12話 蠱惑の国 (中編)
やがて食事を終えた二人と一匹は、柔らかな茶葉の香りに包まれながら、感想を伝え合う。
「美味しかった……! それに、このお茶もすごく良い匂い!」
「そうだね。いずれも繊細な味わいで、客足が絶えないのも頷けるよ」
ネーヴェも満足気に伸びをしており、一向は暫しの休息をとる。そこでふと、リベラはサフィラスに疑問を投げ掛ける。
「そういえば、お金って……」
「案ずることはないよ。旅立つ際に、故郷から調達してある」
そう言うとサフィラスは、腰に提げていた袋をテーブルに置き、結び目を解いた。中には金貨が隙間なく詰め込まれており、リベラは眩さに目を細める。
「これがヒトの価値にして、どの程度かは分からないけれど。先日の男――森を燃やした彼が身に着けていたことから推測するに、相応の額には値しているだろう」
「あの怖いおじさんって、そんなに偉い人なの? ……サフィラスは、あの人のことを知ってるの?」
「それは――」
するとサフィラスの背後から、秋晴れのように柔らかな声が降り掛かる。
「あらあら。そんなに沢山のお金、いつまでも出しておかない方が良いわよ?」
サフィラスが振り向いた先に佇んでいたのは、紺鼠のクセ髪をもち、ベージュ色のカーディガンを羽織る細身の青年だった。真っ直ぐに向けられる翡翠色の瞳に、サフィラスは金貨の袋を再び腰に提げる。
「……ご忠告、痛み入るよ。さあ、リベラ。次の目的地へ移動しよう」
「う、うん」
リベラはネーヴェをポシェットに仕舞うと、席を立つ。サフィラスも立ち上がると風船を付けた麻袋を背負い、伝票を手にして足速にキャッシャーの下へと向かった。
「あっ、ちょっと! アンタ達に聞きたいことが――」
「これで足りるだろうか」
青年の声を無視してサフィラスが金貨一枚をカルトンに置くと、ウェイトレスは驚愕の表情を浮べる。
「……えっ!? あ、いえ! えーと……お釣りをご用意いたしますので、少々お待ちいただけますか?」
「それには及ばない。余剰分は、キミが受け取っておくれ。 ――では、ご馳走さま」
サフィラスはウェイトレスに会釈をすると、リベラの手を引いてその場を立ち去った。残された青年は小さく溜め息を吐くと、ポツリと呟く。
「……良いわ。そっちがその気なら、アタシにだって考えがあるんだから」
そして狼狽えるキャッシャーに駆け寄ると、微笑みながら事情を説明する。
「ごめんなさいね、少し良いかしら」
「は、はい。いかがなさいましたか?」
「あの二人、アタシの知り合いなの。ソレ、預かっても良いかしら?」
二人はカフェとは正反対に位置する、アトラクションエリアを訪れていた。そこでは柱を周回する幻獣に跨がる子供達や、絨毯で滑空する大人が、しばしば歓声を上げていた。どのアトラクションも客が長蛇の列を成しており、みな雑談や、手にした板で遊びながら時間を潰している。
「あの人、悪い人だったのかな?」
「……」
何度も来た道を振り返るリベラを他所に、サフィラスは思案に耽る。
『この仮面を着けてなお、視野に入るとは……彼は、余程の観察眼の持ち主なのだろうか』
「ねえ、サフィラス」
「何だい?」
不意にローブの裾を掴まれ下を見ると、リベラが小声で訴え掛けてきた。
「その……お手洗いに行ってきても良い?」
「分かった。此処で待機しているよ」
リベラが小走りで建物の奥へ姿を消すと、サフィラスは近くのベンチに腰を落とし、空を見上げる。
『把握し難いことと言えば、彼女への接し方。流れに身を任せ旅の同行を請け負ったものの、如何に対応すべきなのか判然としない』
自身の経験則の乏しさに眉を顰めていると、肩に手を置かれる。
「っ、疲れた……ようやく、見つけたわ……!」
「キミは、先程の――」
視界に映ったのは、カフェで振り解いた筈の青年だった。青年は肩で息をしながらサフィラスの隣に座り込むと、徐に封筒を差し出す。
「コレ、忘れ物よ。お店の人、困ってたんだからね?」
「チップとして、渡したつもりなのだけれど」
「額がデカすぎるのよ……あの子のお給料のニヶ月分はあるわ」
「成程。過剰な謝礼は、かえって無作法ということだね。二度に渡る指導、感謝するよ」
「アンタねえ……」
青年は額に手を当てるも、直ぐに慌てた様子で周囲を見渡す。
「……ちょっと、あの子は?」
「席を外しているけれど、何か問題でも?」
「大アリよ!」
すると青年は、小声で説明をし始める。
「この国、最近誘拐魔が出没しているのよ。しかも、狙われたのは小さな女の子ばかり。 ……あの子も目を離していたら、いつ狙われるか分かったもんじゃないわ」
真剣な面持ちの青年に、サフィラスは眼前の建物へと向かう。しかしその先にリベラの姿は無く、困惑する店員が居るだけだった。




