銀河悪役令嬢物語
休筆が長かった私の為のリハビリの短編です。
よろしく。
【序】
かつて小惑星の石を持ち帰るプロジェクトがあった。
そこから、持ち帰られた岩石と思われた物質の一つに、特異な結晶構造のタンパク質があった。
それは、一見すると水晶のように見えるが、実質は粘菌に近いタンパク質であったのだ。
未発見のタンパク質と判った時点から、それは厳重に保管された。
未知のタンパク質である。
増殖したら、どんな汚染を広げるのかは一切わからない。
とても危険な物質だ。
だが、不幸な偶然があった。
『それ』が保管されている施設が、未曽有の大規模震災で破壊されたのだ。
『それ』は野に放たれてしまう。
太陽に光を浴び、大量の空気と水と土に触れた『それ』は大繁殖し、巨大な結晶となった。
だが、それを初めて見た人々は『それ』が何であるのかを、まだ知らなかった。
それから三千年あまりの時間が過ぎた。
時に銀河帝国歴一千八百二十九年・星間歴二千百九十二年。
【0402-1102:オリオン宙域 連合王国軍 戦艦サジットⅣ】
ある宇宙艦隊の遥か前方で空間がゆれた。
「前方二〇Ls(光秒)にワープアウト反応。光学観測より大型艦1、中型艦1、小型艦10。帝国艦と報告あり」
「ワープ紋より大型艦は帝国大公艦ベルゼビュートと推測」
観測情報を受けた王国紋章は入った軍帽を頭に乗せた男が言葉を発した。
「追従するワープアウトはあるか?」
「はい、艦隊司令。光学観測、素粒子観測、重力観測、共に追従するワープアウトは認めません」
「よろしい、観測を続けよ。全艦隊第一級戦闘配備」
この艦隊をあずかる男が命令を発した。
「総員起こし、戦闘準備!」
「機関全力!」
「重力ジェネレーター巡航から戦闘へ」
「全艦データリンク確認」
「補給艦は下がれ!」
「キャパシター戦闘出力へ、全接続を確認!」
一連の命令が飛び交い、王国第二六艦隊は恒星間の暴力装置としての本領を発揮する準備を終えた。
巡航艦橋から戦闘艦橋へと座を移した艦隊幕僚は、戦闘宙域を精査・評価し行動を決めようとしていた。
当初は、三個艦隊で進撃してくる帝国艦隊を包囲殲する作戦であったが、予想外の事件が事前の打ち合わせを崩している。
「さてさて、大公艦がほぼ丸裸で私の眼前にいるが……これは夢かな」
神経質に軍服の襟を直しながら艦隊指令は呟く。
「多分、罠でしょうな」
側の無帽の男が言葉を返す。
「にしても、仕掛けが分からんぞ、参謀」
「我らの行動を乱すのが目的かと。無視しますか?」
参謀は指令に問う。
「そうしたい気持ちもあるが、放っておくには上等すぎる上に、凶悪だ」
「青白き悪魔ですからな」
参謀と指令の会話に、言葉を挟む男。
「ここは攻勢に出るのがよろしいでしょうか?」
「何か不安でもあるのかね? 艦長」
「いえ、少々ですが……光思結晶がぐずっておりまして……」
この男は、戦艦サジットⅣの艦長であり。サジットⅣの主機であるクリスタルの契約者でもあるとともに、連合王国の伯爵位を拝していた。
「格上の相手だからな、仕方なかろうよ」
サジットⅣのレアリティークラスはSR。
巡洋戦艦としては十分ではある。
しかし、帝国最強のUSRクラスの不落の要塞とも譬えられる超重戦艦を相手にするには、いささか力不足であった。
もちろん、それは単艦同士の一騎打ちの話である。
艦隊戦においては数の多さと連携で、個艦の戦闘能力を凌駕できる。
「重力障壁はお任せします。他は、キャパシターで補えますから」
参謀の言葉に頷いた艦長は。
「そうさせていただきます」
と言うと、艦長席に帰ってゆく。
「敢闘精神が足らんのではないか」
小声で呟く指令に。
「クリスタル契約者に大事なのは、何よりクリスタルですから」
「はっ!」
小声で怒気を漏らした指令は。
