新しい罠の正体
魔王様はドルムさんにお酒を渡しに行くと言ってミアさんとディアブロへ転移してしまった。
私達はお店の2階へ上がり、ピンクのハートモチーフのエプロンをしたラウンツさんと夕食を作る。
エプロン、今日買ってきたのかな……地味に継続ダメージが……。 ネグリジェより全然我慢出来るけど。
「オムライスできたわよぉ!」
「いただきまーす!」
もぐもぐしながら早速ルルさんに質問する。
「ルルさん、5番目の注意事項って、お客様を増やすためじゃないんですか? もしかして文字通りの意味じゃ無いんですか?」
「魔王様の戦略よ? 額面通り受け取ってはいけないわ……」
ルルさんは真剣な面持ちだ……。
「えっ⁉ 知り合いもお店に呼んでね! って意味じゃないの? 私もわからないよ!」
「んもぅ! ニーナちゃんもアーニャちゃんも純粋ネッ☆」
みんなの表情を見ると、分かってないのは私とアーニャだけみたいだ。
「アーニャ、スカウトする時に彼女のいないやつって言われただろ?」
お兄ちゃんの言う通り、確かに魔王様はアレンさんにそんな事を言ってたな。
「あっ、そういえばそうだね。 じゃあ彼女なんて呼べないじゃん!」
「……お金を沢山使いそうなお客様を彼女にする……」
「つまりナイトはお店に呼ぶためにお客様の彼氏のフリをするってコトねっ☆ えげつないわぁ!」
「ええっ⁉ だ、騙すんですか⁉」
「騙すというより勘違いさせるという事かしら。 ……今考えるとお姫様は核心をついていたのね……疑似恋愛、これが魔王様の次の罠よ」
「ぎじれんあい?」
ルルさんの言葉に私はますますハテナだ。
「お客様がディメンションを仮の世界と分かっているのと一緒で、ナイトと恋愛をするのも疑似体験って事よ。 そしてゆくゆくは疑似恋愛と気付かずにハマるお客様も出てくるわ……」
ええっ⁉
「さ、詐欺にならないんですか?」
「ギリギリセーフってところかしら?
お客様と仲良くなって、そのお客様がナイトの個人的な『彼女』や『友達』になったとしたらプライベートで会っても不自然ではないわ。
そしてお客様として来るなら誰であろうがお店はお客様として受け入れる。
お客様とナイトとの関係はナイトの手腕次第って事ね……上手く逃げたわ魔王様は」
「な、なんと……」
「あー! 私もやっと意味が分かったよ! 使い方を間違えたら諸刃の剣だね!」
「そうよ……お客様を片っ端から彼女にしたら彼女同士で問題が起きるわ。 それに貴族と一般客との扱いの違いがバレると貴族からナイトへの八つ当たりも発生する可能性が……。
まずは軽くコナをかけてお客様をその気にさせるくらいの所から試した方がいいわね……アーニャちゃん! 研修で教える時は細心の注意が必要よ!」
「えー! 貴族にも注意しなきゃいけないの⁉ また訳わかんなくなってきたよー! これはルルさんが研修して!」
「そうね……魔王様と答え合わせをしてから研修するわ」
疑似恋愛……お店の中でだけ恋愛体験をするってことかな? こんな怖い戦略使っていいのかなぁ……また詐欺だって訴えられないか心配だよぅ!
──────────────
翌朝、早速ルルさんは魔王様に念話してディメンションに来てくれるよう頼んでくれた。
「おはようニャ!」
ミアさんも来た。
「おはよう! 研修のやり方を教えに来たぞ! 人界でやっと色恋解禁だぜ! 楽しみだなー!」
いろこい? なんの事だろう。 そして魔王様はいつになくワクワクしてる……なぜっ⁉
「口でしゃべっても忘れるだろうから紙に書いてきたぞ!」
魔王様から私達メンバー全員へ紙が渡された。 ここまでマメな魔王様は確実に気合いが入っている……!
とりあえずみんなソファに座って渡された紙を読む。
・友営→友達営業
・色営→色恋営業
・本営→本気で好き、お前は本当の彼女だなどと言う営業
・枕→枕営業
・馬車チュー→帰りの馬車でキス
・色カノ→色恋彼女の略。色営をかけている客
・本カノ→本当の彼女の略。 本営をかけている客、もしくはガチの彼女
・被り→指名客の来店が被る
・ヘルプ→被り客の席を離れる時に着く別のナイト
・枝→誰かの指名客が連れて来た初回の客
・お茶→その日の指名客来店予定が無い
……文字は読めるのにほとんど意味が分からないよぅ!
