18話 誰が為の選択 (後編)
ドアを開けると、ふわりとパンの焼ける香ばしい香りが鼻を擽った。キッチンを向くとリベラと目が合い、すぐさま彼女が駆け寄って来る。
「サフィラス、おはよう!」
「おはよう、リベラ。今日も調理の手伝いをしているのかい?」
「うん。少しでも、サフィラスが元気になれたら良いなって」
「……それ程、無気力に映るだろうか」
「えっと……うん。それに何だか、難しいことを考えてるようにも見えるよ」
「――」
視線を落とすと、エプロン姿の彼女の手には、動物の型抜きが握られていた。するとサフィラスは一歩下がり、空笑いで応える。
「有り難う。けれど、私の事はこれ以上気に掛ける必要はないよ」
「え――それって、どういう……」
「さあ、お行き。ロアが待っているよ」
「……うん」
声を震わせるリベラの先を見据え、サフィラスは彼女をキッチンへと促した。
そして朝食は重苦しい空気のまま終わり、サフィラスはいよいよ話を切り出す。
「さて、リベラ。キミに伝えたいことがある。聞いてもらえるかな」
「……うん」
リベラが自身の袖を握ると、隣に座るロアが徐にその上へ手を重ねる。
「リベラちゃん。アタシも一緒に聞くから大丈夫よ」
その光景を暫し見つめた後、サフィラスは言葉を紡ぐ。
「……唐突で申し訳ないけれど、リベラとは此処で離別したい」
「どうして?」
「簡単な話さ。私は、幼子のキミにはそぐわない。 ……短期間で何度、キミに精神的な苦痛を与えてしまったことか。それも全て、私が余りにヒトを忌避するが故の結果だ。 ――よって私は、ロアとひとつの誓約を交わした。“リベラの意思を確かめ、返答次第では、今後の保護は一切彼が担う”という旨で」
俯き肩を震わせるリベラに、サフィラスは淡々と問い掛ける。
「だから、教えて欲しい。此処に残るか否か、その本心を」
「……サフィラスのばか!」
「え――」
「洞窟にいた時に言ってくれた言葉は、嘘だったの?」
目を丸くするサフィラスに、リベラは頬を膨らませて言葉をぶつける。
「私、今までに“いや”とか“つらい”とか、言ったことある?」
「それは……」
「一回でも、サフィラスのせいにしたことある?」
「……いや、無いね」
「うん。どっちも無いの」
するとリベラは、凛とした表情でサフィラスと向き合う。
「……あのね。私、サフィラスと会うまでは、ずっとお家で一人ぼっちで。でもどこにも行けなくて、毎日同じことをして過ごしてたの。森をお散歩することすら、本当は許されてなくって。それでも私は“いつかきっと、絵本のお話みたいに何かが起きるんだ”って信じて、内緒でお出かけしてたの」
「……」
「そしてあの日、サフィラスと会って。今はこんな風に――色んな人とお話しして、ネーヴェと一緒に美味しいものを食べたり、綺麗な景色を沢山見てる。サフィラスには上手く伝わってないかもしれないけど、今の私は“明日はどんな思い出が作れるかな”って思うくらい、毎日がすごく楽しいんだよ。怖い人と会った時もあったけど、それに負けないくらい、サフィラスから素敵なものを沢山貰ってるんだよ」
「リベラ……」
「だから、置いていかないで……」
消え入りそうな、悲痛な叫び。サフィラスは立ち上がると、リベラの足下で跪く。
「……すまない。私の行いは、かえってキミを傷付けていたようだ。よって、先の発言は撤回する。リベラが望むのであれば、私は責任を持って、共に旅を続けよう」
「……本当に?」
「勿論。二言は無いよ、もう二度と」
するとリベラは小指を立たせ、サフィラスの手に触れる。
「リベラ、これは一体?」
「約束の時にする、おまじない。これをするとね、約束が絶対に叶うんだって」
「成程。 ……こう、だろうか」
「うん!」
サフィラスも小指を伸ばすと、リベラは指を絡める。そしてそのまま軽く上下に揺らされ解かれると、サフィラスは彼女の隣に腰を落とした。すると今度はロアが立ち上がり、二人の前に立つ。
「うんうん、仲直り出来て良かった。 ……よし、決めた! アタシも一緒について行くわ!」
「ロアも来てくれるの?」
喜ぶリベラの一方で、サフィラスは神妙な面持ちで尋ねる。
「けれどキミは、此処で多くのモノを抱えているのでは?」
「ええ、でも心配無用よ。家もお客さんも全部、いつ発っても良いように準備してあるから。 ……それに、少し気になることがあって。ここに残りたい気分じゃないの」
「そうか、昨日の――」
「まあまあ、その話は後にしましょ。それよりリベラちゃん。今日はどこで遊びたいかしら?」
怪訝そうなサフィラスを躱し、ロアはテーブルに地図を広げる。リベラは前のめりになり目を走らせると、やがて頭を傾けた。
「うーん……ロアはどこが好き?」
「そうねぇ。アタシとしては、ここがオススメよ。色んな動物と触れ合えるエリアなんだけど、リベラちゃんはアレルギーとか無いかしら?」
「うん、大丈夫!」
「決まりね! 急いで準備してくるわ!」
颯爽と隣の部屋に消えるロアの背を見送ると、サフィラスは眉を下げて微笑む。
「想定外だよ。まさか、彼も同行を願い出るとはね」
「サフィラスは嫌?」
「何方とも。とは言え、彼が居れば今後も事行く可能性が高い。何よりリベラが望むのであれば、断る理由も無いよ」




