三人称:強制三国会談 魔王流ごあいさつ
「よう! 魔王のアーデルハイドだ! 俺も混ぜてくれよ! あ、土産持ってきたぞ」
突如テーブルのど真ん中に現れたのは赤黒く輝く二本の角に漆黒の髪の青年(に見えるアーデルハイドくん33さい)、魔王であった。
身に着けている服は黒で統一されており、髑髏のバックルが付いたベルトやら、いぶし銀の十字架のネックレスやら王冠の形をした指輪やらゴチャゴチャとアクセサリーを着けている。
そして挨拶と共に掲げた左腕に巻き付いている、ダイヤでキラキラ豪華な腕時計が「俺が主役だぜぃ!」と言わんばかりに輝いた。
魔界でもホスト必須アイテムを求めた魔王が魔王命令で職人達に作らせた逸品の数々である。この世界にはシルバーアクセサリーはあっても、腕時計が無かったのだ。
例え成金趣味、ホスト趣味と言われようとも、その通り成金ホストであることを自覚していた魔王は、気にせずそういう物で自身を飾り立てるのが好きであった。
ほとんどのホストが罹患する「第二次厨二病」は決して完治しない恐ろしい病気なのだ。
今日の魔王は気合いを入れて完全装備である。装備の意味が一人だけ違う。
現魔王の象徴である角と怪奇なホストファッションに言葉を失っているアレイル国王とその他御付きの人々、そして呆れているオルガ国王達を無視し、魔王は亜空間からペガサスデコを取り出そうとした。
ディメンションでお値段一千万、卸せば伝説になれるキラキラのアレである。
「ッ! かかれっ‼」
「「「ッ!」」」
亜空間からチラリと覗いたのはラインストーンでビッシリのペガサスの翼。
その先っぽと反射する光が刃物に見えたのであろう、すでに家族への別れを済ませこの場に臨んだアレイルの護衛達は、決死の想いで剣を抜きながら魔王へ向かって跳んだ!
が、何かの光と共に護衛の動きは跳躍したまま空中でピタリと静止する。
「あん? いきなりなんだよー! 手ぶらじゃ悪ィと思っただけなのによぉ」
繰り返すが魔王はまだテーブルの上に土足で立っている。気の使い方が自分本位過ぎる。
そして魔王が空いている左手で髪をかき上げると紅い左眼があらわになり、ピカッとその色が煌めいた。
瞬間、魔王に向けられた全ての刀身は、ぐにゅり……と平べったい「くまさん」の形に変化する。
今、筋骨隆々なアレイルの益荒男達は金属のくまさんうちわを掲げジャンプしたまま空中停止しているのである。
ここだけ見れば、熊を愛するむさ苦しい集団が「くまさん最高イエーーーイ!」と決起集会をしている異様な光景。魔王は吹き出した。
「ぶはははははは! くまさんじゃ俺は斬れないな。魔術師の杖とかは高そうだから勘弁してやった、俺様に感謝していいぞ!」
そう、魔術師もアレイル国王を守るため詠唱を開始していたが、彼らもまた魔王の〈空間固定〉により口を動かせないでいた。
と同時に魔術師達は、無詠唱で発動された二つの魔法、そして何より転移陣も無く転移して来たその魔王の唯一無二の魔術に「あ、これ手も足も出ないやつだ」と自分達が魔王の眼中にすらないことを悟った。
そもそも空間魔法の使い手は稀有だ。転移に亜空間にこの固定、少なくともこの三種の空間魔法だけで、人族が対抗できる術はもはや無いと理解するのに十分であった。
「落ち着け! ……あれは酒じゃ、はぁ」
アリアヴェルテから散々くまさんデコを自慢されていたオルガ国王だけは冷静であった。魔王がテーブルにコトリと置いたペガサスデコを見るその目は呆れを隠さないでいる。
どうかアレイルの護衛は安心してほしい。魔王の座右の銘は「俺の武器は俺自身」である。つまり武器など持たない主義である。
だが裏を返せば、武器など必要ないほど魔王が強いという事に他ならないが……。
