熱と震えと 前編
村人視点→ニーナ視点になります
俺は焦っていた。
農村でしがない人生を送っていた俺はジーナと結婚し、先々月には結婚四年目で待望の娘イルマが産まれつい最近まで幸せの絶頂だった。
なのになぜ神はこんなにも残酷な試練を!
「なぁジーナ……頼むから魔族のメシ食ってくれよ……」
「嫌よ! 何度も言ってるでしょ⁉」
「ボビーは食ったけど平気だった! 大丈夫だ!」
「たまたまよ! それに少しは毒が入っていたかもしれないじゃない! 私が食べたものがお乳になるのよ⁉」
「……クソッ!」
この俺とジーナの堂々巡りなやり取りは毎日のことだ。
希少な食糧温存のため嫁のジーナは少しずつ痩せていき、乳の出が悪くなったのはつい最近。
蝗害で作物の収穫は絶望的だったが、それでもわずかに残った麦を粉にし水に溶かしてイルマに飲ませていた。
小さなこの村で今乳が出る女は他にいなかったから、俺は近くの村に乳の出る山羊を調達しに行ったがどこの村も融通してくれるワケが無かった。みんな生きるのに必死だ。
どの村も毒見のために魔族の食糧をまずは動物に与え、次に勇気のあるやつが食ってみたけど今のところ大丈夫だった。
次第に魔族の食糧を食うやつは出てきたけど、俺はジーナに「乳飲み子がいるのに死なれたら困る」と言われてまだ食ってない。ジーナは言うまでもない。
イルマは日に日に弱ってきている気がする……。
ジーナがたらふく飯を食って元気になれば乳が出る、もうそれに賭けるしかなかった。
でもジーナは毒の可能性を捨てきれないでいた。俺だってもしイルマが毒にやられたらと思うと悔やんでも悔やみきれない。母親ならなおさら慎重になるのも無理はねェ。ようやくできた子供を自分の乳で殺すのが怖いんだってことはバカな俺でもわかる。
それでも、このまま衰弱死するくらいなら魔族のメシに賭けてみてもいいと思うんだ……。
「……なぁ、イルマ大丈夫か? いつも魔物みたいにギャン泣きしてたのに今日はあんま泣いてないよな?」
「え? ……今日はとってもいい子で……っ⁉ 体が熱い!」
俺が慌ててイルマを受け取ると、ジーナは急いで水がめの方へ向かった。イルマのおでこを冷やす準備をしているんだろう。
……熱があるみたいだな。でもちっちゃな鼻と口で一生懸命息をしてる。イルマは生きてる。確かに俺の腕の中でぎゅぎゅっと命の力が詰まった人間が、生きてる。お前だって母ちゃんとずっと一緒に生きていきたいよな……?
「ジーナ……イルマの看病は俺がするよ、もう寝ろ。……一度冷静に考えてみてくれないか? まずはお前が元気にならないと」
「うっ……うぅ~~~……」
ジーナは泣きながらベッドへもぐりこんだ。俺は濡れた手拭いでイルマの頭を冷やしてやる。乳の代わりのものを飲ませてやらなきゃ……。
「ん? なんだ?」
外が騒がしい。俺は家のドアを開けて村の広場を覗き込んだ。
……角⁉ 魔族だ! ……でもなんか様子がおかしい。長い銀髪の小さな魔族が手で頭を押さえしゃがみこんでる。
あっ! ボビーが槍を投げた! ……けど槍は魔族のすぐ手前でカンッとはじかれる。
とにかく俺も行かないと! 村を守るのは力しか能のねェ俺の仕事だ!
俺を引き止めるジーナに「絶対出るな」と言って槍を持ち、家を飛び出してボビーの元へ向かった。
「ボビー! なんで魔族が⁉ けが人は⁉」
「おうダニー! なんかよォ……あの魔族攻撃してこねんだ。『ご飯食べてくださいぃ!』って言いながら怯えててよォ……『いいまぞく』らしいぞ?」
「は? あの手紙を書いた魔族って事か?」
「おう。……なぁ魔族ー! 本当に毒入ってねェのか⁉」
ボビーが魔族に話しかけやがった!
「はははは入ってないでひゅっ!」
「入ってないのか! じゃあよかった! ありがとな!」
ボビー単純すぎるだろ!
「バカ! ボビー、最初は油断させて俺らを一気に殺す作戦かもって村長が言ってただろ⁉」
「そっ! そそそそんなことっ!」
「あぁそんな事言ってたなぁ……でもあの魔族はいい子だとオレは思うんだけどよォ……」
ボビーは俺よりバカだからこういう時判断に困る!
俺もチラリと魔族を見てみると、魔族の後ろの方からかすかに足音が聞こえてきた……仲間か⁉ ここで俺らを殺す気か⁉
槍を持つ手の震えを必死に抑えていると……。
暗闇から現れたのは白い布をたっぷりと使ったドレスを着た、角の無いべっぴんだった。人族だよな……?
