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魔法使いと禁忌の子  作者: 禄星命
第一章 イルミス国編
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16話 秘密めく麗人 (後編)

 サフィラスが窓の向こうへと足を踏み入れると、ロアは大慌てで後を追いかける。


「えっ、ちょっと! どこに行くつもり!? ここは30階よ!?」


 しかしサフィラスは振り返ることもなく、小さく言葉を紡ぐ。


「――Ebot(飛べ)


 そしてそのままバルコニーから飛び降りた彼に、ロアはフェンスから身を乗り出す。しかし其処に彼の姿は無く、ロアはへなへなと座り込んだ。


「あ、あ――ど、どうしましょ……アタシ、アタシ――」


 リベラはポシェットの中のネーヴェと共に駆けつけると、項垂れるロアの隣にしゃがむ。


「ロア、大丈夫?」

「え、ええ。アタシは平気よ。けど、サフィラスちゃんが……」

「うん……少し様子が変だったし、何かあったのかな」

「それについては心当たりはあるわ。 ……けど、こうも簡単に身投げしちゃうだなんて! リベラちゃんはここで待ってて。アタシは今すぐ下におりて確認を――」


 立ち上がろうとするロアだったが、リベラはそれを両手で引き止める。


「大丈夫。サフィラスなら、大丈夫だよ」

「……リベラちゃん、何か知ってるの?」

「うん。あの人はね、魔法が使えるんだ」


 リベラはそう言うと、ふわりと笑んだ。



 陽は傾き、人々の往来も(まば)らになった頃。サフィラスは独り森林公園に降り立ち、樹洞から見える景色を眺めていた。見上げれば、群れを成して巣へ帰る小鳥たち。見下ろせば、子を背に駆ける動物の親たち。何方(どちら)も各々の世界の中で懸命に生を謳歌しており、サフィラスは静かに目を伏せる。


「……彼らには、申し訳ないことをしたかな」


 けれど、これで良かったのだ。下手に情けを掛けられるより、見放された方が好都合だ。そうすれば、結果として彼女とは離別できる。そして私はヒトを仇討つモノとして、生を終えることが出来るのだから。


『そもそも私は、何故彼女を助けたのだろう。見捨てて()を討つことも可能だった筈だ』


 ここでふと、旅の発端となった夜を振り返る。脳内に映し出されるのは、無害であろう一人の少女にも、容赦無く振り翳す権力の(つるぎ)。十八年の歳月を経ても、衰えを見せない支配への執心。鮮烈に記憶に刻まれた、燃えるような紅色の瞳。


「そうか。あの光景が――」


 脳を埋め尽くす男への憎悪に、サフィラスは手を強く握り締める。やがて息を吐くと、胸元の宝石を持ち上げて呟く。


「……安心して。必ず、復讐を果たしてみせるよ。だからどうか、成就の時を此処で見届けておくれ」


 彼の言葉に、宝石の中に咲く花は静かに揺らいだ。



 夜風が頬を撫でる頃。ようやく冷静さを取り戻したサフィラスは、二人の居る建物へと歩みを進めていた。しかしその足取りは重く、すれ違う人の視線が突き刺さる。


『さて、どうしたものか……』


 だがそれでも彼は構うことなく、今後取るべき行動について模索していた。


『私の復讐に、彼女が居ては厄介だ。けれど先日の発言から推測するに、彼女には身寄りがない。よって、新規に保護者たり得る者を探し出す必要があるが、私にはあてがない。 ……一層のこと、術を用いて強引に生み出してしまおうか』


 リベラを託すに相応しい人物像を思い描いていると、ロアの顔が浮かび上がる。


『いや――そうか、彼なら』


 未だ本性を暴けていないが、それを差し引いても余り有る、財力及び器量という長所。何より、彼とは出会って間もないのにも関わらず、リベラはすっかり打ち解けている。


『彼に家族が有れば諦める他ないが……戻り次第、打診してみよう』

「――Ebot(飛べ)


 サフィラスは言葉を紡ぐと、夜空を蹴り上げた。



 そして少しばかりの罪悪感を胸に、サフィラスはバルコニーに降り立つ。すると、窓の開閉音と共に二人が駆け寄ってきた。


「お帰りなさい!」


 普段と変わらぬ無邪気な笑顔のリベラは、何故か可愛らしいフリルのエプロンを着けていた。次いで視線を動かすと、同じくシンプルなエプロンを着けたロアが、微笑みながら手招く仕草を見せる。


「お帰りなさい。リベラちゃんと夜ご飯を作ったから、冷めないうちに一緒に食べましょ?」

「……驚いた。まさか、出迎えられるとはね」


 サフィラスが目を伏せると、リベラはその先に立って顔を上げた。そして続けざまにロアは彼の手を取ると、室内へと誘導する。


「さ、そんな所でいじけてないで。まだ夜は冷えるんだから、風邪引いちゃうわよ?」


 ロアの首元から顔を見せるネーヴェは、横切った夜風に潜り込んだ。


「キミは――いや、そうだね。有り難く御相伴に与ろう」


 二人に促されるままに、サフィラスは窓を通り抜ける。暖かなテーブルの上には、三人と一匹分の食器が並べられていた。

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