三人称:強制三国会談 ルーガル対策
「魔王……お前の望むアレイルは何だ?」
魔王の真意を探るため、アレイル国王が問いかけた。
「あん? だから金儲けしてディメンションに使ってくれよ! ホストクラブは平和ボケしたやつのための刺激的な遊びだからな!」
「平和か……魔王が平和を望むか……」
「俺様は生粋の平和主義者だぜ!」
元日本人の魔王は腕を組んでうんうんと頷く。
「魔王が世界平和を目指しているなどおかしな話じゃのう」
オルガ国王が気の抜けた声を出した。
ドワーフと獣人がエルドラドで平和に暮らしているという報告を聞いているオルガ国王は、魔王の平和主義を頭では理解できなくとも肌で感じていたのである。
「俺もそう思うぜ! 魔王っぽく平和を保つのも大変なんだよー。ちょっとダンジョン沢山作って魔界を混乱させるか、ははは!」
とその時、アレイルの大臣が強張った顔で戻ってきた。大臣はアレイル国王へ一枚の紙を差し出し、それを読んだ国王がゆっくりと口を開いた。
「……まだいくつかの町だけの確認であるが……本当に魔王の言う通りの手紙と共に食糧が輸送されていた。簡単ではあるが毒見も済んだ。そして実際、今のところ町に被害は無い……」
「おう! 分かってくれたか! ひもじさは人の心を腐らせるからな、それこそが毒だ」
「…………」
「はぁ……まぁ普通毒を使うなら井戸を狙うじゃろうな、食糧は大丈夫であろう。さて、話を戻そうぞ。それで殺虫剤はどうするかの?」
オルガ国王の問いかけにより、話は殺虫剤へと戻った。
「お? おお……んじゃそういう事で費用はオルガが出せよ。戦争回避できんだし、バッタがオルガまで来る可能性だってあんだから安いもんだろ」
ヤンキーが財布も出さず後輩に「ちょっとジュース買ってきて」のノリで言う魔王。
「そのような事はできぬ!」
当然アレイル国王は辞意表明する。が、オルガ国王はそう言われることを分かっていた。
「その話本気であったか……まぁやぶさかではないがのう。しかしそれはアレイルがきちんと借金を返済できるかにかかっておる」
「おい、じいちゃん! ルーガルとの契約破棄しろ! 武器代をオルガに回せ!」
「……契約破棄したいのは山々だが、その後ルーガルがどう出るか……」
「ん~……じゃあ次のディメンション出店はルーガルにする。魔族がいたらルーガルはアレイルに構ってる場合じゃないだろ?」
「「何っ⁉」」
「殺虫剤の金はとりあえずオルガ持ちにして、アレイルに誠意があるなら食糧のカケと一緒に少しずつ返していけよ。殺虫剤は俺ら魔族が風魔法でバーッ! と撒くわ。……なぁ、ルーガルに出店するいい方法知らねぇ?」
そんなもの誰も知る訳が無い。昔ルーガル城を破壊したのはこの魔王なのだ。
会談の間に沈黙が流れる。
……なんか魔王のおかげでいい感じになるっぽいけどルーガル出店は無理じゃね? と、この場にいる誰もが魔王に感謝しつつ途方に暮れていた。
「魔族が入国する大義名分と酒場を開かなければならない理由が無いのう……」
オルガ国王がポツリと呟いた。
「あっ! 理由が無いなら作ろうぜ! えーっと……ダンジョン作るか! ルーガルに! 魔族が管理しないと危ないやつが出来ればいいんだろ⁉ うん、これでオッケーだな!」
困った時のダンジョン作戦。
「魔王よ……世界中にダンジョンを作れば魔族が人界を支配できてしまうではないか……」
ダンジョンのせいで無理やり魔族に不法滞在されたオルガ国王は苦虫を噛み潰したような顔で魔王を見る。だがあくまで、自身の経験による魔王への助言であった。
「あん? あー……そう思われちゃうのかー。でもダンジョンを作るユニークスキルを持ってるのなんて俺しかいないから大丈夫だぞ? ルーガルだけに作るからさ! よし、これでいこう!」
「「…………」」
ルーガルにしか作らないなどという魔王の意思を他の国はどう知り得るのか。それ以外にもツッコミどころ満載の魔王の発言であるが、もう王達はツッコむ気力が無かった。
「……しかし酒場をやる理由までは無いのう」
「あ~……それはホラ、あれだ!」
魔王は即興のディメンション出店計画を二国の王に話す。
「……無茶苦茶じゃが、最悪それならルーガルもどうしようもないのう。入国も先ほどの話より自然じゃ」
「……力技だな、しかしそれしか手はないだろう。……そうと決まれば……我が国を境に人界が、いや世界が南北に分かれるという事か……」
アレイル国王が人界から見た自国の未来を口にした。アレイル、オルガ、魔界だけが世界から切り離れるという事だ。
「生誕の地はルーガルの手に負えるモンじゃねぇ。どっちみち俺が出ていくことになる」
