勇者の影響
「ははははは! ちゃんとヅラ被ったな! ああいうアホは好きだぞ、うん」
「ヅラで完璧なイケメンになったね! 私の中の闇もやっと鎮まったよ!」
「アーニャがこう言うなら勇者の完成ですか魔王様。四天王最弱の出番はいつですか? 装備なら持って来てます!」
お兄ちゃんの目はキラキラと輝いている。早く四天王最弱をやりたいらしい。
「う~ん、本当は四天王戦は会談の後にしたいんだよな。すでに勇者がアレイル都市中で認められていれば俺の計画がスムーズになるんだけど……。よし! あのアホが都市に帰ってからの様子も見るぞ!」
「ぎゃぴっ! 魔王様ぁ……お腹空きましたよぅ……」
「あん? しょうがないな、ジルになんか作ってもらうか。俺様がお前らにムーバーイーツしてやる! って俺、何でニーナにパシられてんだ? まったく……」
違うぅ! 早く帰りたいんです! あああん! ジルさん、ディメンションの営業中で忙しいのにごめんなさい!
そして魔王様がディメンションへ転移したので私達はしばらく木の上で待機することに。
勇者は律儀にヅラを装備したままミルムさんとブラックコボルトの剥ぎ取りをし始めた。
……え……嘘……勇者が亜空間に素材をしまってる! 人族で亜空間魔法を使えるのは珍しいのに!
ルルさんいわく、冒険者のプラチナクラスというのは上から二番目のランクらしい。ランクは冒険者ギルドが決めているんだって。一番上のダイヤモンドクラスは人界に一人いるかいないかだそうだ。だからカスだけどプラチナクラスである勇者の強さは伊達ではないとの事。
勇者とミルムさんが立ち去った後、魔王様がジルさんの料理を運んで来て下さった。ルルさんが敷物やテーブルなどを出してくれてみんなで晩御飯を頂くことに。
……これ、ディメンションの高いメニューだ……ステーキやらフル盛りやらキャビアやら気合いが入っている。
実質魔王様の食事だもんね、気を使ってくれたんだ。ジルさん……ありがとうございます。後でお礼を言おう。
「飲み屋のメニューだからパンは無いぞ! オムライスで腹膨らませろ! シャンパンもくすねてきたから飲むか? ははは!」
魔王様……また盗んでる。
「ジルさんのご飯初めて食べるわネッ! 楽しみよぉ☆」
「ずっと食べてみたかったんだよね! 私もシャンパン飲んでみたいよ魔王様!」
そしてなぜか魔族が人界の森の中で豪勢な酒盛りをするという謎の展開になってしまった。
……ステーキの匂いに釣られて来たブラックコボルトの気配を感じるけど、本能で私達に勝てないと分かっているようだ。近づいて来ないので無視してジルさんのご飯を堪能する。
「なにこれ⁉ すっごい美味しいですぅううう!」
こ、こんなに柔らかいステーキ初めて食べたっ! お肉なのに噛まなくても口の中で溶けるぅううう! さすが2万ディルのメニュー……ボッタクリだと思ってたけどそれだけの価値がある!
人族めっ! 今までこんな美味しい物を食べてたのっ⁉ ……人界の料理人も配下にすると心に決めた。
みんなでジルさんのご飯をペロリと平らげ、私とお兄ちゃん以外はシャンパンも飲んでご機嫌だ。
「ホント美味しかったわぁ! ジルさんにお肉の仕入れ先を教えてもらおうかしらっ? やっぱり筋肉をつけるにはお肉よぉ!」
「くっ……私の料理なんて足元にも及ばないわ……」
「見て見てー! ビンダするよー!」
「ははは! いいぞアーニャ! ホス狂いの女神になっちまえ!」
ああ……人族の信仰する月の女神までホス狂いになってしまった……。魔王様恐ろしい。いや、ただのアーニャなんだけどさ。
「さて……そろそろ勇者が都市に着きそうだ。ご馳走さまー! 片付けるぞー」
魔王様が洗浄魔法で食器を綺麗にしたらササッと亜空間にしまい、ルルさんもテーブル類を片付けてくれた。アーニャはまだモエリのビンを両手に持ってる……。
でもそんなのお構いなしに魔王様は私達をアレイル都市上空へ転移させた。
「勇者の周りの様子を探るぞ! 集音魔法よろしく!」
また勇者の会話を聞くのかぁ……疲れるようっ! 仕方なく〈集音〉。
「リューさん……何ですかその髪は」
「ヘヘッ! またセレネー様からもろた! どや⁉ チャラいイケメンになっとるやろ⁉」
「はいはい、またセレネー様ジョークですね」
「ホンマやてぇ!」
聖剣はともかく、女神がヅラを顕現させたなど誰も信じる訳が無い。
「……ハァ。前の格好に比べたらかなりイケメンに見えますよ、元が良かったんですね。それよりも、とにかく無事帰って来て良かったです。いくらプラチナとはいえお二人だけでブラックコボルトの群れの討伐なんて無謀ですっ! なぜ他のプラチナ冒険者を待た──」
「五十匹狩ったで! しばらくあの辺りは大丈夫や!」
「ごじゅっ……ぴき……⁉」
「おう! 勇者リュー様がこのアレイルを守るで! それよりはよ成功報酬くれへん? 腹ペッコペコや!」
勇者は冒険者ギルドにでもいるのかな?