(これだから上位貴族どもは)
と、騎士伯位から成りあがり一個艦隊を預かる男は心の中で不適切な言葉を紡ぐ。
王国艦隊は大公艦を包囲すべく艦隊を広げ。同時に、高速巡洋艦を分けて先行させ、威力偵察と牽制の役を担わせる。
「よさそうだな」
「第二五艦隊と第二七艦隊に連絡が必要かと」
「頼む。帝国の主力は、いつワープアウトしてくると思う?」
「あれが罠なら、我らが陣形を崩した時が狙い目と思いますが」
「たったそれだけを目的に大公艦を使い潰すのか?」
「ありえませんな。ですが……」
「なんだ?」
「これは確定した情報ではありませんが。帝国の一部に青白き悪魔を排除しようとする動きがあるようなのです」
「ほう、帝国でも仲が悪い奴らがいるって事か」
「皇帝位継承問題がからんでいるとか……」
「ありそうな話だな。まあ、青白き悪魔を沈められるなら、利用してやるまでだ」
第二六艦隊旗艦は、帝国大公艦ベルゼビュートの捕獲または撃沈を目的として行動を開始した。
【0402-1108:同 戦艦サジットⅣ】
「光学観測より発す。敵は小型艦を二手に分けた模様。3隻は後方へ移動。残り7隻と中型艦が前進してきます」
「大公艦はどうか?」
「動きなし。全ての観測結果からエネルギー放射認められず」
光思結晶搭載艦がエネルギー放射を行わないのは、動力が落ちていると考えるられる。
だが、それは戦場ではありえない。
「どう思う? 参謀」
「これは事故かもしれません」
「事故か」
「罠にしても不自然すぎます。大公艦は動けないのかもしれません」
「大公艦を動かしているのは、確か大公姫アビゲイル・バイアロウトだったな」
「はい。お姫様は事故で動けない大公艦から逃げ出しているのかも」
「それが、後方の三隻。向かってくる八隻は殿か?」
「多分」
「青白き悪魔を潰すチャンスかな?」
「できれば、捕獲をするのが一番です」
「USRクラスの光思結晶を確保するチャンスか」
艦隊総指令と参謀は、その栄光に思わず頬が緩む。
【0402-1114:同 戦艦サジットⅣ】
「光学観測より報告。接近する敵小型艦は帝国ロアグロウ級駆逐艦と確定。中型艦は形式不明」
「形式不明の中型艦? 帝国の新型か」
クルーの報告を受けた総司令官が参謀へ問いかける。
「接近する敵の距離と速度は?」
「距離六Ls、速度二〇mLv(ミリ光速)」
「長射程魚雷の間合いだな。敵の動きは?」
「形式不明艦を中心に密集した逆円錐陣形」
これを聞いた参謀は二つの点に疑問を感じた。
帝国イブニンググロー級の戦闘速度は二五mLvを超えていたはず。
しかも、敵の目的が公爵姫が逃げる時間稼ぎならば、開いた立体十字陣形からの長距離魚雷攻撃が妥当のはず。
(敵の形式不明艦か。多分、駆逐艦隊の指揮をする軽巡洋艦だろうが)
それが、参謀には敵の行動の鍵に思えた。
「光学観測情報をメインスクリーンへ」
参謀はクルーに命じた。
「メインスクリーン表示を切り替えます。光学観測最大望遠です」
メインスクリーンには、ユラユラと揺れる不鮮明な画像が表示される。
「形式不明艦を中央へ、画面補正をしろ」
画面が大きく揺れて、赤い色に切り替わった。
「これは……巡洋艦ではないぞ」
「まさか!」
総司令の呟きに参謀の驚きの叫びが重なる。
同時に。
「敵駆逐艦、魚雷発射を確認」
「素粒子観測、重力観測から発す。敵中央より、高エネルギー反応です!」
§ 物語は、少しだけ時間を遡ります §
【0402-1058:オリオン宙域 ある高次元泡内 帝国軍 大公艦ベルゼビュート艦内大公の間】
白銀色に輝き優雅に揺れる髪に彩られた燃えるような紅の唇が開いた。
「それで、主機関が暴走した原因は何かしら?」
緋色のカーペットに貴族礼で伏せる初老の男が震える声で報告する。
「機関員の一人が自死しておりました。破壊工作かと……」
