてもらう»というものだった。


「……いいな。わたしもいつか、このお家から――」


 ポツリと呟き、何気なく窓の向こうの一番星を眺める。すると視界の端に、一瞬橙色(とうしょく)の光が灯った。


「あれ? 今、光が……」


 視線を動かし見つめていると、二つ、三つと次第にその数は増えていった。少女は咄嗟に絵本をベッドに手放し、窓ガラスに貼り付く。


「っ――もしかして」


 青年の言葉を思い出しながら観察していると、橙色(とうしょく)の光はみるみる森を飲み込んでいき、少女は青褪める。


「あれって、炎……!? だめ、このままじゃ森のみんなが――」


 青年の警告が再度脳裏を掠めるも、無意識のうちにケープを羽織り、ポシェットを肩に提げる。


「マリー!」


 そして階段を駆け下りると、脇目も振らずに家を飛び出した。



一方その頃、渦中の青年はというと。大樹の枝にしゃがみ込み、忙しなく徘徊する鎧の男達を見下ろしていた。


「いたか!?」

「いや、こっちにはいない!」

「クソ……コソコソ隠れてないで出てきやがれ!」 


 殺気を帯びた声は木々の合間を絶えず行き交い、青年は溜息を漏らす。


『……想定よりも数が多い。加えて、主君と同様に嗜虐的なのも目に余る。他の生命の為にも、今この場で殲滅してしまおうか』


 鎧の中には、手に持った松明を容赦無く草木に放り投げる者もおり。次第に周囲からは、焦げた臭いと共に黒煙が巻き上がった。しかし彼らは、事も無げに蹂躙を続行する。


「ははっ、いいぞ! どんどん燃やしちまえ!」

「おい見ろ! アイツ、毛に火が燃え移ってるぞ!」

「ギャハハハ、おもしれぇ! すげー苦しんでるじゃん! やっぱ合法的な殺戮はたまんねぇな!」


 逃げ惑う生物達の悲鳴に、鎧は嘲笑い、一層森は混沌としていく。双角を斬り落とそうと牡鹿(オジカ)を追い回す彼らに、青年は腰に佩いた剣のグリップに手を掛けるも、再び左手を樹の幹に置く。


『とはいえ……幾ら雑兵を潰そうと、頂点に立つ支配者を消さねば意味がない。ならば、私が取るべき行動は――』


 青年はローブの裾で口元を覆うと、密かに言葉を紡ぐ。


「――Kram(印せ),Aeraongik(王の駒を)


 すると、青年の手元に半透明の地図が浮かび上がった。森の北側では紅点が点滅しており、指先で拡大すると、紅点はその数を増やす。どうやら一際大きい紅点を中心に、小さな紅点達が列を成しているようだった。


『成程、キミは其処に居るのだね。 ……おや?』


 直後、地図の端には碧点が煌めく。目を見開く青年が胸元に手を当てるも、そこには石座の空いた黒い革紐が、虚しく下がるだけだった。


『……無い。ということは、この点の主はまさか――』


 すると青年は立ち上がり、枝を蹴って空中に身を投げる。


「――Ebot(飛べ)!」


 そうして次々と投擲される槍を躱しながら、接近する二つの点の下へとローブをはためかせた。



 勢いよく森へ向かった少女だったが、まもなく巡回していた鎧の男に捕らえられていた。両手と首には金属製の枷をはめられ、腕を伸ばすこともままならない。枷の根もとに巻かれている麻縄を引かれながら、少女は乱雑に歩行を促される。


「やめて、離して! ひどいよ、どうしてこんなことするの!?」

「うるせえ、いいから大人しくしてろ! 殺されたいのか!?」

「っ……!」


 男は腰に提げた小刀を抜くと、少女の喉元に突きつける。少女が黙ると、男は吐き捨てるように言い放つ。


「ふん……手間かけさせやがって。次に喚いたら、子供といえど容赦しないからな」

「……」


 男は前を向くと、ずかずかと枝を踏み倒していく。その背後、少女はどうにか震える脚を必死に動かしながら、最後に倒木の沈む泉へ振り返る。


『こわい、こわいよ……この人たちが、お兄さんが言ってた“森を荒らす人”なの? だとしたら、神さまどうかお願い……わたしはどうなってもいいから……代わりに、マリーを守って――!』

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