「アホリューがブラックコボルト五十匹討伐……」
「確かに元から強いけどさ……あの聖剣……マジで勇者っていう凄いやつに選ばれたのか……」
「俺せっかくミルムさんの好きなパンチにしたのに! なんでミルムさんはアホリューなんかが好きなんだっ!」
……最後の冒険者の言葉には同意する。そしてミルムさんに振り向いてほしくてあの髪型にした人がいるんだ……。
「討伐部位証明完了です、成功報酬をどうぞ」
「あっりがっとさん~! ほな!」
「あっ! リューさんお待ちください! ギルドマスターがお呼びです」
「げぇっ! 俺ここにおらん! 仮病で宿で寝とる!」
「……リュー、背中には気を付けたほうがいいぞ?」
地の底から響くような低い男性の声が聞こえた。
「ギルマス……ッ! お、俺はリューやない! 髪がちゃうやろ⁉」
「バレバレだ、いいからワシの部屋に来い。ミルムもな」
「……リュー、諦めて行くで」
「ミルム! 俺の名前呼ぶなや! バレるやろ⁉」
「……ミルム、なんでこんなアホがいいんだ?」
「ウチもたまに分からんくなる……」
ミルムさんは一刻も早く目を覚ましてほしい。
勇者とミルムさん、ギルドマスターは階段を上ってギルドマスターの部屋に入ったようだ。
「……さて、単刀直入に言う。明後日国王様に謁見しろ、これが呼出状だ」
「国王様⁉」
「国王様⁉ 嫌や! 俺は死んだ事にしといてくれ! ついでに御花料くれへん⁉」
「バァッッッカモーーーン‼ 冒険者が国王様に謁見出来るどころか呼出を受けるなど前代未聞だぞ⁉ 絶ッ……対ッ! ……行けよ? というかワシがお前の首根っこ捕まえて同行するけどな」
「俺なんも悪い事してへん! ちょこーーーっと借金があるだけの善良な冒険者や!」
「あのな……そういう悪い意味の呼出しじゃない。国王様は事実確認を急いでおられる。お前がセレネー様の啓示を受けたってのは周りの冒険者が証言しているからそれはいい。ただ、お前の実力と聖剣の確認をされたいそうだ」
「……ほ~ん? 俺のスゴさを見たいっちゅー事やんな⁉ 照れるでぇ! お姫様とかも見てくれるんやろか⁉ 求婚されたらどないしよ~!」
「……リュー、今日でお別れや。一人でアレイル城行って来てな。じゃ、ウチはもう他人やから二度と会う事ないな! ほなさいなら!」
「ちょっ! ミルム! 冗談や!」
「お姫様と仲良ぉな!」
「俺はミルム一筋やって!」
「……っ馬鹿ぁーーー‼ ウチもう耐えられへん! チャラリューなんか嫌いやーーー!」
……勇者とミルムさんが痴話喧嘩を始めたので集音魔法を解除した。
魔王様の思惑による「チャラ男になれ」というふざけた啓示が二人の愛に亀裂を……。悪い事をした気がするけどミルムさんの事を思ったらこれでいいのかもしれない。
しばらくしたら魔王様も集音解除したみたいだ。
「勇者が明後日アレイル国王に会うって事だけで話は終わったな。人気はともかく、周知はされているみたいだからオッケーだ。ちょっと仕込みだけして今日は帰るか」
出た! 魔王様の仕込みっ! 嫌な予感しかしない……ッ!
「レイスター! 四天王の出番だ!」
「ッ! お任せくださいっ!」
ぎゃぴっ⁉ 今日は四天王の出番は無かったんじゃないのぉおおお⁉
御花料=お香典
9/7(火)はお休みしますm(__)m