銀髪が揺れ、飾り扇が開き紅の唇と隠し。
「それは……王国の、かしら?」
「不明でございます」
「そう……詮議は戦が終わってからといたしましょう」
パチンと扇が閉じ。
「私のベルゼビュートは、どこに落ちるのかしら?」
「航海班の報告では、敵艦隊の前方二〇光秒あたりかと」
「あらあら、敵の目前ね」
閉じた扇を振りながら、紅の口角が上がる。
「では、こうしましょう」
紅の唇から『作戦』が流れ出す。
それを聞いた初老の男の顔が青ざめ、震える声が言った。
「承ました。アビゲイルお嬢様」
【0402-1100:同 帝国軍 大公艦ベルゼビュート艦内CIC】
大公の間から下がった初老の男は、続きの中央総指令室(CIC)に立った。
「執事殿、お嬢様は何と」
胃の辺りを摩りながらアビゲイルに仕える執事は、帝国将官軍服を着こなした男に語り始める。
その『作戦』を聞いた将官軍服の男は笑い声で答えた。
「さすがは我らの青白き悪魔殿だ」
「笑い事ではありませんぞ、艦長」
「主機が落ちて動けない大公艦と駆逐艦10隻で逃げる算段でもするのかと思ったら、威風堂々と正面から打って出るとは、恐れ入るじゃないか。なあ、甲板長」
「同意しますが。忙しくなります。次元泡が弾けるまで、あと2分もありません」
「そうだな、急げよ。通信士、全駆逐艦への通信開け! それから干渉ガス散布準備を忘れるな」
「了解であります!」
艦長の声に甲板長は走りながら敬礼して答えた。
【0402-1100:同 帝国軍 大公艦ベルゼビュート艦内 大公の間】
「久々に見知らぬ殿方と舞えると思いましたのに……少々はしたない姿ですわね」
恒星の青白い光を纏ったようなドレスを大輪の花のように広げながら、大公姫アビゲイルは、ただ一人でダンスを舞っていた。
そこに、小さな光がヒラヒラと近づいてくる。
「あら、ベルゼビュートなの? なんて可愛らしい姿かしら」
『戯れを申すな、我が主』
「それで何かしら? これから楽しい時間なのよ」
『我の再起動までの時間を知らせる。あと14分だ』
「あら、そうなの」
アビゲイルは、先ほどと変わらずに舞っていた。
【0402-1100:同 帝国軍 大公艦ベルゼビュート】
高次元空間に浮かぶ次元泡の中で、大公艦ベルゼビュートは追加装甲船殻・武装船殻を開き、中のバイタルパート部分である内部船殻が出てきた。
その内部船殻だけになったベルゼビュートを取り囲む様に7隻の駆逐艦が円陣を組み、トラクタービームを中心に向けて照射する。
そして、単独では動けない状態のベルゼビュートを牽引しながら、駆逐艦隊は敵主力へ向けて発進した。
§ 物語の時間は元へともどりました §
【0402-1115:同 連合王国軍 戦艦サジットⅣ艦内CIC】
「雷数56! こちらに向かって直進してきます!」
クルーの報告に、転進を判断しかけた総司令であったが。
(転進はリスクが大きい)
「障壁だ」
「重力障壁を展開しいたします」
サジットⅣ艦長が復唱した。
「この艦を中心に艦隊を覆え!」
「了解です」
と、大きく言った艦長は。
「頼むよ、私の頼もしい相棒」
と小さく呟いた。
メインスクリーンの表示に、艦隊を覆うような赤い円形が書き込まれる。
「敵不明艦が我が方に向けて障壁を展開しました」
クルーが叫ぶ。
「不明艦は下着姿の大公艦だ!」
総司令官が吠える。
「高速艦が大公艦を補足できる時間です」
参謀が先行させた高速艦集団へ指示を促したが。
「敵魚雷が我が方の高速艦へ変針しました」
「敵障壁が急加速でこちらへ向かってきます。周辺光が変位。準光速と推定」
その報告に参謀は舌打ちした。
(光子魚雷はブラフか。重力障壁を準光速で打ち出すだと? 狂っているのか! これで、こちらの障壁は相殺される……至近で重力場が衝突したら!)
