こうどなしんりせんその2
はぁ……はぁ……第二回戦も無事終わって営業終了だ。お母さんの言う通りここは戦場なのかもしれない。
「メ、メイリアちゃん解毒剤ちょうだい……」
ナイトさんがバックヤードに来た。解毒剤?
「……はい……」
「メイリアさん、なんで解毒剤を?」
「……お酒を分解する薬……」
なるほど……お酒の弱いナイトさんなのかな?
「ニーナちゃん! 今日の俺の売上教えて!」
「俺も俺も!」
ぎゃぴ! アスティさんとルイスさんに話しかけられた!
いきなりちゃん付け……馴れ馴れしい気がするけど、爽やかなイケメンなら言っても許される気がする……こうやってお客様との距離を詰めるのかな。私にその社交力を分けてほしい。
「ええええっと、アスティさんとルイスさんは2人とも28万6千ルインですね。お給料になるのはその半分です」
「おお! 今日だけで14万!」
「すげー! 明日からも頑張るぜ! ニーナちゃんありがとう」
「は、はい。売上分のお給料日は翌月5日ですよ、それまで頑張ってください」
その後もナイトさん達が売上を聞きに来た。ひぃ! 思わぬ所でナイトさんと関わりが……今後売上は紙に貼り出そう。
帳簿を付け終わったのでフロアへ行ってみた。
お母さん達のシンデレラがお客様用の棚に飾られている……これは目立つ。お店にいない時にまで権威を示せる効果が……。
しかもさりげなくボトルネック、名前を書いた小さいプレートがボトルにかけられている。
「ちょっとミーティングするぞー」
魔王様のお声でみんなソファに座る。
「新規オープンもまずまずだ。お疲れ様。これからは一般市民も来るかもしれないから、相手の懐具合を見定めて細く長く通わせるようにな。
今日までの客は特別だと思え、あとお得意様になるから大事にしろよ。今は俺への付き合いで来てくれているが、自分の力で永久指名をもぎ取れ!」
「「「はいっ!」」」
「ま、魔王様、永久指名って何ですか?」
また私だけ聞いてないよ! 私へ情報を流さない事で私とお母さん達の反応を楽しんでる、絶対……。
「説明しよう! まず、指名するナイトはその日の気分で選べるのは話したな? だがホールで一緒に踊っていいのは永久指名をしたナイトだけだ!」
魔王様がニヤリと笑う。
「魔王様の考えたシステムは奥が深いわ……」
「ルルさんどういう事ですか?」
「永久指名とは一人のナイトを永久に指名すると宣言する事よ。つまり他のナイトはもう指名出来なくなる……でも舞踏会は恋物語に必須の場面、ダンスをしてこそ完成系になるの。究極の選択ね」
「はぁ……」
ルルさんがそこまで言うって事はまた魔王様の罠なのかな? いじわるしないでみんなと踊れるようにしてあげればいいのに。
その後は簡単に片付けをして解散だ。
家に帰って軽く夜食を食べてお風呂に入り、ベッドへダイブする。
疲れたぁ。こんな毎日がしばらく続くんだな……人界に進出したらもっと大変そうだ。ホントにホストクラブで人界征服出来るのかな? 魔法でババババーン! じゃダメなのかな。
でも魔王様が楽しそうだからいいか……おやすみなさい。
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お店は夜遅くまで営業しているので、私とお兄ちゃんはいつもより遅めに起きた。
お兄ちゃんと二人で朝食を食べていたらお母さんがテーブルへやって来た。
「レイスター、ニーナおはよう!」
「母さんおはよう」
「お母さんおはよぅ……元気だね」
「作戦会議をいいかしら?」
来ると思った……。
「このまま聞くよ」
お兄ちゃんは早々に諦めたらしい。
「悪いわね、ランチやお茶会で忙しいから今しかないのよ」
「永久指名についてだろ?」
「レイスターわかってるわね! そうなのよ、あれが魔王様の新しい罠ね? 恐ろしいシステムが増えたわ……」
「魔王様いじわるだよね。みんなと踊れるようにしたらいいのに」
「永久指名をもらってこそのナイトだからな」
「レイスター、詳しく教えてちょうだい」
「毎回指名を変えられるんじゃ、ナイト達は自分の給料が安定しなくてソワソワするだろ? 色んな客に念話しても無駄骨になる。でも永久指名なら安定するし、客を大事にする。永久指名をした客にとってもいい事があるんだよ」
「なるほど、お互いにメリットがあるんだね」
「そこまでは私も理解したわ。でも永久指名するナイトを間違えたら後悔することになるのよ? 決められないわ!」
「お母さん……決まるまで全員指名してみたら?」
「でも早くダンスをしたいのよ……。ダンスを通して目と目で語り合う……これが恋物語の醍醐味よ!」
やはり恋物語にダンスは必須らしい。
「うーん……。じゃあさ、逆に考えなよ。ナイト達はみんなこの仕事を始めたばかりだ。母さんが、永久指名したナイトを自分好みに育てあげればいいんじゃないか?」