そしてその顔が暗闇の中でなんとか見えた時、俺は思わず地べたにひれ伏した! 俺の後ろからもザザッと布擦れの音が一斉に聞こえてくる!
……嘘だろっ⁉
──────────────
つ、ついに来ちゃったよぉおおお! アレイルの村!
あれから私はメイリアさんと必死に飛蝗を集めて、お風呂で血が出る勢いで体をゴシゴシしてベッドで休んでいた。
そうしたら会談が終わった魔王様がディメンションメンバー全員に会談の報告をしに来てくれて……いつもの強制転移。
今私は魔王様と二人でアレイルのとある村の近くにいる。もう辺りは真っ暗だ。ここにも虫がいそうでもう嫌ぁ!
「よしニーナ! 行って来い!」
「ひぃい! 待ってください! ここっ心の準備がぁ!」
「会談の後に行くっつったろ!」
「その日のうちなんて聞いてませんよぉ!」
「とにかくこの村は急ぎなんだよ! 赤ん坊が死ぬぞ」
「えっ⁉」
「母乳の出なくなった母親と赤ん坊がいる。代用乳も無い。乳を出すには色んなモンを食った方がいいんだよ」
「……わ、わかりました……でもなぜ魔王様はそんな事を知っているのですか?」
「ムーバーイーツの際、次の転移先を計算している間に村人の魔力感知をして弱った人族がいないかチェックしてたからな。気になった村は集音魔法で盗み聞きした。それより早く行け」
「ひゃい……」
魔王様……あの短時間で抜かりないな。人族の魔力チェック……明日から私もしよう。
そんなことを考えながら私一人で村へ向かって歩き始めた。魔王様は人族が怖がるので遠くで待機だ。
……村に近付くと村人と目が合った。バッチリ合った。村人はダッシュで逃げて行った。
……うぅ……きっと武器とか持った人がわさわさ集まってくるんだろうなぁ……お話しなんてできるのかなぁ?
ビクビクしながら村へ歩みを進めると魔物除けのとげとげ柵があったので身体強化でジャンプして乗り越える。
「クソッ! 何しに来た⁉」
「マジで魔族かよ!」
私が村に入ると建物の影から武器を持った男の人がわらわら出てきた! ひぇ! 不意打ちはやめてぇ!
ととととりあえず〈結界〉! ……よし、お話しするぞ!
「あああ、ああああのですねっ! ごごご飯食べて下さいぃ! 私はいい魔族でしゅっ! ど、毒とかはなくて、正式にアレイルとオルガから許可が出ていて──ぎゃぴっ! ひぃいいい!」
急に矢が飛んできたようっ! いっぱい飛んでくるっ! そういうのはやめてってば! ペン先でも向けられると怖いのにっ!
思わずしゃがんで縮こまった。正面から正々堂々姿を現すのは苦手だよぅ。……でも私がやらないと!
「はじいた⁉」
「矢が効かねェ! チクショウ! これをくらえっ!」
ひえっ! 槍が飛んできたぁ!
私の結界が槍をはじくと、さっきまで叫んでいた人族の声のトーンが落ちざわざわし始めた。
「ここっ攻撃しないでください……あの……あの……ご飯食べてくださいぃ!」
……攻撃は効かないって諦めてくれたかなぁ? お話聞いてくれるかなぁ?
……何度でも同じことを言うしかないか……。
「……なぁ魔族ー! 本当に毒入ってねェのか⁉」
ラウンツさんみたいにおっきなムキムキのスキンヘッドお兄さんが話しかけてきた!
「はははは入ってないでひゅっ!」
「入ってないのか! じゃあよかった! ありがとな!」
やったぁ! 信じてもらえた! 作戦成功ですよ魔王様!
「バカ! ボビー、最初は油断させて俺らを一気に殺す作戦かもって村長が言ってただろ⁉」
違うようっ!
「そっ! そそそそんなことっ!」
「あぁそんな事言ってたなぁ……でもあの魔族はいい子だとオレは思うんだけどよォ……」
このボビーってお兄さんはいい人族だ!
ボビーさんの隣にいるお兄さんをちょっとだけ睨んでいたら、村人が一斉に驚いた顔をして地面に手足と頭をついた。
えっ⁉ 私が睨んだから⁉ ごごごっごめんなさい!
「皆の者、顔を上げてください」
私の後ろから柔らかくも凛とよく通る女性の声がゆっくりと聞こえてきた……思わず振り返る。
…………。
「ディッ! ディディディオッ!」
「わたくしはディオルフィーネ・ロレーズ・アレイル。アレイル国王太子妃として、そしてオルガ国第一王女として皆さんへお話しをしに来ました」
アレイルのお姫様ぁ! なんでぇえええ⁉
ボビー、ガチムチ坊主の食いしん坊でバカだけどいい奴。好き。
そしてニーナがJOJ〇になってるw
9/27(月)はお休みします(∩´ω`∩)