「こちらも障壁を収斂して敵障壁に向けて動かしてください。それから干渉ガス膜を急速展開して!」
「そんな無茶な展開はできません!」
艦長が異議を叫び。
「干渉ガス散布が間に合いません!」
クルーが悲鳴を上げる。
「だめだ」
その悲鳴を聞いた総司令はメインスクリーンを睨みながら呟いた。
「もう、目の前だ」
サジットⅣCICのメインスクリーンの表示が一瞬消えた後、その場所に無数の光が舞い、揺れるはずの無い宇宙戦艦が大きく揺れた。
【0402-1116:同 帝国軍 大公艦ベルゼビュート艦内CIC】
「重力障壁が双衝突しました。ボイドインフレーション確認。反物質リスク警報」
「こちらの干渉ガスに発光現象多数確認。反原子衝突と推測 光学観測不能」
「中性子バースト乱発生中、素粒子観測不能」
「重力観測も不能です」
クルーの報告に艦長は軍帽を直しながら副長に向かい。
「戦場はメチャクチャだな」
「これで敵の一個艦隊が行動不能ですな」
不愉快そうに副長は唇を曲げた。
「大戦果だ。なにが不満だ?」
「これで、お姫様の『おはじき』遊びが正当化されるのが不満ですな」
「ああ、あれか」
副長の言葉に、大公姫がベルゼビュートで小惑星に重力障壁をぶつけて進路を変え他の小惑星に衝突させた事件を思い出した。
「あれはどう見ても、大規模な自然破壊を楽しんでいるとしか思えませんでしたな」
「俺は、あの姫様も子供らしい悪戯をするのかと思ったが」
「右往左往する大人を見るのを楽しんでいるだけですな」
「帝国議会に自然保護団体が怒鳴り込んだとかか?」
「航路保安局と惑星保全局もですな」
「流石にお姫様はお遊びも派手だね」
艦長は軍帽を直しながら、声を上げずに笑った。
「その姫殿下が、なんと呼ばれているかご存じですか?」
「青白き悪魔、だろ?」
副長は首を横に動かし。
「悪役令嬢と、呼ばれてますな」
艦長は首を竦め。
「そりゃあ不敬で捕まるぞ」
その言葉に肩をすくめてみせた参謀だった。
そんな彼らは中性子と反陽子が吹き荒れる嵐の宇宙となった戦場を、ろくな装甲もない航宙艦で味方がいるであろう宙域へと無線封鎖して乱数変針しながら進んでいったのだった。
【0402-1120:同 帝国軍 大公艦ベルゼビュート艦内 大公の間】
『まったく、静かな宇宙をこんなに乱しおって! 反陽子が飛んでおるのに、装甲船殻も追加装甲外殻着ておらんとは、なんと破廉恥なことか』
燃えるような赤い髪の美丈夫が小柄なアビゲイルを睨んで小言をいう。
「うーん、さっきのカワイイ姿の方が私は好みだわよ、ベルゼビュート」
赤髪の男は、大公艦ベルゼビュートの光思結晶が作り出す立体虚像であった。
『再起動にリソースを消費しておったのだ。それでなければ、あのような姿を晒すものか』
「本当にカワイかったのに。残念だわ」
心底残念そうな様子ではあるが。そんなアビゲイルに対してであっても、ベルゼビュートの疑似人格は妥協をするつもりは無かった。
そうでなければ、立体虚像と言えども、強制的にリボンやピンクのフリルを追加される恐れがあるのだ。
「ところでベルゼビュート。貴方が飲まされた毒薬に覚えがあって?」
その言葉に、ベルゼビュートの疑似人格は苦いものを飲まされた記憶がよみがえった。
『知っているがな。アレは汝が我に仕込んだモノであろう!』
「そうよ。ドッグに入っていた時だから大丈夫だったでしょう」
『そういう問題では無いのだ。そもそも、自分の座乗艦に悪戯をする主があるものか』
「ごめんなさいね、ベルゼビュート。で、どの毒だったのかしら」
謝ってはいるが、一切の悪気の無い笑顔があった。
『最初は甘いが後口に苦味が残るアレは……帝国情報部から手に入れたとかの奴に似ているな』
「そうなの……やっぱり、そうなのね」