今日一番真剣な顔でそう言った魔王の言葉に、二国の王はハッとする。
「……ルーガルが世界にもたらすのは混沌しかない、か……もうよい、どの道オルガは魔族と切っても切れぬのじゃ。魔王の好きにしろ」
すかさずオルガ国王が国の命運を分ける重大な決意表明をした事にアレイル国王は焦燥した。周囲から唾を飲む音が聞こえてくる。
(バルフレア国王は世界中を敵に回す覚悟か⁉ それほどまでに魔王を信頼しているのか⁉)
口の回る魔王が人界征服をしない振りをしていながらも実は人界侵攻を企てている方に賭けるか……不穏な動きをしているルーガルが圧倒的な力を手に入れ、いずれ他国に侵攻する可能性の高さに賭けるか……アレイル国王は熟考した。
魔王を止められる者はいなくとも、アレイルがルーガルの足を引っ張り止められる可能性なら……ある。
魔王とルーガル、信じるならばどちらか。
アレイルは正義の旗を降ろしたまま保身に走るのか、再び旗を掲げるのか。
国王として胸を張って国民のために出来る事とは。
しとしとと降り続けていた雨はいつの間にか上がり、窓からテーブルへ光が差してくる。卓上に置かれたままのペガサスデコがその陽の光を一身に受け輝きを増した。
「わかった……アレイル国はルーガル国との武器輸入契約を、破棄する! そして魔族とオルガからの支援を要請する!」
アレイル国王は立ち上がり、頭を下げて礼をした。
王が頭を下げるなど……と周りにどよめきが起こる。
「決まりだな! 話を詰めようぜ!」
魔王も立ち上がりアレイル国王へ歩み寄る。そして右手を高く掲げた。
「……?」
「ハイタッチだよじいちゃん! 手ぇ上げろ!」
アレイル国王がおずおずと魔王側にある左手を上げると、パアン! と心地良い音が会談の間に響いた。
「……痛いぞ魔王」
「ははは! じいちゃんこれだけで死にそうだもんな! でもじいちゃんが笑ったらみんな笑ったぞ?」
(私が笑っている?)
アレイル国王が顔の筋肉に意識を移す……なるほど確かに頬の肉が上がっている。
そしてアレイルの家臣や護衛達をぐるりと見渡すと……皆の目が輝いていた。
そう、アレイルの希望の光がキラキラとその瞳に浮かぶ涙に反射し煌めいていたのだ。
アレイルとオルガの戦争を一番憂慮していたのはここにいる者達である。ルーガルにハメられた戦争は無くなり、代わりにオルガと友好関係を結び直し、さらに蝗害終息の目途まで立った。
アレイルとオルガの絡まった結び目をひとつひとつほぐしていったのは他でもない、魔王であることは明らかである。そしてアレイルに手を差し伸べ続けてくれたオルガ国王、最後にアレイル国王の決断によって、アレイルに復活のマーチが奏でられ始めたのだ。
ひと段落付き、三人の王は今後の各国の動きについて細かい調整をした。
まず食糧輸送。これはとりあえず現行のムーバーイーツを継続。ただ違うのはアレイル国から各地域へ通達がなされる事だ。
アレイル国主導の輸送は、当面の間アレイル都市の備蓄を吐き出す。東西南から北への通常輸送ルートも並行して手を加える。
次に四天王。これはいつ現れるかわからないのでアレイルとしては落ち着かない。しかも勇者の試験も兼ねているのだ。勇者には早めに四天王を倒してもらい、アレイルに「世界初の女神から力を賜った救世主」と誰もが認める存在であると証明してもらいたいところ。
これに関しては魔王が「おびき出す策がある」との事で早めに決着するらしい。……つまり巻きでヤラセを完成させるという事である。
そして殺虫剤。オルガが魔界に殺虫剤製造を依頼、対価は現金と貴重な錬金素材。オルガのキキュー育成計画も同時に進める。キキュー採集人員の手配はオルガ国担当、育成は魔界と同じように魔王とメイリア。
これも春までに間に合わせないといけないのでガチの巻きである。虫害地域全体をカバーする量の製造は間に合わないかもしれない事については合意が取れている。
さらにルーガルとの契約破棄。これは実質、ルーガルの財政を不安定にさせるという事だ。四天王問題の解決と、虫害終息のめどが立ったら実行に移すことになった。
最後に魔王のルーガル進出。これはアレイルがルーガルとの契約を破棄する直前に行う。
つまり魔族のドサクサに紛れて、経済ひっ迫を理由にアレイル側から一方的に通達する。ルーガルを魔族の対応に追わせ、アレイルを追いかけさせない作戦である。
「よし! こんなもんか。……ところでよぉ、アナーキーは誰の策略だったんだ?」
オルガ国王の手の動きがわずかに止まる。
魔王に視線を向けられたアレイル国王にとっては寝耳に水だった。
9/24(金)はお休みします(`・ω・´)




