三人称:たのしいお茶会 後編
カテリーナ編ラスト、長めです。
「……あ、あのクラリゼッタ様。わたくしを本日お招きくださったのはもしかして……アレンのお話をするため……で……しょうか……?」
「それ以外に何があって?」
クラリゼッタからしたらその一言に尽きるが、カテリーナにとってはとんだ拍子抜けである。カテリーナは魂が抜け出そうになるのを必死に抑え、頭を整理し始めた。
「それよりもアレンが着たフロックコート、流行らせるわよ! 平民街で先に流行ってしまっては貴族が着れないもの! カテリーナ様、ご協力くださる?」
一緒に流行を作る。これは仲のいい間柄で行われる貴族の社交兼、遊び。そしてその発信源になれるいう事は……。
カテリーナはある言葉を思い出した。「高貴な方ほど孤独で本当の友達が欲しいのでは?」「これでクラリゼッタ様とお友達ですねぇ~」
(……わたくし、もしかしてもしかして、思い上がっても良くって⁉ ……社交嫌いなクラリゼッタ様とお友達になるには利益を求めてはいけません。本来繋がる事すら叶わなかったお方、ならば最初からわたくしに利益なんかなくってよ!)
「はいっクラリゼッタ様! わたくし、クラリゼッタ様と流行を作れるなんて楽しみでたまりませんわ! しかもアレンのお話を気兼ねなくできる方なんてクラリゼッタ様しかいらっしゃらないですもの! 次はクラリゼッタ様がアレンのお話をして下さらないかしら?」
クラリゼッタはグリーンの目をギラリと光らせカテリーナへ鋭い視線を送った。
先ほどまでのカテリーナであれば「ひぃ! また睨まれましたわ!」と思ったであろう。だが今のカテリーナはクラリゼッタの瞳の奥に熱い輝きを見た。
「たっぷりと教えて差し上げるわ! 覚悟なさいませ!」
──────────────
お茶会でのアレン語りはヒートアップし、クラリゼッタはそのまま晩餐までもつれ込ませカテリーナをもてなした。
実にトイレ休憩3回の長丁場である。互いに「トイレに行きたいけど行きたくない」という戦いがあったが省略する。
今クラリゼッタは自室のソファにぐったりと座り、アレン語りの興奮の余韻と共に自身の失態について叫びたくなる衝動を必死に抑えていた。
「カテリーナ様とお友達になれて良かったですね、クラリゼッタ様」
侍女のベアトリアスがクラリゼッタの好きなブランデーを用意しながらそっと話しかけた。
「わたくし……失敗ばかりだったわ。カテリーナ様をこんなに夜遅くまでお付き合いさせてしまって、公爵夫人として失格よ!」
「あらあら、カテリーナ様はまだお話し足りないご様子でしたよ? 大丈夫です、クラリゼッタ様はカテリーナ様がお喜びになる事をなさったのです」
「しかし……あの奴隷の話までしてしまうなんて! カテリーナ様はわたくしの事を執着心が強い卑しい女だとお思いになったのでは⁉」
「先々月のシャンパンタワーの話もされましたね、しかも5回も。うふふ」
ベアトリアスがクラリゼッタへ追い打ちをかける。
「わたくしが一人の平民にあんなにも施したなどと知られては……もう死を選ぶしかないわ!」
「クスクス、カテリーナ様はシャンパンタワーが二回ともクラリゼッタ様の仕掛けだとお知りになり、立ち上がって叫んでおられましたね。クラリゼッタ様をこれ以上ないほど尊敬の眼差しでご覧になっていたではありませんか。大丈夫ですよ、秘密の共有はお友達の証です」
「お友達などあり得ないわ! 貴族と社交は切っても切れないのよ⁉」
「……ではなぜあのアレン様がカテリーナ様をご紹介なさったのでしょう。今回遠回しにクラリゼッタ様へお友達をご紹介されたアレン様と、アレン様に選別されたカテリーナ様のお心は純粋なものでは? ……カテリーナ様も社交が得意ではないようですね、秘密のお友達にはぴったり!」
「…………平民が貴族に関わるなど身の程知らずよ。カテリーナ様とはただ今回流行を発信するだけの関係です!」
「うふふ……時間はいくらでもありますわ。いつかカテリーナ様と一緒にディメンションへ行けるといいですね」
「わたくしがあの店に行ったのは王命です! 社交で使い物にならないわたくしを、国王がいざという時のための伝令係にしただけです……」
「クリスティーネ様はそう仰ってはいらっしゃらなかったのでは?」
「…………」
クラリゼッタはディメンションプレオープン前にクリスティーネ王妃から言われた言葉を思い出す。
──────────────
「クーちゃん! ちょっとアリアが物凄く面白そうな所へ行くから一緒に行ってらっしゃいな♪」
「……クリスティーネ様、クーちゃんと呼ぶのはおやめくださいまし」
「えー! いいじゃない、わたくしも同じクーちゃんですもの! クーちゃんもわたくしの事をクーちゃんと呼んでちょうだい、お友達でしょう?」