その白い顔は笑ったままであったが、一瞬だけ、銀の髪に青い光がさした。
【0404-0702:オリオン宙域 帝国軍駐留領域 皇太子艦ロットバルト 艦内 薔薇の庭園】
永久に薔薇が咲き乱れる人工の庭園の一角。
瀟洒なガゼボがある。
そこでは、皇太子レオンハルトが朝食を始めようとしているところだった。
『よう、兄上。今から朝食か!』
立体映像が現れる。
「おい!」
怒気をはらんだ視線が側使えに注がれるが。
『軍令だよ。最優先だ!』
「軍令なれば、きちんと口上をのべるべきだな。ジークフリート」
『次から、気を付けるよ』
まったく気にしていない様子に、レオンハルトは小さく息を吐いた。
「では、アビゲイルが見つかったのだな」
『ああ、本人と……あとドレスもな』
「何!」
茶器が乱暴に置かれ、大きく音をたてる。
『大公姫は近衛が守っている。心配するな』
「ドレスが別に見つかったように言ってなかったか」
『ああ、中性子と反陽子が乱れ飛ぶ宙域でな』
その言葉に、弟の『ドレス』が武装船殻であることを理解した。
「なぜ、そのような状況になる?」
『いやいや、流石に兄上が惚れた女だな。なりは小さいのにヤルことは大胆だよ。俺だってマネできねえ』
近衛艦隊の分艦隊長であるジークフリードの報告を聞いた皇太子レオンハルトは頭を抱えて呻いた。
「よりによって、敵前で装甲外殻と武装船殻を脱いで囮にして、基本内殻(下着)だけで暴れまわったと言うのか!」
『そうだよ。すげえ度胸だよな』
立体映像の向こうでも、ジークフリードは行軍食で朝食をはじめた。
「で、重力障壁を亜光速で敵に放ったとあるが」
『いや、オレもオノケリスに聞いたんだけどよ。理論的には可能ではあるが、普通は無理だって』
オノケリスとはジークフリード座上艦であるSSRクラス航宙戦艦とその主機である光思結晶の事である。
「なにをやっているのだ。無事なら超空間通信で知らせればよいものを」
『敵の勢力圏だぞ。こっそり逃げるのが精一杯だって』
「駆逐艦が随伴していただろう。殿を務めさせれば良い」
『それをするような姫じゃないから、兄上は惚れたんじゃねえのか。ちなみに、随伴駆逐艦には大した被害はないそうだぜ』
「非常事態であったことは認めよう。少々気に入らんがな」
『兄上が頼んだらドレスを脱いでくれるんじゃねえの?』
それだけ言ってレオンハルトの顔に朱がさした事を確認したジークフリードは。
『ベルゼビュートの方だけど』
と付け加えた。
「口が下品だぞ。ジーク!」
軍務中にもかかわらず、思わず弟を愛称で呼んでしまうレオンハルトであった。
『では、将来の姉上を明日にはお届けいたします。皇太子殿下』
軍人礼で口上を述べたジークフリードは、通信を切った。
「まったく、私の側には厄介な輩ばかりだな」
肩を落しながらも、顔には微笑みがあった。
【0404-0705:同 帝国軍近衛艦隊 重戦艦オノケロス艦内 艦長私室】
「これれでいいかな。姉上殿」
『姉上はよしてくださいませんか。第二皇子様』
「いやいや、もう構わねえんじゃねえか。兄上は姉上にぞっこんだぞ」
『好意を寄せらるのは嬉しいのだけれど、子供の頃の恋って成熟しないものと聞いておりますわ』
「それこそ、ドレスを脱いで既成事実を……」
「うん!」
ジークフリードの言葉に被せるように可愛らしい咳払いが割って入る。
「あっ……アンヌ。じゃなくて、マリアンヌ候補生、何かな」
「僭越ながら、大公姫様がお困りの様子ですが?」
「いやいや、軽いスキンシップをだね……」
『助かったわ、マリアンヌ候補生』
ジークフリードの言葉に被せて、アビゲイルが唇が動いた。
『貴女には助けられてばかりね』
「いえ、そんな。もったいないお言葉です」
アビゲイルの言葉に慌てるマリアンヌ。