「……! レイスターそれよ! わかったわ。何人か指名してみて見込みのあるナイトを永久指名するわ。……そしてダンスよ!」
ダンスの効果はすごい……。お母さんに永久指名されたナイトさんは安泰だな。いや、逆に大変かも……頑張ってね。
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新規オープンから一週間、段々と紹介の紹介で、大商人の奥様やお嬢さんなども来店するようになった。
馬車まで送るナイトさんを見て、一緒に送りに出ていたアーニャにどういうお店か聞いた通行人もいるらしい。
アーニャの先輩達も噂を聞きつけてやって来てくれた。アーニャだけお客さんになれなくて「私の左眼が暴走しそう!」って言ってたけどスルーだ。
お母さんとフローラさんはもう一回来店したけど、別のナイトさんを指名して普通にワインだけ飲んで帰っていった。
早い時間でナイトさんが余っていたので、指名されていないナイトさん達も追加でお母さん達の席に着いていた。みんなお母さんの指名が欲しいみたい。
お会計を見る限り、ナイトさん達はちゃんと安めのお値段で楽しませているようだ。魔王様が細く長くって言ってたもんね。
新人ナイトさんも増えて、今では全部で15人もいる。
6日間営業して、その翌日は1日お休み。また次の週から営業開始だ。
2週目の初日営業前、魔王様によるプチミーティングが始まった。
「メイリア、あれを出してくれ」
メイリアさんがテーブルに小瓶をズラリと並べだした。
「アラ! いい香りがするわぁ!」
「香水かな⁉」
ラウンツさんとアーニャが食いつく。
「メイリア特性の香水とトリートメントだ。ナイト達にはこれを使ってもらう、給料から天引きだけどな」
強制販売⁉
「トリートメントとは何かしら?」
「髪をツヤツヤサラサラにするものだ」
「なんですって!」
ルルさんの食い付きがすごい。
「身だしなみはナイトに必須だからな、使い方はメイリアに聞いてくれ。香水はナイトが各自一つだけ選べ。この香水は永久指名客にも販売する」
「ナイトごとに違う香水……持ち帰り販売……魔王様また恐ろしい戦略を……」
ルルさんが驚いてるってことはお母さん報告案件だ。何となく分かってきた。
香水を嗅がせて貰ったけど、甘すぎず爽やかな感じで男の人に合う香りだった。魔王様のセンスとメイリアさんの開発力はすごいな。
今日も営業が始まった。
ナイトさん達はそれぞれ香水を付けてスタンバイ。トリートメントはさすがに明日からだ。
お母さん達はもう9人集まって来る事は無くなった。みんなそれぞれの予定でバラバラに来る。お母さんとフローラさんはいつも一緒だけど。
あ、お母さんとフローラさんが来た。
今日はまた違うナイトさんを指名したみたい。誰を永久指名するのかちょっとドキドキ……ユニコーンの行く先が気になる。
「ニーナ! まだ永久指名って入った事ないよね?」
アーニャに話しかけられた。
「そう言えばそうだね。一度決めたら変えられないからかな」
お客様はみんな苦悩してるみたいだ。
「ルルさんはいつもフリーだね! 永久指名しないのかな?」
フリーとは、初回以降も指名しない人の事だ。
「ルルさんの席は営業中も研修みたいになってるから、誰かに肩入れはしないんじゃないかな? プライベートよりお仕事って感じだし」
新人さんはルルさんの席で慣れてから他のお客様の席へ着くのが暗黙のルールになりつつある。
最初ルルさん相手にモジモジして、沈黙してしまう新人さんは多い。ルルさんのGOが出たら放流される。もし私がナイトだったら一生研修を受けさせられる自信がある……。
そんなこんなで3週目の営業まで慌ただしく過ぎ、だんだんみんなお店を回すのに慣れてきた。
売上表はバックヤードに張り出すようにしたので、ナイトさんからいちいち売上を聞かれなくなった。
「お、俺が言う前に売上表作ったのか、偉いぞ! ナイト達もこれを見て士気があがるな!」と魔王様に褒められた。ただ単にナイトさんと話すのが緊張するだけとは言えなかった……。
香水に関してお母さんはあまり興味が無いようだったけど、やっぱり魔王様の罠だったらしい。
「寝具にナイトと同じ香りを纏わせれば、ナイトに抱かれた気分で夢見心地のまま眠れるという事ね……。
私はガルスターがいるからそこまでしないけれど、未婚のお嬢さん達にはたまらないわ……。どこまで夢を見させてくれるの魔王様は……」との事だった。
魔王様の異世界の知識は凄まじいな。どんな世界にいらっしゃったんだろう。
3週目が終わった休みの日、お母さんとフローラさんのランチにお呼ばれした。
「永久指名を決めたわ」
ついにこの時が……!
2021/8/28改稿。