17話 誰が為の選択 (前編)
一つだけ置かれた小さな皿には、木の実の殻と千切れた葉っぱが入っている。その傍らでは、ネーヴェが殻を齧って遊んでいた。
「リベラちゃん、簡単なお料理は昔からやってたらしくてね。すっごくキレイに、飾り切りや盛り付けをしてくれたのよ。ほら、見て?」
ロアがキッチンから運んで来たのは、湯気が立ち上る大きな鍋だった。とろみのついた乳白色のスープからは、星やハート型を象った色取り取りの野菜が、ひょこひょこと顔を覗かせている。リベラは頷くと、もじもじと指を動かす。
「うん。けど、少し失敗しちゃったのもあるから……」
するとサフィラスは、リベラに向けて鍋を指す。
「先に手を付けても良いかい?」
「う、うん」
サフィラスがレードルでスープを掬うと、歪な芋が現れた。橙色の動物は所々欠けており、リベラは気まずそうに俯く。しかしサフィラスは構わず口に運ぶと、静かに微笑んだ。
「うん、美味しいよ。見た目に関しても、食べてしまうのが勿体ないくらい可愛らしい」
「良かった……!」
リベラは胸を撫で下ろすと、手元の器に鍋の中身をよそっていく。そしてひと口食べると、満面の笑みを浮かべた。すると、ロアが目を細める。
「ふふっ、まるで兄妹みたいね」
「……そうだろうか。キミの方が余程、家族の素質を備えていると思うよ」
「あら、ホント? なら後は、パートナーを見つけるだけね!」
「おや、伴侶は居ないのかい? ならば、その件で相談があるのだけれど」
「げほっ、げほ――えっ!? 急に何!?」
「実は――」
しかしロアに交渉を持ちかけようとした瞬間、リベラと視線がぶつかる。サフィラスは言葉を詰まらせると、やがて首を横に振った。
「……いや。頃合いを見て、改めて話をさせてもらうよ」
「も、もう! お見合いでも申し込まれるのかと思ったわよ!」
ロアは大袈裟に戯けると、スプーンの先を器に沈める。そうして、食事の場は平穏に過ぎていった。
そして少しの時間が過ぎた頃。ソファーに座るサフィラスは、リベラが浴室を借りている間に口火を切る。
「ロア。先程の話の続きなのだけれど」
「“リベラちゃんを預かってくれ”、なんていうお願いだったら却下よ」
「……何故それを?」
「あの子から聞いたのよ。アナタとどういう関係で、どうして一緒にいるのか。そして、アナタが魔法を使えるってことも。半信半疑だったけど、待ち伏せしておいて良かったわ」
ロアはサフィラスの真正面に腰掛けると、揺らぐ紫苑の瞳を見つめる。
「驚いたわ。まさか、何十年も前に滅んだ種族が実在していただなんて」
「――」
「昔、歴史資料を漁っていた頃があってね。その時見かけた一冊に、こう書かれていたの。“白銀の髪と紫苑の瞳を持つ、長命の種族。彼らは不思議な力を操り、生物の魂を意のままに宝石に閉じ込める。 ――その名も、魂晶師”と」
「……随分と、大仰に書き記されているんだね」
「そんな事ないと思うわよ。だって、さっきアナタがやってみせた空からの帰還、今の人間には出来やしないんだから。もしかしたらアレを書いた人も、畏怖を籠めていたのかもね」
「ならば、尚更納得がいかない。其処まで知っているのにも拘わらず、何故拒否するんだい?」
するとロアは不満気な顔をし、サフィラスの額を指で軽く弾く。
「一方的に引き離そうとしているからよ。リベラちゃんの気持ちは聞いたの?」
「問わずとも分かるよ。 ……この短期間で、私は彼女に負荷をかけ過ぎた。兵士らから詰問を受けさせ、眼前で人喰い魔獣を殺して。そして先程、悪漢の餌食とさせてしまった。表面上は笑顔を取り繕っているけれど、心の底では、一刻も早い解放を待ち望んでいるだろう」
「〜〜っ、もう! じゃあ、こうしましょ。明日の朝、タイミングを見計らってリベラちゃんに聞くの。あの子が“ここに残りたい”って答えたら、アタシが責任を取るわ。 ――けど、“一緒に居たい”っていう答えが返ってきたら。その時は、腹括りなさいよ」
「……約束するよ」
「ふふ、交渉成立ね?」
サフィラスが頷くと、ロアは静かに笑みを浮かべた。
そして迎えた朝は、サフィラスの心境を逆撫でする程清々しかった。彼はカーテンを引いて陽の光を遮るると、シワひとつない寝間着をベッドの隅に置く。
『……このまま姿を消してしまおうか。今ならば、背後から術を掛けることも可能だろう』
扉の向こうからは二人の談笑が聞こえ、彼の脳裏には邪念が横切る。
『……いや、それは禁じ手か。きちんと向き合い、別れを告げなければ』
サフィラスは髪を革紐で結うと、ドアノブに手を掛けた。