『では、私はこれにて失礼いたしますわ』
貴族礼をジークフリードとマリアンヌに送ったアビゲイルの立体画像が消える。
「大公家のお姫様であらせられるのに、私ごときに助けられただなんて……」
消えた画像を見送りながら、マリアンヌは呟いた。
「まあ、気にするなよ。アビゲイル嬢は好きにやっているのさ」
「ジークフリード様とは少し違いますけれどね」
「なんだよ。これでも俺は気配りの人なんだぞ」
その言葉を聞いたマリアンヌは、微笑んで。
「そうですね。平民出身の私を対等と思ってくださるのは、アビゲイル様とジークフリード様くらいです」
「それで話は変わるがよ」
皇位継承権第二位の権限で、艦内モニターを切ったジークフリードは。
「内部情報機関が動いているらしいな」
「はい、二課と三課が対立しているらしく。情報部三課からリークがありました」
「ああ、三課なぁ」
情報部の二課と三課は、内部情報の保全を目的にした組織である。
主に貴族階級を担当するのが二課で平民階級は三課の役目となる。
「しかし、大公姫と兄上が結婚したら皇室内は盤石じゃねえの?」
「あまり盤石だと、困る貴族も多いとか……」
「なんだそりゃあ?」
脱法ギリギリの行いをする貴族にとって、強権を発するに躊躇いのない上位権力は邪魔という話である。
「そんな事ばかりじゃ。そのうちに帝国が割れるぞ」
「まだそこまでは……。今は、アビゲイル様の身辺をお守りするのが第一かと」
「そうだな……」
そこまで話したジークフリードは。改めてマリアンヌの方を見て。
「今更だが、記録に残せない話ばかりで艦内モニターを二人きりの時にしょちゅう切っているが、マズくはねえか?」
「いまさらですね、ジークフリード様」
言いながら、顔を隠すようなにファイルを構え。
「私がジークフリード様の女になった、と言う噂はあります。でも、それが出てからの方が居心地がいいんですよ」
「なんだ。くだらねえ虐めとかあったのか?」
「いえ、虐めまではいきませんけど」
「いっそ、俺の側室候補と言ってしまうか。平民出身でもSRクリスタルが扱えるなら十分な資格があるぜ」
言いながら、席を立ったジークフリードは、マリアンヌに近づいて顔を寄せた。
「そこまでされると、かえって居心地が悪くなります!」
はっきりと断ったマリアンヌは、防壁のようにファイルを構える。
「まあ、それならイイが。必要ならいつでも言えよ」
気軽な様子でマリアンヌの言葉を受け入れるジークフリード。
内心でマリアンヌは。
(どこまで本気なのかしら)
と、あまりの反応の軽さにあきれてしまう。
そんな二人の時間を切り裂くように警報が響く。
通信端末のボタンを押したジークフリードは叫んだ。
「何があった!」
『それが、アビゲイル様がベルゼビュートに……』
通信から聞こえてきた言葉に、ジークフリードは言葉を失い。
マリアンヌは。
「そんな! アレをそんな事に使うなんて」
と、唖然とさせた。
【0404-0715:同 帝国軍 大公艦ベルゼビュート CIC】
「システムがウイルスに侵されています!」
「システム防壁、三層まで浸食されました」
「現在進行中のタスクは捨てろ!」
「バイタルパートの確保を優先します」
「なんの真似でございますか、アビゲイルお嬢様」
艦長は立体映像のアビゲイルに礼儀正しく怒鳴っていた。
『王国製のウイルスを貰いましたの。だから使ってみたのですわ』
その、あまりの言い草に。
「そんなモノを、誰から」
『マリアンヌ候補生に、研究するからくださいなと頼みました』
「なら、おとなしく研究してください」
『実地に勝る研究は無いと思いますの?』
可愛らしく、コテンと顔を倒しすアビゲイル。
「やっぱり、悪役令嬢ですな」
副長が、ポツリと呟いた。
§ おわり §