プレオープン
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今日はついにプレオープンの日。
オープンは夜からだけど、準備があるから私はおやつを食べた後いつもの黒いローブを羽織る。袖や裾のレースがフリフリでお気に入りだ。
「お母さんそろそろ行ってくるねー」
ガチャ、とお母さんの部屋のドアを開けたら部屋中にドレスが飾られていた。
「ニーナ! いよいよ今日ね!」
「お、お母さん……何事?」
「魔王様にお会いするんだもの、どれを着ようか迷っちゃって!」
「……ただの酒場だから何でもいいよ?」
「ダメよ‼ 魔王軍の部隊長夫人、全員が集まるのよ? 私が皆に見劣りする訳には行かないわ!」
わー……10人全員集めたんだ……ホントに第二の社交界になりつつある……。
「先にお店に行ってるね……」
そっと部屋を出てお兄ちゃんとお店へ向かう。
お兄ちゃんは魔王様から支給された執事服っぽいスーツっていう黒い服を着ていた。生地に光沢があって上品でオシャレだ。剣は営業中、邪魔になるので亜空間らしい。
お兄ちゃんもちょっと気合いを入れたのか、茶色い髪がセットされている。私もちゃんとした方が良かったかな。
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お店に入るとメンバー全員来ていたのでお兄ちゃんと挨拶をする。
「「おはようございます」」
朝じゃなくても、出勤したらおはようと言うのがお店のルールらしい。変なの。
「レイスター、ニーナちゃんおはよう」
ルルさんはいつものドレスだけど黒だ。
魔王様に「ルルは店の雰囲気に合うからドレスのままでいいけど、客より目立たないよう黒だけだ!」と言われたとの事。
メイリアさんもそれを聞いていたのか黒いワンピースに白のフリフリエプロン、アーニャとラウンツさんはお兄ちゃんと同じスーツを着ていた。
「おはよう! みんな聞いてぇ! アタシ、営業中はおネエを封印されたわぁ! 魔王様ったらヒドイ!」
ラウンツさんはヨヨヨ……としなを作って泣き真似をしたけど、みんなはホッとした気がする……間違いない。
「私も封印している事があるからね! 気持ちはわかるよ!」
アーニャのは封印じゃない、病気だ。
「ラ、ラウンツさんのキリッとした姿は本物の騎士としてホスト達のお手本になりますよ!」
「あらそうかしらぁ?」
「そうです! さぁメニューの確認をしましょう!」
お兄ちゃんがラウンツさんを上手く誘導してくれた! 猛獣使いになれるかもしれない。
「タダで毎日イケメンを見れるなんて最高のお仕事だよ! 頑張ろうね、ニーナ!」
アーニャはもう立ち直ったらしい。
「わ、私はずっとキャッシャーにいるぅ……」
キャッシャーは入口近くのバックヤードにあるキッチンスペースの一角だ。私はここに籠城するんだ!
「あらダメよニーナちゃん、初日は何があるか分からないわ。お客様に見られるかもしれないから髪をセットしてあげる。いらっしゃい?」
ルルさんにそう言われ、そういえばなんとなく違和感のあったアーニャをよく見てみると、耳上から編み込みが入ったサイドポニーテールに変わってた。メイリアさんも目が隠れるほど長かった前髪が短くなっている。ルルさんがやったのかな?
私はルルさんに店内のソファに座らされ、棒みたいな魔道具で腰まである銀髪を巻かれ始めた。
何の魔道具だろう? と棒を触ってみたら軽く火傷した!
ひぃ! 怖い! ルルさんは毎日こんな危険物を扱っているの⁉ 綺麗になるのって大変なんだな……。
私の髪が巻き上がる頃にはホストさん達がバックヤードの更衣室からゾロゾロと出てきた。全員騎士服に着替えてたみたい。
黒で統一されている魔王軍の式典用騎士服はこのお店のイメージにピッタリだ。
ナイトさんの髪もセットされてる……ルルさんがやったんだ。
「「「おざまーす!」」」
え? 何? おざます? 専門用語かな? まぁいいや。と思ってたら魔王様がお店の真ん中に転移して来た。
ひぃ! ビックリするから入口から入って来てよぅ!
「皆おはよう! ついにプレオープンだな! 開店まで各自最終チェックだ。あと、新規オープンからの通常システムも各自目を通しておいてくれ。あ、そうそう、ホストの事はこれから騎士って呼ぶ事にしたからよろしく!」
みんな元気に返事をした。ビクビクしてるのは私だけだよぅ……。
「ルルについてだが、新規オープンしたら客としても来てもらうつもりだから一応言っておく」
ルルさんを見るとニコニコしていた。何でルルさんもお客さんになるんだろ?
「はい! 私もお客さんとして行くよ!」
「アーニャは金あるのか?」
「…………」
絶望してる……。
とりあえず私はキャッシャーでメニューの金額とテーブルの番号、今後の通常システムを頭に叩き込んでおこう。
……店内からホスト……ナイトさん達のお祭りみたいな掛け声が聞こえて来る……何の呪文か不安になるのは私だけだろうか……。
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もう陽が落ちて結構経ったかなと思っていたら、お母さんから店前に到着したと念話が来た!