「友営から説明するぞ! これは今までやってた接客だな。 騎士として振る舞うが、それだけじゃ会話が持たないから普通に友達みたいに接する営業方法だ」
なるほど。 略して友営というのか。
「次は色恋営業。 思わせぶりな発言をしたりして客をドキドキさせるんだ! 好きとか言ったりするが、あくまでナイトは人として好きという意味で言う。 客が勝手に勘違いしても知らん」
魔王様の口から「ドキドキ」なんて単語が出てくるなんて……。
「魔王様っ! 勘違いしたお客様は、好きなら付き合ってってナイトに迫るんじゃないかしらぁ?」
「ラウンツ、いい質問だ。 その場合は、今は仕事に専念したいから……とか、ナンバー1を取るまでは……とかってかわすんだ!」
「簡単には落ちないってわけネッ!」
「そうだ。 そしてどうしてもかわせなかったり、金を使うのが分かってる客にはその次の本営をするっていう手もある」
「ナイトは売上のためにお客様の要望に答える訳ですね……」
「レイスターの言う通りだ。 でも本営をするのは1人だけに絞った方がいいな。 色恋だけでも未経験のナイトには難しいだろう」
「そうね……まずは友営を、出来そうな子には色営までを教えようかしら? 本営はもっと後ね……。
あと魔王様、お姫様や商業ギルドマスターには、お客様とプライベートですら会うのを禁止しているって言ってしまったのだけれど……」
「ルル大丈夫だ! 昨日の注意事項はバックヤードに貼り出すから店としては禁止してるぞ! ナイトが個人的に仲のいい女を客として呼ぶだけだ!」
……順番が逆だよね⁉ お店が推奨してるのに、ナイトさんが勝手にやってる事になってるよぅ!
「やっぱりそういう意味だったのね……」
昨日すぐに正解を導き出してたルルさんすごい……。
「次に枕だけど……これはやっぱりやらない方がいい。 いずれナイトが病むし、客も切れやすい。 切れるってのは店に来なくなるって事な」
そりゃ好きでもない人と……なんて男の人でも嫌だろうな。 って、やっぱりそういう可能性があるのぉ⁉ ホワイト経営はどこへ⁉
「魔王様! 馬車チューってもしかして……」
「フッフッフ……アーニャはこういうの好きだろう? そのまんまだ、帰りの馬車まで送った時に周りから見えないようにやるんだ!」
「キャー!」
「営業手法はざっくりとこれでおしまいだ。 簡単に言うと色恋営業、つまり疑似恋愛の要素が増えただけだな!
あ、ミアは友営だけでいいぞ。 むしろそれ以上やるな、もし求められたら魔王命令で禁止だと断れ」
ミアさんはずっと首を傾げてたけど「それなら簡単ニャ!」と言っていた。 うん、純粋なミアさんには魔王様の悪事に手を染めて欲しくない。
「あとの4つは簡単だ。
被りとヘルプはそのまんまだな。
指名が被ったら順番に指名客の席を回る。 その間に指名ナイトに変わって接客するのがヘルプだ。
でもヘルプも大事だぞ。 接客を頑張ればその次の項目、枝を紹介してもらえたりする。
つまりヘルプで席に着いても直接売上にならないが、その客が連れて来た新規の客にお勧めのナイトとして紹介してもらえる事がある」
「……地道な努力が実を結ぶ……」
「そうだ! 何事も根性だ!
最後のお茶は、本当は遊廓が起源なんだけど……つまりだな、指名客が来ないからバックヤードでお茶しか飲めないとでも覚えておけばいい!
今日お茶だから店に来てくれよーって客に営業をかけるんだ!」
ゆうかく? なんだろ……まぁいいや。 指名がない日はお茶の日。 覚えた。
「今日から俺も毎日ディメンションに来るから安心しろ。 何でも教えてやるぞー! 楽しみだな!」
魔王様はキラキラの笑顔を浮かべているけど……みんなは紙に書かれた専門用語を理解するのでいっぱいいっぱいだよぅ!
・馬車チュー、現実ではエレチューと言います。(エレベーターの中で……)
・お茶っぴき、暇な遊女たちに茶臼で葉茶を挽く仕事をさせていたのが語源です。