オルガ国王の声により、国王を守るように取り囲んでいたオルガの護衛達は姿勢を正した。魔王と多少面識のある彼らは魔王に襲いかかることは無かったのである。アレイルに対する「オルガは魔族を警戒している」という体裁のため、剣の柄から手を離すことはないが。
オルガ国側から漏れるわずかな溜息を聞いたアレイルの護衛達は、最悪の事態ではない事に少し安堵した。
だが、明らかにベッタベタに甘い手加減をされた事実は、護衛達の戦力が魔王にとって吹けば飛ぶレベルである事を認識させ、彼らは悔しさとやるせなさで心がいっぱいになった。勇敢に散る事すら叶わず、「無能の烙印を額に焼き付けたまま生きろ」と言われた気分だ。
最後に、アレイル国王が大きく息を吸って吐いた。自分が呼吸を止めていたことにやっと気付いたのだ。
「魔法解除すっからよ、俺にもお茶出してくれていいぞ!」
勝手にお誕生日席に座った魔王が再び左眼を光らせ〈空間固定〉を解除した。
くまさんうちわを掲げていたアレイルのガチムチ護衛はバタバタと床に落ち、くまさんをどうしたらよいのかと悩みながらもアレイル国王のそばへ再配置に着く。
剣であったものはとりあえず握っておくしかない、鞘には入らないし、いざという時の盾くらいには……ならないだろうが。
「あーあー! 俺様傷付いたなー!」
アレイル国王がオルガ国王と対面するためにあえて座らなかったお誕生日席、上座に座った魔王がテーブルの上に両脚を投げ出し、頭の後ろに手を組んで被害者面し始めた。
全ては魔王の「正当防衛さくせん」である。ハナから土産の気遣いなど無かったのだ。ペガサスデコはその本来の役目通り「飾り」と化した。
ちなみに魔王の黒い右眼とは対照的な紅い左眼は魔眼であるが、その力は使用していない。わざと異質なソレを見せ、光らせたのはただの演出である。
アーニャの「魔王様が髪で隠している左眼は魔眼説」、実は当たっていたのだ。
魔王は15歳で魔王に就任してから「流石にオッドアイが許されるのは中二までだよな……」と恥ずかしくなってずっと髪で隠していたのである。
アレイル国王はちゃっかり上座に座った魔王を見て、初っ端からこの場の支配者が決まってしまった事に気が付いた。すでに駆け引きは始まっていたのである。
先ほど鼓舞した自分の決心が折れそうだ。横目にチラチラと見えるニッコリくまさんの視線はまるで自分を嘲笑っているかのようである……。
「魔王よ……武力行使するつもりはないという事じゃな?」
アレイル国王と魔王のクッション材になるべく、普段は福福としたおじちゃん、オルガ国王がキリリと表情を引き締め口を開いた。
おおよそこうなる事は分かっていたのである、オルガ国王は自分の役割を正確に理解していた。
「おう! 俺様は話の出来る魔族だぜ? むしろこの顔と喋りで食ってきたからな!」
「話が出来る」の意味が後半で転生前の話にすり替わっている。この場にいる誰にも伝わらない。それでも魔王は誇りである自分の一番の武器をアピールしたかった。チートなど自分の努力で得たものではないのだから。
「……魔王に飲み物を」
アレイル国王の指示でひとりの護衛が退室していった。侍女に取り次ぐのだろう。
そして魔王が出現してから初めて発言したアレイル国王のこの言葉は、魔王を正式にこの場に迎えた事に他ならない。
もとより武力で魔王と真っ向から戦う気などさらさらなかったアレイル国王である。ハプニングはあったものの、話し合いの方向に進んでいる事実は自分の予定通りだ、と何とか頭の冷静さを取り戻したのであった。
はてさて、やっとこさ魔王の思惑通り「魔界とオルガとアレイルの三国会談」のはじまりはじまりである。
9/15(水)はお休みです(∩´ω`∩)
魔王様のファッション事情が明るみに!
十字架のネックレスは、絶対アーニャがうるさいので普段魔王様は百合モチーフの方を着けてました。
第一話にもうちょっと描写を入れようかな……。




