メイリア:窮鼠
メイリア視点です。
今日からオルガ国に群生しているキキューの育成に入る。
私はラウンツさんの悪夢にうなされているニーナを起こし、朝食の準備をする。そして魔王様がお話しされた本日の予定にどこか不穏を感じた。
治癒魔法担当はアーニャ。これだけでも私の精神力は削られそうなのに……賑やかなのがお好きな魔王様はやはりみんなを連れて行く事になさった!
でも問題は無い、多分。
しかし現地に着き、私は今の今まで楽観視していた自分を殴りたくなった。
……キキューが……ほとんど生えていない……!
……ただでさえ魔界のキキュー育成は予定を数日オーバーした。
魔界の錬金施設では既に同時進行で殺虫成分の分離抽出作業を行っているが、これは人力なのでどうしても一ヶ月かかる。
そこから粉末状の殺虫剤へ錬成するのに更に一ヶ月。
だからオルガのキキューは今月中に採集を終わらせたかった。つまりあと二週間しかない。
しかし魔界と違ってまばらにキキューが生えているこの様子じゃ、かなりの広範囲にスキルを使用しなければならなさそうだ。
……二週間じゃ、とても足りない。
飛蝗が孵化するタイムリミットは希望的観測であと二ヶ月半……。それまでに全てを完了しなければ……。
黒雲の悪魔が、やってくる。
私が実験で簡易的に錬成した殺虫剤は精度が低く、すぐに雨で流されてしまう。だから本番用は殺虫成分の高濃度抽出が絶対に必要。
しかしいくら国立錬金施設といえど、工場のように大量生産しているのは主に液体ポーションだ。
今回製造する殺虫剤は、ポーションと違って水を使わずに有効成分を分離抽出しなければならないので、巨大なポーション製造機は使用できない。さらに最終的に粉末にするという手間のかかる作業が必須となる。
使用する魔法は錬金術の初歩のものだけれども、それに必要な器具は錬金術師個人で所持している規模のものしかない。つまり、一度に大量生産できない。だから時間がかかる。
そして錬金施設は市場に流通させるポーションの供給を絶ってはいけない。
魔王様から錬金施設を「貸し切る」と言われていたキール会長はポーション製造を数日ストップする予定だったようだけれども、私が殺虫剤製造にかかる期間を説明したら心臓が活動停止した様子だった。
会長がそのまま自死しそうな勢いだったので私は息を吹き返させるのに苦労した。
キール会長の生きる希望である魔王様名刺……春まで渡せなくなってしまった……。
そして改めて私から、個人研究を許されている錬金術師だけ今回の殺虫剤製造に協力してくれないかと依頼した。
……つまり、施設職員個人の研究を一時停止させたのは私だ。彼らの気持ちを思うと胸が切り裂かれそうになる。
だからこそ私は……私も……全力を尽くさねばならない!
そんな決意を胸に、本日この場での決行を魔王様へ告げる。
やがて農民も集まり、私はもう一度自分に活を入れる。
「アーニャ、準備はいいか?」
「治癒魔法の準備、オッケーだよ!」
「んじゃメイリア、やっちまえ!」
──ッついに私の出番!
予定通り採集するにはもう奥の手しかない! まさかここでアレを……くっ! こんな事になる予感はしていた……でも私はその可能性から逃げていた! その罰を受ける時が来たにすぎない! 私は……魔王様のためなら死をも恐れない!
と、0.8秒で脳内を整理し、静かに腹を括った。
「……はい……」
魔王様が私の背に手を置いた。そして私はスゥッ──とめいっぱい息を吸い込み、幼き日を思い出す。
片っ端から雑草を伸ばして遊んでいたあの頃──そう、頭空っぽの子供時代だから出来た事──子供だからこそ起こす、過ち──。
「のびのびたいそう! いっちにーさぁんっ!」
急に大声を出した私へ一斉に視線が集まる。
……くっ! 気にしたら負け! 昨日のニーナよりマシなはず! ニーナが私に元気をくれる!
「はっぱのーびのびー! ぐーんぐんのびるよー♪ ぎゅんぎゅんぎゅぅ~んっ! おっそらまーでとーどけー♪ ぎゅんぎゅんぎゅぅ~んっ!」
ふわりと生温い風が私の頬を撫でたかと思うと、私を中心に草花が一斉に芽吹く。放射線状に伸びていくそれは今までの速さの比ではなかった。
二回目の「ぎゅんぎゅんぎゅぅ~んっ!」を言い終わったところで、目に見える範囲は初夏を思わせる風景に塗り替わっていた。
……全部歌う気にはなれない、さわりだけで終わってよかった。これ以上は本当に死ぬ。
恐る恐るみんなへ振り返る。
……ああ、やっぱり。みんな笑いをこらえてる!
いくらキリッ! とした顔をしても私には分かる! ニーナの『裏作戦名:まじっく☆プリンセス』で何度見てきたと思ってるの⁉
しょうがないじゃない! いつの間にかこの歌が詠唱として認識されちゃってたんだもん! 私だって今からでも詠唱を変更できるならしたい!
「メ、メイリアさん……大丈夫ですか?」
涙目のニーナがふるふると私に近付いてきた。
大丈夫なはずがない。今すぐ無詠唱で無理して物理的に頭を爆発させたい。
「……身体は大丈夫……全く……大変残念な事に……1ミリも……ダメージが無い……」
詠唱のおかげで。だから子供の頃はスキル使い放題だった。
「そ、そうですか……よかったです……ぶっ!」
ぷくぷくっと鼻の穴を膨らませ笑いをこらえきれなくなったニーナ。私はこの憎たら可愛い生物に抱き着き、思いっきり締め上げた。
「い゛っ! 痛いですぅ! ごめなひゃ!」
「……お願い……エタフォで殺して……」
地面に這いつくばり死にかけの飛蝗のようにピクピクと笑いを我慢しているアーニャとレイスターを尻目に、私は意識を手放そうとした……が、出来なかった。
死した精神とは裏腹に身体はピンピンしている。
私はもはや、恥ずかしさを怒りに変え、八つ当たりという子供っぽい手段に出るしかなかった。
「……魔王様……早く次の場所へ……今までの十倍のスピードでやります…………早く!!!!!」
ピョンピョンと跳ね懇願する私にニヤニヤが止まらない魔王様は「分かった分かった」とでも言わんばかりに私の頭をポンポンし、次の場所へと転移させてくれた。
私と魔王様だけで。
……やはり魔王様は偉大。
安心してください、ギャグファンタジーです。
2/13(日)はお休みします。




