ふたりは主従?それともカップル?
”彼女をリリースしたら強く可憐になって僕のところへ帰ってきた”の後日談的なものです。
該当作を読んだあとの方が楽しめるかと思います。
彼女をリリースしたら強く可憐になって僕のところへ帰ってきた
https://ncode.syosetu.com/n3814gy/
「ねえツナグ。まだ着かないの?」
そう言ってタマキは僕をキッと睨んだ。
「ええ」
「先程から”ええ”ばかりではありませんの。駅にも止まらないようですし、本当に大丈夫ですの?」
ということは、タマキはこの路線に乗るのははじめてかな?
「大丈夫ですよ、タマキさん。快速電車ですしもともとこの路線は駅が少ないのです」
「ふーん……、わたくしは車移動が多くあまり電車は利用しないので知りませんでしたわ」
「そうでしたね」
「それにしても間隔が長過ぎませんこと?わたくし、疲れましてよ……」
「座ったらいかがですか?と何度もお聞きしたはずですが?」
「わたくしの今の姿を見て座れと、言うのですか?ツナグは」
そう言ってタマキは自分の服を見た。と次の瞬間そろそろ到着するぞ、というアナウンスが流れた。そこで僕はタマキの腰に手を回し衝撃に備えた。
「……、ツナグ。自然に女の子の腰に手を回すのはいかがなことかと思いますわよ。もしかして、いろんな女の子にそんなことを……うぐっ!?」
「口を閉じてください。舌をかみますよ」
僕はそう言って空いた左手の指を彼女の唇へつけた。
彼女が口を開こうともごもごするのを必死に抑えていると車両が急停車し彼女の全体重が僕の右腕に乗ってくる。この路線ってなんでこんなに急停車なんだろうか。
「くぅ……!」
顔が熱くなるのを感じる。彼女、結構重量あるんだよなあ。鍛えているのもあるし服が……。
「……、いつまで触れていますの?もう扉が開きましてよ?」
タマキのその言葉で僕は我に返った。扉が開きますのアナウンス……、流れたっけ?
「行きますわよ。ツナグ」
彼女はそう言うとヒールを鳴らしながら車両から降りた。そして、左へ曲がった。
「タ、タマキさん!右です!右!そちらではありません!」
「はじめてなのだから、あなたがエスコートしてくださらねばならないところですわよ」
立ち止まったタマキは右手を僕に差し出し言った。
「ええ、解っております。タマキさん」
僕が手を取りゆっくりホームを歩いているとタマキはキリッとした表情を一瞬だけ緩め「ツナグくん。気がついてた?一緒に乗ってた3人組。私たちがカップルか主従関係かで話をしてた」ひと呼吸でそう囁くと、元の顔に戻った。
「え?本当に?」
「本当よ。わたくしが嘘を言ったことあって?」
「ある」
「いや、あれは、必要な嘘だって、そうよね?そうよね!?」
「タマキさん、キャラが崩れていますよ」
「うっ……!女性は必要な嘘は容赦なくつくものですわ!」
「ふっ……」
「ふふふ……」
僕らは笑い合いながらゆっくりと駅から出た。
でも、なんで主従関係?僕らは普通にカップルなんだけど……。
*
「ねえツナグ!まだ着かないのかしらっ!」
女性の方がそう言って男性の方を睨む。
イライラしているのがよく判る声のトーンだった。
「ええ」
男性の方はそれに慣れているのか冷ややかなトーンで返事をした。
「先程から”ええ”ばかりではありませんの!駅にも止まらないようですし、本当に大丈夫ですの!?」
男性と女性は言い合いをしながらもずっと同じ場所に立ち続けていた。
ねえ、ミヨっち、べッちゃん!あの人たち!
なに?けーちゃん。
あの人たちってどこかのお金持ちかなあ?
うわっ!すっごいカッコ……、あの人も、執事っぽい……。べッちゃん!顔上げて!すごいの見えるから!
なーにー、あたし、眠くて……。
目が醒めるから!まじで!
あーに?って!うわっ!なにあれ!本物!?
わたしもそう思ってつねってみたけど痛かったよ……。
うわー、マジモンのお嬢様ドレス……。
あんなカッコで電車によく乗ろうと思ったね……。
男の人の方も顔は平凡だけど格好がやばいね。
まじで執事っぽい格好……。
で、わたしあのふたり主従だと思うんだけど……。
ちょっとまって!腰っ!腰に手を回したよ!自然に!
うわっ!手で口を抑えて……!
うっ!鼻血出そう……!
あ゛た゛し゛も゛……。
うっわー、歩き方もお嬢様だ……。
手っ!手の取り方っ!
あぁ!行ってしまった……!
はー、って……。あれ?わたしたちもあそこで降りるはずだったはずじゃ?
3人が正気に戻ったのはすでに車両が出発して2,3分後のことだった。当電車は終点まで止まりません、とアナウンスが流れ3人はうなだれた。
ツナグは気がついていなかった。彼の服装がタマキに誘導されていたことに。彼女の服装が明らかにおかしかったことに。
タマキの服装はドレス。もちろん動きやすさを優先したものだが。
一方、ツナグの服装は燕尾服。こちらも動きやすく余裕を持った作りになっている。
恋は盲目、というよりもタマキの誘導がうますぎるのだ。タマキは生きるために、と言うよりも再びツナグと会うために自分を磨いた。その結果が擬似お嬢様である。
ふたりが向かうのは役所。夫婦になるために必要な届けを取りにゆくだけだ。それだけのことなのにタマキは舞い上がった。その結果がこれである。
余談だが普段着の彼らも周りからはカップル?主従?と疑問に思われていたりいなかったりするようだ。