19話 偽りの楽園 (前編)
リュックを背負うロアに案内されたのは、端が見えぬ程に広大な草原だった。青々とした草の上では、健脚をもつ2mは有ろう大型の鳥や、草を喰む長毛の牛達が悠々自適としており、人々は同じ空間の中、一定の距離を保ちながら観察している。ロアは周囲を見渡すと、腕に巻かれた機械を覗く。
「あら? この時間にしては結構混んでるわね」
「いつもはもっと空いてるの?」
「ええ、けど心配しないで。目的の触れ合い広場には確実に入れるよう、予約はしてあるから」
「うん!」
談笑をする二人の姿を、サフィラスは黙々とついて行く。
『……日を追う毎に、当初の目的から遠ざかっている。私は、ヒトと馴れ合う為に郷から下りた訳ではないというのに。何故彼らは頑なに、私から離れようとしないのだろう』
すると遠くの方から、ザワザワと物騒な会話が耳に飛び込んできた。
「何これ? “幼女連続誘拐魔が逃走中、警戒されたし”……だって。あんた知ってる?」
「ああ、例の変態野郎の件だろ? “救助に駆け付けた二人の警察官を容赦無く殺した”って、朝のトップニュースになってたぞ。随分とエグいことするよなあ」
「うわあ、色々とヤバすぎ……絶対、犯人ロクな人生送ってきてないって」
「だな。しかも、無差別ってのがまたタチが悪い。俺んとこの子は、犯人が捕まるまで家から出さないことにしてるが……それもいつまで我慢してくれるか」
「んー。“情報提供者には報酬有”って書いてあるし、少しその辺探してみよっか? ルベール国も全面的に協力してくれるなら、そこそこ貰えそうだし」
「怖いもの知らずだなあ、アンタ……ま、あの国に恩が売れるなら、多少のリスクがあってもリターンの方が大きいしな。もしホントに動くつもりなら、オレも協力するぞ」
声の主らは巨大な薄い機械の前で、十人十色の感想を吐き出す。その様をサフィラスが凝視していると、ロアは突如方向転換し、人通りの少ない脇道へと手招く。
「えっ、と――メインストリートは混んでるし、こっちから行きましょ。帰りに寄るから許して? リベラちゃんも、早く動物ちゃんと触れ合いたいでしょう?」
「? うん」
リベラは首を傾げながらも、ロアについて行く。そして追随するサフィラスのローブを掴むと、クイクイと引いた。
「サフィラスも、一緒にお話ししよう?」
「……そうだね。ではロアに、“偽りの楽園”を朗読してもらおうか。昨日判明したのだけれど、彼は博識でね。きっと、リベラも楽しめるだろう」
サフィラスが視線を送ると、ロアは小さく溜め息を吐く。
「中々の無茶振りをするわね……分かったわ、でも途中で飽きたとかはナシよ?」
ロアの語りを聞きながら、サフィラスは周囲を注視する。彼曰くこの国は、つい十年前まで観光客はおろか、自国民すら碌に居ない状態だったという。故にその存続も危ぶまれていたのだが、ある時国王が“天啓を受けた”と、国土全てを娯楽施設に変貌させる旨を布告した。
国民の声を一切無視した強行策だったのだが、結果として、作戦は見事成功。他国へ流れてい国民は舞い戻り、巨額の外貨をも得るまでに返り咲いたそうだ。パンフレットに載っていた男は、立て直し後に突然現れた人物で、当時人気を博していた外務大臣を引き摺り下ろし、その地位に就いたのだという。
「……以上、“偽りの楽園”でした。どう? リベラちゃんは――」
「わあ、可愛い子がたくさん! みんな触れるのかな?」
ロアが横を向くも、リベラは其処には居らず。柵の前で、ひよひよと鳴く小鳥に釘付けになっていた。
「勿論よ。ちょっと待ってね」
そこでロアは胸元のポケットからチケットを取り出すと、入り口で立っているサロペットを着た女性に声を掛ける。
「御免遊ばせ。この子も入れて貰えるかしら?」
「チケット拝見失礼しまーす! ……はい、大丈夫です! こちらへどうぞー!」
「これでよし。ここは小さい子しか入れなくってね。だからアタシ達は、外から見守っているわ」
「分かった。行ってきます!」
リベラは軽い足取りで門を通り抜けると、早速小鳥と戯れ始めた。それを見届けたロアは柵から離れると、ベンチに腰を落とす。サフィラスも続くと、彼の傍らに立った。
「……まだ難しかったわよね。そりゃそうよ」
「私にとっては良い収穫だったよ。今に至るまでの不可解な点の数々に、大凡合点がいったからね」
「アンタ、最初からソレが目的だったでしょ。まったくもう……警察官に聞かれたら、タダじゃ済まないのよ?」
「心配無用、その時は私が対処するよ」
サフィラスの迷いのない返事に、ロアは声を潜める。
「……聞いても良いかしら、昨日のこと。リベラちゃんを襲った犯人はどうしたの?」
「処分したよ。跡形もなく、ね」
「――」
「けれど、証拠は消していない。他に仲間が居るとしたら、じきに報復しに来るだろうね」
「慣れてるの?そういうの」
「そうだね。だからこそ、彼女とは離別したかった。今は彼女の目に触れない所で為しているけれど、いつ眼前でヒトを手に掛けてしまうか分からないから」
サフィラスの腰に巻かれた剣帯の金具が、陽射しを受けて存在を主張する。
「……しかし、キミも物好きだね。盲点すらも捉え、介入してくるとは。正直なところ、想定外だったよ」
「ふふん、褒め言葉として受け取っておくわ。 ――さて、リベラちゃんがアタシ達を呼んでるわよ。サフィラスちゃんも、とびきりの笑顔で行きましょう?」
ロアは得意気に笑うと、リベラが手を振る柵へと駆ける。サフィラスは背後を一瞥すると、その後に続いた。