「魔王様! お客様がいらっしゃいます!」
「おう! ナイトと内勤は入口に並べ!」
魔王様と私とキッチンのメイリアさんはもちろん、ルルさんとアーニャもバックヤードに入った。女性従業員は基本的に店内をウロウロしちゃいけないんだって、変なの。そんな事言われなくても私はキャッシャーに籠るけど。
「ニーナ、扉を開けてくれ」
扉には魔術式が描かれているので、キャッシャーに設置された対になっている魔道具に魔力を流すと扉が開いた。バックヤード入口のカーテンの隙間から店内を覗き込んでみる。
「「「お帰りなさいませプリンセス‼」」」
ひぃ! ……お母さん達も固まってる!
だけど社交慣れしている淑女達はすぐにハッと気を取り直し、優雅に店内へと足を踏み入れた。
お母さんはいつもより念入りにお化粧をしていて、薄紫色の髪は複雑に編み上げられていた。ドレスは一番豪華な真っ赤なやつだ。気合い入りすぎだよぉ!
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます。皆様をお席へご案内致します」
ラウンツさんが普通だ! 逆に違和感!
ラウンツさんとお兄ちゃんがお客様を二、三人のグループに分けて席へと案内すると、魔王様がフロアへ向かった。
慌てて立ち上がりカーテシーをする淑女達。
「皆、来てくれて感謝する。楽にしてくれ。今夜は招待客なのでエールと白ワイン、フルーツはサービスだ。メニューにある酒などは有料だが別に頼まなくていいぞ、とにかく楽しんでくれ!」
「魔王様、本日はお招き頂きありがとうございます。公共事業発展のため、協力は惜しみませんわ」
お母さんが代表で挨拶をしたら魔王様はうむ。と頷いてバックヤードへと戻って来た。
「魔王様、ホントに挨拶だけなんですね」
「俺がずっとあそこにいたら皆が楽しめないだろ? まぁ集音魔法で店内の様子はチェックするけどな」
「ぬ、盗み聞き……」
「人聞きの悪い事言うな。ニーナも〈影移動〉で耳だけ店内に移動しとけよ? 店内状況を把握するのも仕事だ!」
ひぇ! 聞きたくないよぅ……。
そんな話をしていたら、メイリアさんが綺麗に飾り切りしたフルーツの盛り合わせをお兄ちゃんに渡していた。ホントに何でも作れるんだな。
〈影移動〉で、お母さんとフローラさんの向かいに座っているナイトさんの影に耳だけ移動させた。
「あの棚に飾ってあるお酒は初めて見るわ、綺麗ね」
「あれは飾りボトルといって、席を華やかに飾るためのものです。お高いですが貴方様の様なプリンセスにこそお似合いかと……」
お母さん……! あれには手を出しちゃダメェ!
ひょいとお母さんを覗き見ると、歯をギリギリさせながら食い入るようにボトルを見つめていた。
ああ! 社交界トップとしての自尊心がくすぐられてる……! ユニコーンがお母さんの席に飾られるのも時間の問題かも……お父さんごめんなさい。
その後もハラハラ目が離せなくなって、覗き見し続けてしまった。三十歳は過ぎている淑女達は、プリンセスプリンセスと呼ばれて赤くなった頬を扇子で隠していた。
あぅ……こっちまで恥ずかしくなってくる! もうキャッシャーに戻ろう。〈影移動〉も解除……。
今日は無料だから私のお仕事は無いかな、なんて思ってたらバックヤードへ来たお兄ちゃんに「3番にプエリ赤!」と言われた。
「……お母さんの席! オーダー入ったの⁉」
「いいから早く!」
慌てて伝票に記入する。メイリアさんはプエリというピンク色のシャンパンを氷魔法で冷やしてシャンパンぺールに氷と共に突っ込んだ。
お兄ちゃんがそれを持って行き、入れ違いでラウンツさんがシャンパングラスを運んで行く。
「なんとなんとー! 美しい姫から! プエリ赤頂きましたー!」
「「「アッザース‼」」」
ぎゃぴっ! 拡声魔法⁉
いきなりナイトさん達の大きな声が聞こえてきた! 何何⁉
「ま、魔王様! ナイトさん達がみんなお母さんの席に集まってます! 他のお客様放っておいていいんですか⁉」
魔王様はニヤリと笑うだけだ。ルルさんとアーニャも不敵な笑みを浮かべている……やっぱり私だけ何も知らされていない気がするんだけどっ⁉
「「「もっとちょうだいもっとちょうだい! 姫の! 愛を! もっとちょうだい! ヨイショー! ヨイショー! なんと! 超超! 可愛い! 素敵な! 姫から! 愛、情、いただきます‼」」」
ひぃい‼ 何の呪文⁉
お客様はみんなポカンとしていた。
でもその後も徐々に他の席からプエリ白のオーダーが入って来た。その度にあの呪文が聞こえてくる……シャンパンコール、略してシャンコというらしい。
シャンコの拡声魔法にビクビクしながら必死に伝票を書いて、早く終わってぇ! と切に願った。
2021/8/28改稿。