13話 蠱惑の国 (後編)
その頃リベラは、薄汚い服を着た坊主頭の二人組に連れ去られ、埃臭い部屋で椅子に拘束されていた。化粧室を借りようと店員に案内を頼んだが、その先で待ち構えていたのがこの男達。抵抗も虚しく麻袋を被せられ、今に至る。
『ここはどこ? 私はこれから、どうなっちゃうの?』
やがて視界と口の自由を奪われたリベラは、恐怖を堪えながら、静かに耳をすませる。すると前の方から、ゴトゴトと何かを引き摺る音が聞こえた。そして腰掛ける声と共に、男達は会話を始める。
「それにしても、意外と簡単に隙を作ったな。もっと手こずるかと思っていたんだが」
「ああ。まあ、白昼に堂々と大金を出すくらいだ。世間知らずのボンボンなんだろうよ」
男は吐き捨てるように言うと、暫く沈黙する。その空気の重さにリベラが息を呑むと、不意にケープを軽く持ち上げられた。
「……しかし、随分と高そうな服を着てるな。これ、どこのブランドだ? アニキ、分かるか?」
「そうだな……刺繍は無いが、繊細な色合いで染められた上等な生地。そうなると候補は三つに絞られる。女児服で人気なブランドは限られているからな。そこから更に特定するには、縫い糸を――」
「お、おう。ともかく、イイもんに間違いないってことだな。 ……よし、汚れもほとんどない。コレも併せて売れば、なかなかの額になりそうだな」
「む、んむー!」
その一言を聞き、リベラは反抗の声を上げる。すると男は舌打ちをし、リベラの目隠しと噛ませ布を外した。
「けほっ、けほ……この服は、お母さんから貰った大事な服なの! それ以上触らないで!」
「おーおー、随分と勇ましいこって。けどな、嬢ちゃん。嬢ちゃんと服をどうするかは、もうこっちが握ってんだよ」
佇む痩せぎすの男は口角を上げると、リベラに別の布を咥えさせる。
「んむー!」
噛まされた布からは悪臭が放たれ、リベラは涙ぐむ。すると今度は小太りの男が、恍惚とした表情でリベラを見下ろした。
「うっ、良い……! 良いぞ、その顔! もっと見せろ!」
「……あーあ、いつものシュミが始まっちまった。悪いな、嬢ちゃん。オレらも生き抜くのに必死なんだ」
痩せぎすの男は引き下がると、傍の木箱へ腰掛ける。一方で小太りの男は舌舐めずりをしながら、リベラの髪に手を伸ばす。そして慣れた手付きで、五本の指一本一本に絡ませた。
「ああ――最高だ! この指を通り抜ける、無垢でしなやかな感触! そして肌も、一切の穢れがなくきめ細かい! 今まで散々吟味を繰り返してきたが、お前のような美しい少女は初めて見た!」
「んんー!」
精一杯顔を背けるも、小太りの男に顎を片手で固定される。
「そうだ、今からでも遅くない。お前は俺が買い取る。そして手塩に掛けて、理想通りの女にしてやる!」
ゆっくりと近付いてくる目を血走らせた男に、リベラは強く瞼を閉じる。そして鼻息を間近に受けた直後、鈍い音が耳に届いた。
「へぶっ!?」
間もなく小太りの男の声は遠くに飛んでいき、壁に衝突した音が聞こえる。
「アニキ! クソっ、よくも――」
痩せぎすの男の声は焦燥の色を帯びたが、何かが折れる音と共に消えた。やがて静まり返った部屋には、足音が響き渡る。
「……遅くなってすまない。直ぐに外すよ」
口元を解放されたリベラが恐る恐る瞼を開くと、悲痛な面持ちをしたサフィラスと目が合った。
「何もされなかったかい?」
「えっと……ううん、大丈夫。それより、あの人たちは?」
「伸しておいた。そしてこれより、彼らを捕縛し然るべき場所へと運ぶ作業を開始する。さあ、彼らが起き上がる前に、この場を離れるんだ」
「う、うん」
リベラは頷くと、階段を駆け上がっていく。やがて扉が閉まる音が聞こえた後、サフィラスは床に転がる小太りの男の前でしゃがみ込んだ。
「さて……」
泡を吹いている男を一瞥すると、その胸元に宝石を置いて立ち上がる。
「――Oyluos,Nestsol」
そして淡く輝き始めた宝石を、鞘から引き抜いた剣で男諸共突き刺す。その衝撃に男は目覚め、自身の胸元から溢れる血を必死に押さえる。
「がっ!? あ、たす……け――」
亀裂の入った宝石は禍々しい光を放ち、男の逝去と同時に石塊へと化した。その最期を見下ろした後、サフィラスは次の標的を視線で射抜く。
「……次は、キミの番だよ」
「ひっ――イヤだ! 見逃してくれ!」
「何故?」
「お、オレは何もしていない! あのガキにも触ってない!」
鼻血を流す痩せぎすの男は、壁際へ後退りをしながら、弁明を続ける。
「もうこんな事はしない! 足を洗って、マトモな人間になる! だから――」
「戯言は、右手のナイフを手放してからすることだ」
「あ、ああ……違う! 違うんだ! これは――がっ!?」
サフィラスは男の胸ぐらを掴むと、壁に打ち付けて宝石を咥えさせる。
「ひゃ、ひゃめふぇふえ……!」
「――Oyluos,Nestsol」
淡く輝き始めた宝石に、男は顔を濡らして懇願する。しかしサフィラスは躊躇うことなく剣を男の口腔に突き刺し、その生を絶った。




