14話 秘密めく麗人 (前編)
「サフィラス、大丈夫かな……」
「そうね……もう少し待っても戻って来なかったら、アタシが様子を見に行くわ」
無事建物から脱出したリベラは、裏口で青年と合流を果たしていた。賑やかな声が遠くに聞こえる中、青年は曇った表情のリベラに寄り添い、周囲の様子を窺う。
『まさか、建物丸ごと誘拐犯の巣窟だったなんて……』
手元のパンフレットに書かれた“女の子に大人気、カワイイグッズが盛りだくさん!”という売り文句に、青年は眉を顰める。
『こうやって、お店に来た子を物色していたのね……けど、おかしいわ。国中に防犯システムは張り巡らされているのに。どうして警邏官は、この店を摘発しないのかしら。 ――もしかして』
ふと過ぎる悪い予感に、青年は首を横に振る。
『っ、ダメダメ! まだそうと決まったワケじゃないもの。今は取り敢えず、リベラちゃんのフォローを――』
「サフィラス!」
リベラの声に振り向くと、涼しい顔をしたサフィラスが姿を現していた。リベラは真っ先に駆け寄ると、サフィラスに抱きつく。
「良かった……全然帰ってこないから、心配してたんだよ?」
「すまない、少々手こずっていてね。 ――さて、このまま留まっていては面倒だ。ロア、案内を頼めるかな」
「え、ええ。こっちよ、ついて来て頂戴」
ロアと呼ばれた青年は頷くと、生け垣の迷路を先導する。やがて数歩下がると、サフィラスに耳打ちをした。
「……後で、何があったか聞かせてよね」
サフィラスが目配せをすると、ロアは再び先頭に立った。
辿り着いた先には、梅重色の瓦が十万枚は使用されているであろう、極大の建物が大きく口を開けていた。その奥には白い花々が空間を彩っており、その根元では薔薇色のドレスを着た女性が、たおやかに楽器を奏でている。
しかしロアはそれらを気にも留めずに突き進むと、カウンターに佇むスーツ姿の男性に声を掛ける。
「戻ったわ」
「おかえりなさいませ。では、こちらのカードキーをお返しいたします」
「ありがと。そうそう、今日の夕食以降の食材なんだけど。当分、三人前用意して貰えるかしら。それと、後ろの二人の着替えもお願いするわ」
「かしこまりました。では、後ほど合わせてお届けに伺います」
「ええ。いつも助かるわ」
男性はサフィラスとリベラをそれぞれ一瞥すると、迅速にペンを走らせる。そしてロアに向き直ると、胸に手を当て一礼した。ロアも会釈をすると、再び通路に立つ。
「じゃ、二人とも行きましょ」
そしてカウンターに沿って突き進み、透明な四角い箱の前で立ち止まった。その奇妙な外観に、サフィラスはロアに問い掛ける。
「これは?」
「自己選択式輸送装置って言って、自分が設定した目的地まで、自動で送ってくれる機械なの。大丈夫、乗っても怪我はしないし、事故も起きないわ」
ロアは先行して内部へ入ると、壁の窪みにカードキーを翳す。すると、何処からともなく声が響いた。
「ロア様、おかえりなさいませ。本日はお客様がお見えになると伺いました。従いまして、心ばかりではありますが、アロマ機能及びミュージック機能をご提供させていただきます。目的地到着までどうぞごゆっくり、上質なひと時をご堪能ください」
その無機質な声に、リベラは胸元を押さえながら息を吐く。
「び、びっくりした……」
「あら――ごめんなさいね。AIはどうも、その辺の配慮が苦手みたいで。アタシもよく驚かされるわ」
「えーあい? って、何?」
「この子のことよ。機械だけど、ある程度のことは自分で考えて行動する作りになってるの」
「そうなんだ……? よく分かんないけど……よろしくね、えーあいさん!」
リベラが箱の側面を撫でると、僅かに箱内部の温度が上昇する。その様子にロアは微笑むと、再び窪みに触れた。
「二人は慣れていないでしょうし、もし具合が悪くなったりしたら、遠慮なく教えて頂戴ね」
ロアの合図にふわりと浮かび上がった箱は、一本の光の線を辿ると建物の外へ抜け、外壁を優雅に飛んでいく。箱の向こうには夕陽に照らされる市街が見られ、リベラは瞬きを惜しんで見入っていた。
やがて箱は再び建物の中へ入り、一枚のドアの前で三人を降ろすと、ゆっくりと来た道を引き返して行った。ソレを見送ったロアはドアノブを引くと、サフィラス達に道を譲る。
「二人とも、お疲れ様。さ、入って入って」
「お邪魔します」
リベラは直ぐに玄関に備えられたスリッパに足を通すが、サフィラスは腕組みをしたまま懐疑心を露わにする。するとロアは、わざとらしく悲しげな顔を見せた。
「あら、アタシ疑われてる? ヒドイわ、今更騙すようなマネはしないわよ〜」
「……それもそうだね。失礼するよ」
リベラに続いてサフィラスも足を踏み入れると、ロアはドアにカードキーを差し込んだ。
室内は広く、白を基調とした空間の先には大きな窓が、カーテン越しにうっすらと見えた。一方壁際の棚には装飾品が色ごとに並べられており、虹のように配置されている。そのどれもが小粒の宝石をつけており、サフィラスが無言で見つめていると、背後からロアの声が聞こえてくる。
「ふふっ、気になるかしら?」
「……いや、別に。それより此処が、キミの言う“安全地帯”なのかい?」
「そうよ。流石に個人宅には監視の目はないから。 ……さて、と。お近付きのしるしに、お茶でも用意するわ。少し待ってて頂戴」
リベラはケープを脱ぐと、ベージュ色のソファーに座る。サフィラスは暫し躊躇いを見せたが、観念して麻袋を下ろし、リベラの隣に腰掛けた。するとロアは、振り向きざまにトントンと自身の目元を示す。
「アナタも、その堅苦しい仮面を取ったら?」
「……これで満足かい?」
サフィラスは渋々仮面を外し、ローブの内側に仕舞う。するとロアは、大きく頷いた。
「折角の綺麗なお顔なんですもの。人目がない時くらい、解放してあげなくちゃね。ところでリベラちゃんは、どんなお菓子が好きかしら?」