クリスティーネが言うにはクラリゼッタは義姉のお友達らしい。しかしクラリゼッタは王妃を「クーちゃん」などと呼ぶことは出来ない。
「……それでなぜわたくしがアリアヴェルテ様とどこかへ出かけなくてはならなくって? あの子はわたくしが苦手でしょう」
「うん、それはクーちゃんがアリアの髪型を奇天烈って言ったのを、あの子は悪口だと勘違いしちゃっただけ! あとアリアを通さないと行けないからそこは諦めてちょうだい!」
かつてクラリゼッタはアリアのピンクドリルツインテールを「見た事が無い最新の髪型」と褒めてやろうとしたが、どうしてか出てきた言葉は「なんて奇天烈な髪型ですこと」であった。
もちろんクラリゼッタは微笑んだつもりだったが、まだ幼かった子供のアリアには嘲笑的な目で見られたと受け取られたのは言うまでもない。
それからクラリゼッタはアリアに避けられている。
「とにかく、魔王の動向調査っていう名目で思いっきり遊んでらっしゃいな! その代わり社交は控えて大丈夫だから、ねっ?」
「……魔王? 遊ぶとは……」
クリスティーネから恋物語の酒場、ディメンションのプレオープンの話を聞いたクラリゼッタはこう思った。
(魔王の動向調査という名目こそがお兄様の本来の目的ですわね⁉ 社交で使い物にならないのなら、せめて身を挺して国に忠誠をという意味だわ! ……フッ、それもいいでしょう。いざ魔王がオルガ城を落とそうとした時に、わたくしが国民を守る贄となります!)
改めて国への忠誠を固く誓ったクラリゼッタには残念(?)だが、魔王は本当にホストクラブを経営したいだけなのである。
「遊興費が支給されるから気楽に遊んでいらっしゃい! あーあ、わたくしも行きたかったですわ」
(国が予算を……? やはり防衛費だわ!)
実はクリスティーネが私財から支出するのであるが、素直になれないクラリゼッタに気を使わせないため、このお茶目な王妃はそれを内緒にするらしい。
かくして、クラリゼッタに社交を休ませるという王妃の好意は、色々とこじらせたクラリゼッタに歪んだ形で受け捉えられてしまったのであった。
その後、クラリゼッタが真面目に魔王の動向調査のため、毎日足しげくディメンションに通ったのは言うまでもない。
ちなみにアレンに心溶かされたクラリゼッタは、徐々に自身の懐からも支払うようになった。
特に決戦日は「わたくしが遊んでもいいのよね……?」と全額自腹を切り、クリスティーネの言葉を一周回って素直に受け取ったのである。
──────────────
カラン。と鳴ったブランデーの氷がクラリゼッタを現在へと引き戻す。
「確かにクリスティーネ様は、純粋にわたくしに息抜きをさせようとしていたのかもしれないわ……」
屋敷に物盗りが入り、クラリゼッタはクリスティーネから身の安全のためディメンションへの出入りを控えてはどうかと提案された。
クリスティーネは安易にクラリゼッタを魔王に関わらせた事を心底後悔しているように見えた。
「最初からそうですよ。クラリゼッタ様の物差しは社交が出来るか出来ないかですね。それは貴族として間違ってはいないのですが……クラリゼッタ様の事を好きな人間は、社交の物差しで計っていないのですよ? 例えば私とか……あとはご存じでしょう?」
(社交が出来なくてもわたくしの事を好いてくれる者……?)
改めてクラリゼッタは自分に良くしてくれる親兄弟と義姉クリスティーネ王妃、侍女のベアトリアス、そしてアレンとカテリーナが他の者とどう違うのか振り返ってみた。
「……アレンはお金の関係よ。カテリーナ様も今日初めてお話ししたから分からないわ。もう休みます!」
「クスクス……アレン様とカテリーナ様の事をお考えになられたのですね。ではお休みの準備をします。お疲れ様でした、クラリゼッタ様」
ベアトリアスにしてやられた! クラリゼッタは赤い顔を見られないよう、そっぽを向く事しか出来なかった。
そしてその晩、クラリゼッタは冷え込んだ空気の中、なんだか心だけじんわりぽかぽかする不思議な気分に身を委ね、ベッドでアレンからの念話を待つのであった。
(カテリーナ様とまたあそこへ行ける日は来るのかしら……)
サイドテーブルに置かれたブランデーグラスに目をやると、もう氷は完全に溶けていた。
──────────────
ちなみにカテリーナが、アレンがクラリゼッタから指名をもらっていた事を隠していたのに気が付いたのは自分の屋敷へ帰った後であった。
(ハッ! アレン⁉ なんてニクい事をっ! やはり……出来る……ッ!)
次回、珍しくフラグ回避したニーナの名刺作りです!
が、8/30(月)はお休みしますm(__)m
クラリゼッタ視点のプレオープン~決戦日の裏側も書きたいですね。
最初の決戦日まではガチでムカつく貴族の設定だったのですが、いつの間にかツンデレになっていましたw
第3話~10話まで改稿しました。




